圧倒
お待たせして申し訳ありません!!
実はタイトルとあらすじにもある通り、幽焼け様主催の「なろうデスゲーム」に参加しておりました。それについてのエッセイも書いたので、まだ読んでいない方はぜひそちらもご覧ください。
企画は終わりましたが、この小説を終わらせる気はまったくありません! 更新頻度は少し落ちると思いますが、これからは2、3日に一回程度を目安に更新していきたいと思います。
これからも本作をよろしくお願いします。
訓練場には、俺とファニーナ、そしてラッセルが剣を抜いて立っている。
大英雄第二位はその立場を利用して、強引に訓練場の使用権を得たのだ。今日使うはずだった学生たちが不憫だが、俺のせいではないと言い聞かせておく。
ラッセルは帯剣していなかった。彼が持っている剣は魔術で作成したものだ。剣が魔素に戻らないのは、ずっと魔術を発動し続けていて物質化を維持しているからだ。別に剣の性能が大して変わるわけではない。それなのに、剣を維持するためだけに脳のリソースを割くのは、かなり非効率的な魔術の使い方だった。
俺にできないわけではないが、戦闘中に剣が手元から離れたりしないと、いや例えそうなったとしてもなるべく使わないやり方だ。
「さあ、遠慮せずに二人ともかかってこい……といいたいところだが、ファニーナと戦う約束はしていないからな。そちらがいいなら、こっちは一向に構わないけどね?」
ラッセルはこちらを煽る言葉を投げかけた。だが、
「必要ありません」
「遠慮しておきます」
俺とファニーナは、それぞれ否定を返した。
ラッセルは「これはふられたな」と言って、剣を持っていない左手の掌を上に向けて肩をすくめた。そして、その掌をそのまま前に差し出し、くいっと手招きをする。
彼の雰囲気が変わる。彼が浮かべた笑みは、獲物を前にして牙をむく肉食獣のようであった。
「じゃあディルグ。全力で来いよ。くだらない『帝国の試合に関する諸規則』なんか無視していい。俺たちにはあんなものは足かせにしかならない。……安心しろ、お前を怪我させるつもりはないし、俺は負けない」
煽りは無視。
法律違反は、さすがに怖くてできない。「帝国の試合に関する諸規則」を破った罪は重い。最悪、死刑になる。
俺は<投槍>を発動すると同時に飛び出した。
複数の金属の槍が、ラッセルのもとへと向かう。
第二位は、余裕の笑みを浮かべている。
彼に当たる直前で、軌道がそらされる。<反射>か。
ラッセルの周りでは、魔素が不可思議に揺らめいている。魔術の発動準備に似ているが、微妙に違う。ところどころ既視感を感じるが、まったく同じものは見たことがない。
なんだ、あれは?
まるで、様々な魔術がぐちゃぐちゃに混ぜ合わされているかのような魔素の動きだ。
ラッセルは反撃してこない。悠然とその場に立ったままで、俺を見据えている。
<質量操作>は使えない。使えば、俺が魔人だと疑われかねない。
勝ちの目は、だいぶ薄い。<質量操作>が使えない状況で、大英雄第二位に勝てるとは思えない。
だが、大人しく負けてやるつもりもない。
回り込むようにして距離を詰めながら、牽制として時折<投槍>を放つ。
そのたびに、魔素の揺らめきが<反射>の魔術を形作り、魔術が発動して攻撃が防がれる。
ラッセルは、<反射>の魔術の発動を待機させているのか?
いや、そうではない。それならば、魔素の動きを見た瞬間に<反射>だとわかる。
<加速>、<物質生成>などの魔術が複雑に絡まっているように見える。何か一つの魔術には特定できない。
まさか。
一つの仮説に思い至るが、到底信じられない。
確かめるために、<炎波>を発動する。
炎の渦がラッセルを襲うが、生成された壁によって防がれる。
やはり、そうか。彼の周囲で揺らめいている魔素は、状況に応じて違う魔術を発動させている。
通常、魔術を発動させる手順はこうだ。自分が使う魔術を決め、その現象が起こるように魔素を操り、実際に作用を起こす。魔素を操りだしてから、魔術が発動するまで速くてもコンマ数秒はかかる。
彼は、周囲に魔術が発動しかけている魔素を配置することで大幅に時間を短縮している。
発動を待機した状態の魔素を保持し続けることなら、誰でもできる。ただ、それをすると、魔術を発動し続けるのと同じくらい精神を疲弊してしまう。
それに加えて、相手の攻撃に対応しようと思ったら、いくつも魔術を待機させる必要がある上に、待機させているすべての魔術を使うわけでもない。
余りにも非効率的で、実戦的とは言い難い。
彼はその代わりに、いくつもの魔術が混ざっている魔素を待機させている。必要に応じて少し魔素を変化させて、状況にあった魔術を発動させているのだ。
一から魔術を準備するよりも、はるかに速く魔術を行使することができる。魔術を待機させることによる精神的疲労も、それほどではない。
画期的な手法なのだが……問題が一つだけある。
それは、難しすぎて誰にも扱えないということだ。少なくとも俺は、実際にこの目で見てマネできる気がしない。他人が俺の<質量操作>を見たときは、こんな感覚なのだろうか。
「へえ」
ラッセルが感心の目を向ける。
俺が今考えていることがばれたか?
「もう気づくのか。さすがだな」
どうやら彼は、揺らめく魔素の秘密を俺が理解したことを見抜いたらしい。<投槍>の次に<炎波>を放ったこと、そして俺の表情と態度でそれを判断したのか。
凄まじい洞察力だ。普段のふざけたような態度は見る影もない。
圧倒的な彼に対してどう戦おうかと考えて、動きが止まる。
「気づかれたんじゃしょうがないな。攻めさせてもらうぜ?」
ラッセルは腰を低くして、勢いよく飛び出した。
「ッ!」
瞬時に距離が詰められる。魔術で迎撃する時間はない。
走る勢いそのままに繰り出された剣を何とかして受け流す。続く2撃目、3撃目も受け止めるだけで精いっぱいだ。
彼の剣は、速く、重く、そして無駄がない。
理想的な剣捌き。それを体現している。
<質量操作>なしでは、相手が悪すぎる!
「そんなもんか?」
俺の剣が弾かれ、胴体ががら空きになる。
間髪入れず放たれる刺突を、全力で身をひねって回避する。
ラッセルには、殺意があった。躱していなければ、胸を貫かれて死んでいた。
話が違う。
だが、彼は一切の容赦なく攻撃してくる。態勢が崩れた俺を狙った一撃を、ほとんど勘で回避する。
地面に転がる俺を狙った突きは、すんでのところで当たらず、ラッセルの剣が地面に突き刺さる。
すぐに立ち上がり、剣を構えなおす。額を冷や汗が流れる。
今のは完全に俺の命を狙っていた。どうしてだ? ラッセルの行動が理解できない。
「ちょっと! ラッセルさん、何してるんですか!?」
ファニーナからいさめる声も入るが、ラッセルは左から右に聞き流している。
地面に刺さった剣を抜き、俺の方を向いて前傾姿勢になる。
このままでは、殺される。
飛び出したラッセルが突き出した剣は、俺の剣に弾かれて、宙を舞っていた。
彼の手を離れた剣が、魔素に戻って消失する。
彼の顔には驚き。
俺は<質量操作>を発動して、彼の剣を払っていた。