対談
「それで、詳しく話を聞かせてもらえないか? ディルグ君」
俺とファニーナ、そしてラッセルは校舎のある一室にいた。小規模の講義室で、一年生の俺はまだ使ったことはない。上級生になって専門化が進むと使うこともあるだろう。
今日の授業が終わった後、先生に呼び出されて何のことかと思ったらこれだった。ファニーナに言われて、ラッセルは本当に授業が終わるまで待っていた。大英雄第二位の突然の訪問に教師たちは大慌てだったらしい。
俺はファニーナと森の調査をした時に戦った特異種から、学校が襲撃されたときに戦った特異種、氷の魔術を操る男について話した。
「ふむふむ……なるほど、興味深いな。実はこちらにも特異種を引き連れた襲撃者がやってきてね。生け捕りにして情報を引き出したんだが、知りたいか?」
願ってもない提案だ。あの襲撃事件の犯人についてはずっと気になっていた。
「いいのですか? 学生に話して」
「本当はだめかもしれないが、君たちには知る権利があるだろう。片や大英雄。片や襲撃事件の功労者だ。まあ、代わりといっては何だが、一つお願いしてもいいかな?」
ラッセルは微笑を顔に浮かべてこちらを見つめている。何か嫌な予感がする。
「……お願いとは何ですか?」
「なあに、そう難しいことじゃないよ。……俺と一戦、どうだい? 悪くない条件だろう?」
悪くないどころかこちらに利しかない。大英雄と戦える機会などそうあるものではない。
しかし、いやな予感は消えない。ファニーナの顔が青ざめている。確か、ファニーナは彼と戦って惨敗したことがトラウマになっているんだったか。彼女のケースがそのまま俺に当てはまるわけではないが、ラッセルという人物から感じられる「うさん臭さ」は彼を警戒するには十分な理由だった。
「おいおいそんな構えるなよ。別に取って食ったりしねえって!」
それを差し引いても、素直に試合を受ける方がいいだろう。
「……試合の件はわかりました。話をお願いします」
ラッセルは満足げに大きくうなずいた。
「そうこなくっちゃな。ああ、一応この話は他言無用で頼むよ。軍の極秘機密なんでな。周りに広まったら俺がアレクシアに怒られてしまう」
……本当にそんな話を俺にしていいのか?
ラッセルはこれまでの軽薄な様子とは一転して、真剣な表情になった。
「俺は帝国の各所を襲った一連の襲撃者のことを『魔人』と呼んでいる。」
「魔人、ですか」
「そうだ。どうも彼らは純粋な人間ではないらしい」
「? それは、いったいどういう意味ですか?」
「襲撃者たちは、『創り主』と呼ばれる何者かによって造られた存在であるらしい。特異種も同じく、その『創り主』によって意図的に生み出された存在だということだ」
にわかには信じがたい。氷の魔術を使う背の高い男や、彼を連れ去った少年は普通の人間にしか見えなかった。
「と、突然そんなことを言われても、理解が追い付きません……」
ファニーナもそう言っている。人間を「造る」なんてことがどうやったら可能なのか見当もつかない。
「まあ、そうだろうな。俺も彼女から聞いたときはたいそう驚いたものだったよ。だが、事実だろう。そうでもなければ今までの事件に説明がつかない。そうは思わないか?」
確かに、夢と間違うくらいに奇怪な現状を説明できるのは、そんな荒唐無稽なものくらいだろう。
俺とファニーナは無言でうなずいた。
「魔人には一つ、特徴があるらしい。生まれつき特定の魔術を無意識的に使えるというものだ。この学校を襲撃した魔人と氷の魔術を使っていたんだろう? 魔術の発動が恐ろしく速く、大規模だったんじゃないか?」
「はい。特異種と同じか、それ以上でした」
ファニーナもうなずいて同意を示す。
「だろう? 厄介なのは、外見だけでは魔人かどうか判断できないことだ。一般人に紛れて行動を起こされたら、対処が非常に困難だ」
軍隊並みの力を持つ個人が、いつ街で暴れだすかもしれないという事実は脅威だ。一目見ただけで化け物だとわかる特異種とはわけが違う。
ラッセルの言葉に納得すると同時に、一つの疑問が湧き上がる。彼の言葉は、目の前の彼やファニーナ、俺にもあてはまるのではないか? 仮にラッセルが今暴れだしたとして、誰が止められる? 数万人規模の軍隊がいれば、いくらラッセルが強いといっても、数の力で勝てるかもしれない。だが、それだけの軍勢が戦う準備をする間に個人である彼はいくらでも逃げることができる。
魔人への懸念は、大英雄にも当てはまってしまう。現時点では帝国に逆らう意思がないというだけで。
そして、魔人の特徴はそっくりそのまま俺にも当てはまる。俺の<質量操作>は、他の俺が使う魔術に比べて明らかに発動速度が異常で、強力だ。他人からすれば、俺と魔人は区別できない。
背筋に悪寒が走る。
……一歩間違えれば、俺も魔人として捕らえられ、処刑されてしまうのではないだろうか? <質量操作>はもう他人の前では使わない方がいい。今までも無用なトラブルを避けるために、なるべく使用するのは避けていたが、もうそれどころではない。
「しかし、ディルグ君はよく魔人に勝てたね。こう言っちゃあ何だが、朝に俺に襲い掛かってきたときのことを考えると、単独で魔人に勝てるとは思えないんだよな」
ラッセルの雰囲気が変わる。獲物を見据えるような獰猛な目だ。
「ファニーナは、お前が倒した魔人に負けたんだろう? お前がファニーナよりも強いとは信じがたいな。何か……俺に隠していることがあるんじゃないか?」
<質量操作>の魔術のことを話したら、間違いなく魔人ではないかと怪しまれる。当の魔人を撃退したとはいえ、それも作戦の内だと思われかねない。
俺を見つめるラッセルの瞳からは何の思惑も読み取れない。彼に正直に話すのは危険すぎる。
「いえ、何も隠してないですよ」
俺の声は少し震えていた。大英雄第二位の威圧はけた違いだった。
「か、彼は何も隠していません!」
ファニーナからの援護が入る。彼女は俺の不安を理解してくれたのだろう。そのうえで、俺が魔人でないと確信してくれている。
彼は俺をじっと見つめ続けている。
緊迫した空気が流れる中、ラッセルはそれを気安く打ち破った。
「……まあ、言いたくないなら言わなくていいよ。誰にも秘密の一つや二つはあるからな」
ファニーナが安堵のため息をつく。俺も気が抜ける思いだった。
「さて、それじゃ早速試合しようじゃないか。試合ができる場所に行こうか」
どうやらまだ安心できないらしい。ラッセルと俺は、この後すぐに試合をすることになった。