大英雄(ドゥルーグ)第二位
長らくお待たせして申し訳ありませんでした! 今日から更新再開です。
※今回はほんの少しだけリョナ注意
「な、な……」
恐れおののく。
私は、軍の演習場にいた。普段は整地されているのだろうが、今は見るも無残な惨状だった。あちこちにクレーターができている。
私の周りには死体が3つある。姿、形は様々だ。だがどれも目をそむけたくなるほど醜く、いろいろな生物をつぎはぎで作ったような不自然さがある。
私が使役していた特異種だった。特異種が3体もいれば、数千人規模の軍隊にだって渡り合えるはずだ。なのに、目の前で座り込む私を見下ろす男に3体とも一瞬で屠られた。
そう、一瞬だった。何かよくわからない魔術でものの数十秒のうちに殺されてしまった。
信じられない。目の前の男は大英雄だと事前に調べていた。そのなかで第二位だとも聞いていた。人間にしては強いことはわかっていた。
大英雄と呼ばれる人間が戦うところは以前にも見たことがあった。その戦いぶりを見て、これだけいれば十分だろうと、いや過剰かもしれないと思っていた。
それがこのざまだ。第二位がいる基地を襲撃したのに、本人以外は一人も戦ってすらいない。すべて彼一人で片付けられていた。
男はゆっくりと歩きながら近づいてくる。大英雄第二位の男は、そこそこ高い身長に、平均的な体型、そして精悍な顔つきと、軍人としては特徴のない人物だった。
でも、その普通の見た目に私は恐怖した。表情一つ動かさず特異種をしとめていくのが不気味に感じられた。
だんだんと距離が縮まっていく。私にはそれが処刑へのカウントダウンのように思えた。
やられる。そう思った時には私は魔術が発動する準備を済ませていた。
魔術を発動させる。
雷が大英雄の男を襲う。
見て避けられるものではない。そして、直撃したら確実に人間は死ぬ。
「!?」
雷は男に直撃し、男を感電死させる…………ことはなく、男を覆う球面状の魔素に遮られてしまった。
球面で雷がはじけ、火花が散る。
魔素自体には物体への干渉能力はない。何らかの魔法だと思われたが、原理はさっぱりわからない。
「くっ、この、この!」
何度も魔術を発動させるが、何回やっても雷は男には届かない。どれだけ大威力の雷を放っても、男の防壁を突破できない。
こぶしを握り締める。男と私には、どうにもならない差がある。
「……終わりか?」
男が問いかける。小ばかにしたような口調に、頭が沸き立つ。
「死ね!!」
男の上空から、特大の太さの雷が放たれる。視界を閃光が覆い、思わず目を細める。あまりの熱量に空気がはじけ、轟音が鳴り響く。
私に出せる最高火力による攻撃。人体など、一瞬で消し炭になるほどの威力だった。
さすがにこれなら。そう思っていた私はやっぱり、愚かだった。
絶句する。
男の周囲の地面は融解して赤熱していたが、肝心の男自身は、無傷だった。青い魔素による謎のバリアは健在だった。
勝てない。その思いが私の頭の中を埋め尽くした。
まだ、死にたくない。どうすれば生き延びることができる?
男との距離は、手を伸ばせば触れそうなくらい縮んでいた。座り込んでいる私は、必然的に見上げる格好となる。
男が私を見下ろす目には、多分に侮蔑的な感情が含まれていた。
ぎりり、と歯ぎしりする。人間ごときに見下されているのが我慢できない。命乞いをすることも考えていたが、やっぱり人間に頭を下げることは考えられない。
男が右足を高く上げる。
一瞬、頭に浮かんだ疑問は、すぐに激痛に塗りつぶされた。
「っっつ! うう……」
折りたたむようにして地面に横になっている私の足が、思いっきり踏んづけられていた。
痛い痛い痛い!
「あっ、がっ!」
そのまま何度も繰り返し踏まれる。
経験したことのない鋭い痛みに意識が飛びそうになる。
無限にも思われる長い時間が過ぎ…………ようやく男の踏み付けが止んだ。
いつの間にか私は地面に横向けになっていた。足からはずっと鈍い痛みが続いている。
涙でにじむ視界で捉えた男の顔は、まるで何の感情も映っていなかった。憐れむでもなく、嗜虐の愉悦に浸るでもなく。
男が何を考えているかわからなかった。次の行動が読めない。一秒後には私が殺されているかもしれないような恐怖を感じる。
「なあ」
「っ! はい……」
「お前、死にたくないか?」
男には依然として、何の感情も見られない。
「…………死にたく、ないです」
私にはもう、男に反抗する気はすっかり消え失せていた。
「お前が持ってる情報をすべて吐き出すというなら、命だけは助けてやるぞ?」
私に、裏切れと?
あの人たちは、とても怖い。でも、まだ死にたくない。
悩んでいる私に、無慈悲な言葉が突き付けられる。
「ほらあと五秒。5、4、3、2、1――」
「……わかりました! 全部、私が知っている全部を話しますから、殺さないでください!」
頭を地面につけて、懇願する。私の中にあるプライドは、男への恐怖に打ち負けていた。
「本当に? もし嘘をついたり、逃げようとしてみろ。大人しく死んでおいた方が良かったと思うことになるぞ」
「絶対に! 嘘もつかないし、逃げもしませんから! だから、お願いします……」
私は必死だった。私のすべては、男の手に握られていた。
「そうか。それならいい。じゃあ、ついてこい。じっくり話を聞かせてもらおうじゃないか」
そうして私は、あの人たちを裏切り、大英雄第二位に従うようになった。