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襲撃⑹

 魔術の発動の準備を始める。


 魔素が活性化し、普段は見えない魔素が青白く可視化される。


 もちろん敵は悠長に待ってくれるわけもない。


 男の周囲に浮かぶ、膨大な量の液体の水。魔素によって形作られたそれが波濤となって押し寄せる。


「ほらほらどうしたあ!」


 回避できずに、全身が水浸しになる。全身を不快感が襲うが、それだけだ。ここまでは問題ではない。


 男の魔術の干渉範囲から逃れるべく、<質量操作>と<加速>を併用しながら、追いすがる男から遠ざかる。


 制服からこぼれ出た水滴が、空中で凍り付く。間一髪だ。辛うじて男の魔術から逃れることができた。


 魔術の同時発動で、脳に多大な負担がかかっている。頭を突き刺すような痛みに耐えながら、準備を進めていく。


 質量をもたない魔素が、魔術によって物質へと変化していく。通常の魔術とは違い、慎重に正確に形成する。

 

 物体の姿がだんだんとあらわになっていく。


 全身の不快感がたちどころに消失する。水が魔素に戻り、濡れていた服が嘘のようにきれいに乾いていた。


 時折飛んでくる氷の槍は、<質量操作>で完封する。


 淡々と、着実に魔術が発動に近づいていく。


 物質化が完了する。魔術によって形成されたのは、一つの弾丸。円筒と円錐を合体させたような形状で、大きさは幅が5センチメートルほど。円錐の先は少し丸まっている。 


「……ふう」


 弾丸の形状は及第点といったところだ。ひずみや凹凸はほとんどない。


「くっ」


 <質量操作>が間に合わなかった氷槍が足に突き立つ。<硬化>で守っていても、無傷とはいかない。傷口から血が流れ出て、制服が赤く染まっていく。


 痛みに集中を乱されながらも、魔素の制御は失わない。弾丸の物質化を維持しつつ、次は「銃身」だ。


 敵も、俺が何か大規模な魔術の準備をしていることに気づいているだろう。苛烈に攻め立てて来て、準備の時間を与えてくれない。


 氷の槍、氷の礫、そして水の急速冷却。


 魔力にものを言わせて、膨大な量の攻撃が短時間の間に襲い来る。


 必要最小限の魔術でそれに対処しながら、時には体に食らいながらも、魔素を操り「銃身」を形成する手は休めない。


 魔素が円筒を形作る。中身は空洞で、一端が敵に、もう一端が俺に向いている。俺に近いほうの端から、生成した弾丸を入れる。弾丸は「銃身」にすっぽりと収まった。


 ……準備が完了した。


「何してんだてめえ!!」


 相手の顔には焦りが見える。


 相手の攻撃がさらに激しさを増す。相手を倒すための魔術の制御、維持が複雑になっている今、防御が徐々に追いつかなくなっていく。


 体のあちこちに攻撃を食らう。あとは狙いを付けて発動するだけだが、「銃身」と弾丸の維持だけで手いっぱいだ。


「発動させるかよ!」


 男は必死の形相だ。直感的にこの魔術を発動させてはいけないと理解しているのだろう。


 徐々にダメージが蓄積していく。


 体のいたるところから生じる痛みに魔術の制御を失いそうになる。鈍い痛み、突き刺すような痛み、焼けるような痛みが、体のあらゆるところから主張される。痛みが強烈すぎて、体の感覚がない。


 だが、何とか耐える。魔術のことだけに全神経を集中する。ここで失敗すれば今までの苦労が水の泡だ。勝ちの目は完全になくなってしまう。


 俺は、こんなところで死んでいられない。大英雄ドゥルーグになり、ニールへの復讐を果たすまでは、死んでも死にきれない。その執念だけが、俺の意識を保たせている。


 もうどこをどのくらい負傷したのかさっぱりわからない。ひたすらに魔術のことだけを意識している。


 それでも、気合だけではどうしようもない。相手の攻撃を幾度も食らって、ついに体の限界が訪れようとしていた。狙いをつけるどころか、維持すら危うくなっていた。


 このままでは手詰まりだ。


 魔術の制御が揺らいだその時、遠くから魔術の反応が起こった。


 男の意識がそちらに向く。


 魔術の反応が起こった方向から、金属の槍が男に向かって飛翔する。


 男は氷の壁を生成してそれを防ぐが、攻撃が一瞬止んだ。なんだかよくわからないが、隙ができた。今がチャンスだ。今しかない。今なら発動できる!!


 男に狙いをつけ、魔術を発動する。


 弾丸が<加速>の魔術で異常なほどの力をかけられる。「銃身」内で弾丸が加速される。


 魔素で作られた「銃身」そのものは弾丸に影響しない。魔術により、「銃身」を形作る魔素が弾丸に力を加えることで、「銃身」内を弾丸がまっすぐ進んでいく。


 同時に、弾丸に旋回運動するような力がかけられる。進行方向を軸として回転することで、「銃身」を抜けた後もジャイロ効果により姿勢が安定する。


 「銃口」から飛び出た弾丸は、音速をはるかに超える速度で敵へ向かって真っすぐ突き進んだ。


 男はとっさに氷の壁を生成しようとしていたが間に合わなかった。


 時間にして、刹那。


 男に向けて魔術を放った、一瞬ののち。


 いつの間にか、弾丸の進路上には()が開いていた。


 弾丸は進路上のすべてを薙ぎ払っていた。


 遅れてくる、轟音。風圧。限界を迎えていた体はそれに耐えられず、しりもちをつく。


 男は右腕が消し飛び、全身がズタボロになっている。()()()()()()()()()()()()()


 弾丸の形成が甘かったか、狙いが少し外れていたか。弾丸は男に直撃していない。おそらく掠った程度だろう。それだけで、男は右腕が吹き飛んでいた。


 今の魔術は、師匠から教わった最初の高等魔術だった。空間に対して魔術を使用するのが特異な俺は、比較的容易にこの魔術を使うことができた。


 男が倒れ、右肩から大量の血が噴出する。


 突如、視界が真っ黒に塗りつぶされる。めまいと頭痛で倒れそうになる。


 高等魔術を使った反動だ。得意なものでも、このざまだ。実戦で使うには、まだまだ練度が足りない。


 重い頭を動かして、戦闘中に突如、男へ向かって金属の槍が飛んできた方角を確認する。


 俺が魔術を発動する時間を確保するために<投槍>を発動したのはファニーナだった。魔術が放たれた方向を確認すると、彼女は気絶していた。最後の力を振り絞ってくれたのだろう。あれがなければジリ貧だった。


 男はまだ、死んでいない。そのままにしていれば出血死するだろうが、放置するのは危険だ。


 俺がとどめを刺さなければならない。


 男の方に視線を戻す。


 そこには、いつの間にか一人の青年がたたずんでいた。


 誰だ? 


 俺より少し年上に見えるが、制服を着ていないから学生ではない。教師の年齢でもない。


 青年の服は、血にまみれていた。赤一色に染まっていた。青年自身の血ではない。……誰かの返り血だ。


「おーい、生きてるかー」


 青年はしゃがんで乱暴に男を揺さぶった。 青年の男を見る目は、人に向けるものではなかった。道端の雑草を見るような、何とも思っていない目だ。


「う、ぐ」


 男には意識を取り戻した。魔術を発動し、右肩を止血する。


「お、大丈夫そうだね。それじゃあ面倒くさいけど連れて帰るか」


 青年は右腕がなくなった男を左腕で抱えて立ち上がった。俺やファニーナのことなど眼中にないようだ。


 何が何だかわからないが、どうやら急に現れた青年は学校を襲った男の仲間らしい。


 服の返り血は、いったい誰のものだ? 最悪の想像が脳裏をよぎる。


「待て!」


 発現と同時に<投槍>を発動する。


 金属の槍が、高速で青年のもとへと飛翔する。


 放たれた槍は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 男が槍を投げ捨てる。金属の槍は魔素となって消えていった。


「な……」


 あり得ない。魔術を発動した様子はなかった。<身体強化>された肉体だけで、まるで放られたボールを受け取るかのように気軽にキャッチされていた。


 青年がこちらの方を見る。攻撃されたというのに、青年の顔には何の感情も浮かんでいない。


「うーん、ダメダメだな」


 青年はそういうと、男を抱えて立ち去って行った。


 俺はただその背中を見ていることしかできなかった。












 

ここまで読んでくださってありがとうございます! これにて、第一章は完結となります! この物語が面白い、続きが読みたいと思っていただけた方は、どうか、どうかブックマーク登録と評価をよろしくお願いします! 下にある星をポチっと押すだけで評価できるので! ランキングに一度でいいから載りたい(´;ω;`)

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