襲撃⑷
今回はファニーナ視点です。今までも省略していましたが、戦闘中は基本誰でも常時<身体強化>を使っています。
<投槍>を発動。
学校を襲撃してきた背の高い男に向かって、5本の金属の槍を放つ。
高速で飛翔する槍は、男の前に立ち上がった氷の壁に防がれた。魔術の発動速度が明らかに異常だ。わざわざ氷を生成する理由もない。多分、ディルグの<質量操作>と同じように、生まれつき氷の魔術が使えるのだと思われる。そう考えれば、つじつまが合う。
男は反撃してこない。
「勇敢だなあ。いや蛮勇か? 一人で勝てると思ってんのか?」
相手は、負けることなどみじんも考えていないかのような余裕の表情だ。その場から一歩も動かず、悠然と構えている。
「ええ、そうよ! あなたなんか私一人で足りるわ」
煽り返された男は額に青筋を浮かべ、口の端をゆがめた。
「いい度胸だ。二度とそんな口をたたけないようにしてやる」
……さて。大口をたたいたのはいいとしても、実際男に勝てるかと問われれば怪しい。魔術の発動速度と規模には大きな開きがある。相手の得体も知れない。相手が何者で、何のためにこんなことをしたのか見当もつかない。
男の周囲に氷の槍が複数出現する。人間大のそれが、私めがけて射出される。
「やれるものなら、やってみなさい!」
<炎波>が発動。投射された炎の波が氷の槍を溶かしつくす。蒸発した水が魔素となって空中に溶け消えていった。
走りながら、魔術を紡ぐ。
相手の絶え間ない攻めを、<魔素還元>で無効化する。私に到達する前に不自然に消失する氷の槍に男が怪訝な表情を見せた。
「……なんだ、それは?」
高等魔術の展開と同時に、別の魔術を準備する負担が脳にかかり続ける。あと、もうすこし。
男は笑うと、ひときわ巨大な氷塊を作り上げた。
「これでも消せるかあ!?」
魔術が完成する。数千度の焔が波濤となって攻め寄せる。焔の奔流は氷塊を一瞬で蒸発させ、驚く男のもとへと到達した。
高等魔術<獄炎渦流>。
私が使える魔術の中で、最も強力な魔術。男の得体は知れないが、とても生け捕りにする余裕なんてない。最初から全力を出して、殺しに行く。
焔の放射が止む。
高等魔術の連続使用で意識が落ちそうになる。よろめいて倒れそうになるが、踏ん張って耐える。
焔が消えて現れたのは、男が炭化した死体ではなく、巨大な氷。うっすらと中に男の姿が見える。男を覆うようにして形成された分厚い氷は、前面が半ば融解しながらも焔の熱から男を守っていた。
血の気が引く。
「う、そ」
ただの氷ならば一瞬で蒸発してしまうはずだ。
一つ、思い当たる節がある。相手が今まで使用してきた魔術から考えると、この不可思議な現象を引き起こした魔術は<冷却>だ。
物体の分子運動を抑制し、温度を下げる魔術。その魔術で、焔の熱による温度上昇を防いだ。
「冗談でしょ……」
魔術の干渉力……魔力が尋常ではない。
氷が消え、男が姿を現す。男からは余裕が消えていた。
「あっぶねえ……っ! お前、ほんとに学生か?」
「…………」
言葉が出ない。あれだけの規模の魔術を発動して、そこまで疲れていないように見える。少々息が荒くなっていても、その程度にとどまっている。
「……もしかして、お前が森で特異種を殺ったのか?」
男が知るはずのない、その言葉。 まるで自分がけしかけたといわんばかりのその口調。男のことがわからない。魔術で疲弊していてうまく働かない頭の中が混乱する。
「なんで、あなたがそれを知っているの? あなたはいったい、何者?」
私は今、いったい何と戦っているの?
男は私の反応に笑みを深くした。
「やっぱり、お前の仕業か。今の魔術。それであいつを倒したんだろう? ……で、それだけか?」
男は私の疲弊した姿を見て嘲笑った。
ふらつく足。焦点が定まらない視界。剣を握る手にも力がこもらない。
まだ、まだだ。
耐えていれば、上級生や教員が助けに来てくれるかもしれない。ディルグが来てくれれば、目の前の男にだって勝てるかもしれない。
大地を踏みしめ、男をしっかりと見据える。剣を強く握り、中段に構える。
男は攻撃せずに、私の動きを観察している。舐めるな。
<投槍>を発動。
「っ!」
頭に痛みが響く。限界が近づいている。あと、どれだけ魔術を使えるだろうか。
「はっ」
男は鼻で笑うと、魔術で氷の壁を作り攻撃を防いだ。
魔素に戻って消えていく氷の壁を突き抜けて、男が疾走する。
男が生成した氷の剣による一撃を受け止める。氷の剣は折れることなく私の剣と打ち合い、火花を散らす。異常に硬いのは、<硬化>の魔術によるものだ。氷の壁などにも使用されていた。
男の剣は素人同然だ。動きに無駄が多いし、余分に力んでいる。
でも、攻撃は速くて、重い。
万全の状態ならともかく、今は防御するだけで手いっぱいだ。
「ほらほら、どうしたぁ!」
力任せの男の攻撃を受け、流し、躱していく。
一つの攻撃を受けそこね、体がよろめく。男はそのすきを見逃さずに、腹部に蹴りを入れた。体が浮き上がり、吹き飛ばされる。
私は石ころのように地面を転がった。そのような状況でも、剣は絶対に手放さない。
剣を支えに立ち上がる。
全身が痛む。全身のいたるところが打撲している。
男は追撃してこない。私の苦しむ様子を眺めながら、ゆっくりと歩いてこちらに近づいてくる。
「まだやるのか? 助けなんて来ねえぞ?」
こちらを見下し、蔑むような態度。敵の戯言なんか無視しようとしたけど、続く一言に心を刺された。
「この学校には3体の特異種が攻めてきているからな。こっちに対処する余裕なんてないだろ」
男が声をあげて笑う。
1体でも恐ろしい特異種が、3体。私を絶望させるための嘘だと思いたかったが、校舎にこれだけの被害が出て、元凶であるこの男のもとに誰も来ないのはおかしい。それでも、特異種を操っているかのような男の言葉は信じられない。なんにせよ、この学校を襲っているのは目の前の男だけではないことは確実だ。
いつまで耐えていればいいのか。そもそも耐えたところで助けは来てくれるのか。全滅しているのではないか。
最悪の想像が脳裏をよぎる。
頭を振って、雑念を払う。そんなことを考えたってしょうがない。目の前のことに集中する。
「ははっ、いいねえ。これくらいで折れちゃつまらない。もっと俺を楽しませてくれ」
相手の油断。付け入る隙があるとすれば、そこだけだ。
再び打ち合う。
自分の攻撃は通らず、相手の攻撃は何回も直撃する。男はあからさまに手加減をしていた。致命傷を与えるような攻撃はせずに、じわじわとこちらをいたぶっている。
蹴りをわき腹にくらい、地面を転がる。今度はついに、剣が手から離れてしまった。
わき腹を手で押さえうずくまり、痛みをこらえる。
「そういやいつまでもお前の相手はしていられないし、そろそろ終わりにするか」
男が蹂躙の終わりを惜しむかのように、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「他のやつらも殺して回らねえと。すでに特異種があらかた殺り終えているかもしれないがな」
男が、私のすぐそばにやってくる。
いまだ!
男の方を振り向き、発動の準備を進めていた魔術を行使する。炎が男を襲う。
この至近距離ならと、決死の覚悟で放たれた魔術は…………それでも届かなかった。
男は無傷だった。<冷却>で防がれていた。
「俺が油断に足元をすくわれるとでも思ったか? 残念だったなあ。お前と戦っているときに本当の意味で警戒を怠ったことなんてねえんだよ!」
男が氷の剣を振りかぶる。
終わった。今までつらいことはたくさんあったけど、でもまだ……死にたくない。
今わの際に浮かんだのは、ディルグの顔だった。彼なら、目の前の男にも勝てるだろうか。
終わりの瞬間は、いつまでたっても訪れない。
…………ん?
剣が、振り下ろされていない。
男が悪趣味というわけではない。男は私から距離をとっていた。
男の目線の先には、ディルグの姿があった。