襲撃⑶
次々と一年生たちが槍の餌食になっていく。
考えるよりも先に手が動いた。
特異種に向けて、魔術を発動しようとする。特異種は魔素の働きに反応し、こちらの方を向いた。特異種の掌で魔素が活性化する。俺より速い!
横に飛んで転がる。一瞬ののちに、俺がいた場所を金属の槍が通り過ぎていく。
この特異種は前に戦ったのと比べてさらに魔術の発動が速い。加えて魔術の準備段階……魔素の活性化に対して敏感に反応している。学生の魔術に先んじて攻撃を仕掛けてくる。先手が取れない。
特異種に立ち向かおうとして、魔術を発動させようとする勇敢な学生から倒れていく。一年生と特異種では戦力にどうしようもない差がある。軍隊でも苦労するのに、連携も取れていない一年生では勝てるわけがない。
今いる教諭も物理学が専門であり、戦闘するどころか魔術すらろくに発動できない。
上級生が来るのを期待するには……時間が足りない。
特異種に立ち向かおうとする同級生たちがやられる姿を見て、一年生はもう戦意を失いかけている。このままではまずい。
やるしかない。
まだ完全に戦意がくじけていない今のうちに皆を奮い立たせなければ。今回はファニーナはいないが、目の前の特異種に勝つしかない。
大丈夫だ、やれる。一度勝ったんだ。
特異種のもとへと向かって全速力で駆けだす。
接近してくるという意識がなかったのだろう。特異種の反応が遅れる。慌てて攻撃してくる。
「効かねえよ!」
<質量操作>を発動。
槍の質量が極限まで0に近くなり、威力が大幅に減少する。
直撃したのに無傷の俺を見て、特異種が驚いたような表情を見せる。動物の顔としては不格好すぎるが、表情はなんとなくわかってしまうんだな、とどうでもいいことが一瞬頭に浮かんだ。
特異種はさらに攻撃を集中させるが、効かない。その間に距離を詰める。
もうすぐ剣の間合いに入る。だが、それは同時に特異種の魔術の間合いでもあることを意味する。
横からの槍の攻撃。
俺のすぐそばで生成され、発射された金属の槍は事前に想定していた。<質量操作>で無効化する。
魔術の使い手には、魔術によって干渉できる範囲が存在する。自分から離れるほど、干渉力が弱まってしまう。一般的な魔術師で、有効範囲は2,3メートルほど。特異種にとって、半径5,6メートルは自分の領域だ。
この至近距離では、全方位からの攻撃を警戒しなければならない。特異種の魔術に対応できるのは、固有魔術である<質量操作>しかない。
だが、どうやら目の前の特異種と俺は相性がいいらしい。相手の攻撃は、質量をもつ物体によるものが中心だ。攻撃が知覚できていれば、ことごとく<質量操作>で無効化できる。<質量操作>に限って言えば、魔術の発動速度も負けていない。
あと一歩で剣が届く距離まで近づく。
突如、一面に青い魔素が広がる。瞬く間に魔素が物質へと変化していく。
現れたのは、巨大な金属の壁。
<質量操作>ではどうにもならず、回避もできない。走る勢いを殺しきれず、壁にぶつかる。
これだけの大質量を、一瞬で生成できるのか。
ぶつかった衝撃にひるんでいる間に、数多の金属の槍が生成され、降り注ぐ。壁がある前方以外の後方180度あらゆる方向から襲いかかってくる。数で押せばいけると思ったか?
この魔術が発動できるということは、まだ近くにいるはず。
ニヤリと笑みを浮かべる。
すでに発動している<硬化>の魔術をさらに強める。体表面の分子の結合が強まり、槍に貫かれなくなる。
同時に身をひねって姿勢を低くしてできるだけ回避する。いくつかは<質量操作>で無効化する。
それだけしても、無傷とはいかない。槍の激突による衝撃が体に響くが、無理を押して前進する。
特異種との距離が一歩で縮まる。
<質量操作>を発動。そして、剣を振るう。再びの<質量操作>。
質量が極大化した剣が、特異種を捉える。
だが、剣は特異種を両断するどころか、わずかに数センチめり込んだだけだった。
剣と特異種の激突による反動をもろに手に食らう。あまりの衝撃に手がしびれ、剣を落としてしまう。
特異種の体は金属の鎧でおおわれていた。<硬化>の魔術も使われているだろう。<質量操作>による必殺の一撃を防がれた。
幸いなのは、特異種もダメージを負っているところだ。特異種が血を吐く。衝撃は鎧を抜けて体内にまで到達していた。
特異種が俺から距離をとる。攻撃してこない。そこまでの余裕がないらしい。
それは俺も同じだ。右手はしばらくは使えない。もしかしたら骨にひびが入っているかもしれない。
左手で落ちた剣をひろう。
後ろからやってくる、特異種に向けて放たれた複数の攻撃。特異種は金属の壁を生成し、これを防ぐ。
学生たちからの支援だ。戦意も回復し、大勢が攻撃に参加している。
「ディルグ。 私も、加勢します……!」
いつの間にかカミラが隣に立っていた。顔が青ざめているが、目線はしっかり特異種の方を向いている。
「たのむ」
危険だ。その言葉を飲み込んで、ただ一言そうつぶやいた。
「ごるあああっっ!!!」
特異種が咆哮する。先ほどの一撃は、致命傷には至っていないようだ。
特異種の周囲に、数十本、いや数百本の金属の槍が生成される。それらが高速で打ち出される。
雨のように降り注ぐ金属の槍を<質量操作>で無効化していく。カミラは、<反射>で槍の進路をそらしていた。そのまま打ち返すことは難しくても、そらすくらいならば事前に準備していれば可能だ。
近づいたカミラが繰り出した一撃は、金属の鎧で防がれてしまった。ほとんど効いていない。ただの一撃では、威力が足りていない。
特異種は俺を警戒しているのか、俺に注力している。全方位からくる攻撃に対処を余儀なくされる。簡単には近づかせてもらえないが、カミラに手が回っていない。
カミラの剣が魔素で青く輝く。
あれは、<軟化>だ。<硬化>の反対。分子結合を弱める魔術。
軟化するのは剣ではなく、特異種の鎧だ。
金属の鎧に、<軟化>と<硬化>の二つの魔術が作用しあって火花を散らす。魔術の干渉力は特異種の方がはるかに上だが、<硬化>は全身の鎧に作用させているのに対して、<軟化>は剣の腹のわずかな面積のみ。
<軟化>が上回り、剣が鎧を切り裂く。
カミラの攻撃が通るが、浅い。鎧のところで威力を弱められている。
特異種の意識がカミラの方に向く。同時に俺への攻撃が止む。
カミラの攻撃に対応できなかったことといい、けがをする前と比べて特異種の注意力はだいぶ落ちている。
カミラが注意を引き付けている今が好機だ。能力が落ちている今でも、カミラが特異種の攻撃に対処し続けることは難しい。
特異種の攻撃がカミラに直撃する。<硬化>で防いでいるものの、衝撃は殺しきれず体勢が崩れる。
間に合え!
<質量操作>で体重を軽くし、自身に直接<加速>を行使する。
瞬時に特異種の懐まで移動すると、近づいてきた慣性のまま<質量操作>を発動し、特異種の胸に剣を突き立てる。
カミラに対して発動する寸前だった魔術が消失する。
まだだ!
胸に突き刺さった剣を頭の方へ持っていく。痛む右手も添えて剣を進める。
「うおおおおおお!!」
特異種の頭の先から剣が抜けた。胸から頭までを両断された特異種は、力を失い後ろに倒れた。
遅れて断面から血が勢いよく噴き出す。
特異種はピクリとも動かない。即死だ。頭を真っ二つにされて生きていたら怖すぎる。
「はあ~」
力が抜ける。何とか倒せた。
「ぐっ」
右手に激痛が走り、左手で抑える。無理を押して酷使した右手からは、尋常じゃない痛みが湧き上がっていた。
だが、まだ終わりではない。氷の魔術を操るあの男。あの男と戦っているであろうファニーナのもとへと行かなければ。ファニーナは強いが、おそらくあの男はさらに強い。
加勢しなければ、ファニーナが危うい。
「どこへ行くんですか?」
ファニーナの方へ向かおうとしていると、カミラから呼び止められた。
「ファニーナに加勢しに行く。カミラは来るな。足手まといだ」
カミラが絶句する。何か言おうとしても、言葉が出ない。
カミラはなまじ実力があるがゆえに、俺の言葉が正しいと理解している。これからの戦いは、過酷に過ぎる。
カミラを振り切り、走り出す。
校舎の角を横に曲がって、広がった視界にファニーナと男の姿が目に映る。
ファニーナは…………背の高い男に遊ばれていた。
前哨戦が終わりました。