戦闘後
日付は回っているが、何とか描き切ったぜ……!
特異種の体が真っ二つになり、地面に倒れる。
地面に転がった体はピクリとも動かない。
勝った、のか?
常識的に考えれば、体を両断されて生きていられるはずはない。だが、目の前の特異種には突然動き出しかねない不気味さがあった。
念のため、<爆裂>で体を吹き飛ばしておく。原形をととどめないまでに破壊したら、さすがに死んでいるだろう。
「はあ、はあ、やったの?」
ファニーナが息を切らしながらこちらに近づいてくる。暴風を跳ね返した魔術と、特異種を焼いた魔術の連続使用でだいぶ消耗しているようだ。
「ああ。俺たちの、勝ちだ」
周囲はひどいありさまだった。暴風によってなぎ倒されたり、炎によって炭化した木々がそこら中に転がっている。いまだに燃えている木もある。燃え広がらないように消火しなければ。
「とりあえず、今燃えている木を消火しよう。ファニーナはまだ魔術を使えるのか?」
「ちょっとした魔術くらいなら大丈夫よ。手分けして消火しましょう。ディルグはあっちで、私はこっちの方をやるわね」
「わかった。すぐにとりかかろう」
燃えている木を消火して回るかたわら、離れたところにいるファニーナに疑問をぶつける。
「なあ、あいつは結局何だったんだ? なんでこんなところに特異種がいたんだ? なんであんなに小さかったんだ?」
あの特異種の存在は、すべてが不可解だった。
「私に聞かれたってわからないわよ。でも、人間大の比較的小さな特異種なら、報告例はあるの。国境警備をすり抜けて街を襲った特異種も今のと同じくらいの大きさだったらしいわ」
特異種はドラゴン並みに大きいものだという先入観から起きた事件だった。その事件後は以前にもまして警備が厳重になっている。
「その話は聞いたことがある。だが、特異種はただでさえ個体数が少ないのに、小さな特異種はそのなかでもごく少数しか報告されていないんだろ?」
「よく知ってるわね? 一般人が知りえる情報じゃないはずなんだけど」
「師匠に教えてもらったんだよ」
「師匠?」
「ああ。両親を亡くした俺を育ててくれた師匠だ。師匠は魔導士で、軍ともかかわりがあったんだ」
新たな魔術を生み出す研究者のことは魔導士と呼ばれる。魔導士は危険と隣り合わせだ。未知の魔術は何が起こるかわからない。危険の中、それを手探りで探求していくのが魔導士だ。魔導士は非凡な才能を持つ人間しかなれない。
「ふーん。その師匠の名前はなんていうの?」
「リディアだ」
「リディアさん、ね。女性なんだ?」
「女性らしくはないけどな」
苦笑する。
師匠は変人だ。ふつうの人とどこかずれている。悪い人ではないが、師匠の言動に振り回されていた身としては、離れることになって少し気が楽になっている。
会話が止まり、パチパチと木が燃える音と、消火する音だけが響く。
「……ディルグ。その、いろいろとありがとうね」
たどたどしい感謝の言葉。
姿は見えないが、きっと彼女は赤面しているだろう。表情が見えないから、素直な気持ちを言えるのだろう。
「私が一方的に押しかけることばっかりだったのにね。命の危険があったのに、今回も手伝ってくれた。ディルグがいなかったら、危なかったわ」
手伝ったのは報酬につられてだけどな。正直特異種と戦うことになるなんて思ってなかった。このことは言わない方がいいだろう。
「まあ、昔の自分にちょっと似ていたからな。強さを追い求めて焦る気持ちは、少しわかる」
がむしゃらだった俺をいさめてくれたのは、師匠だ。……あまり思い出したくはない記憶だ。師匠の諭し方は独特すぎた。
「ディルグも? どうして?」
「俺は、とある事情から大英雄を目指しているんだ。お前に試合を持ちかけたのも、大英雄がどんなものか知りたかったからだ」
「そうなの。戦ったのが、私でごめんね。ほかの大英雄たちは私なんかよりはるかに強いわ。でも、ディルグならきっとなれる。あなたは強い」
「ファニーナは謙遜しすぎだ。ファニーナだって強いだろう? 魔術も剣術も、ファニーナにはかなわないよ」
「でもあなたには、固有魔術があるじゃない。…………何かあったら、遠慮なく言ってね。家の力でも何でも使って、あなたを助けるわ」
「困ったときは、頼らせてもらうよ。それはそうとして、試合での約束はどうなったんだ? ちゃんと覚えているのか?」
大英雄筆頭のアレクシア・ウェストウィックに紹介してもらう話。うやむやになってはいやしないか?
「なっ、忘れるわけないでしょ。ちゃんと覚えているわよ。……でも、アレクシア様に会うのはしばらくさきになりそうね。とても忙しいお方だし、私が希望してもそう簡単には会えないわ」
「会えるのはいつごろになる?」
「次にアレクシア様がイーレン魔術学校に来るとき。そのときに面会の時間を設けてもらおうと思ってる」
「具体的には?」
「それは……まだ調べてない」
ファニーナの声がしりすぼみに小さくなる。
「やっぱり、言われるまで頭の中から抜け落ちていたんじゃないか?」
「ち、違うわ! ちょっと後回しになっていただけよ。この調査が終わって落ち着いたらやろうと思っていたんだから!」
「どうだか。まあ、俺が彼女の目に留まるよう、上手く言ってくれ」
「精一杯、頑張るわ!」
消火が終わり、ファニーナと合流する。
街に戻り、協会に行ってファニーナが報告を済まして報酬をもらう。俺の取り分を受け取り、寮への帰路に就いた。
特異種と戦った報酬としては割に合わないが、まあいいか。
大英雄であり、公爵家の令嬢であるファニーナに恩を売れたのは大きい。これから先も、ニールへの復讐を果たすためには戦うことは避けられないだろう。特異種程度で怖気づくわけにはいかない。
…………当分、今回レベルの戦いは勘弁してもらいたいが。