決着
昨日は上げられなくてすみません。今日はもう一話上げます! 実質毎日投稿!
目の前の化け物は特異種だ。
体が特異種にしては小さすぎるが、疑問はあとでいい。
今はあいつを倒すことに集中する。気を抜けば、やられる。
<投槍>を発動する。
3本の金属のやりが、特異種のもとへと向かう。
試合の時とは違い、一切の手加減をしていない。だが、やりは特異種をよけるように、当たる直前で軌道をそらされてしまった。
先ほどの攻撃とおなじく、おそらくは風、空気を操る魔術だろう。
通常の魔物と同じく、特異種も使用する魔術には限りがある。魔術の威力、発動速度はかなわなくても、使える魔術の種類はこちらが上だ。
手持ちの遠隔攻性魔術で、風による防御を突破できるものはそう多くないだろう。近づいて仕留める。
「俺が近距離で相手をする! ファニーナは後方から援護を頼む」
「! わかったわ!」
特異種のもとへと駆けるが、やはりただでは近づかせてもらえない。
不可視の攻撃が襲いかかる。
発動の予兆を察し、何とかよける。発動までの時間は速いものの、攻撃が単純だ。伸ばした腕の先から打ち出されるように魔術が発動しているため、軌道が予想しやすい。
圧縮した空気を打ち出す魔術、といったところだろう。
攻撃が次々と繰り出される。一人ならば、よけきれなかっただろう。
だが、ファニーナが後方から支援してくれている。ファニーナが牽制として魔術を放ってくれるおかげで、特異種がそれに対処する時間を稼げる。
剣の間合いに入り込む。
切りつけようと、そう思った瞬間。横殴りの衝撃に体が吹き飛ばされる。
「ディルグ!」
地面を転がり、木にぶつかって止まる。
「……大丈夫、だ」
ダメージはそれほどでもない。戦闘に影響はない。
問題は、特異種の魔術の発動速度だ。俺を吹き飛ばした魔術は、今までとは段違いの素早さだった。
あれでは、接近戦をするのは難しい。
一般に、自分以外の生物に直接魔術の効果を及ぼすことはできない。なぜそうなるかは、現時点でははっきりとわかっていない。自身に効果を及ぼす魔術に対して無意識的に逆干渉する、相手に直接魔術を行使するときに魔素をうまく操ることができない、などが理由として考えられている。
しかし、この風の魔術はそれに近い。相手は空気を操り、空気が俺を攻撃する。直接魔術を使われてはいないが、実際に戦う上では同じようなものだ。防ぐ手段が見つからない。
俺の剣より相手の魔術の方が早い現状、攻撃を当てる手段が不意打ちくらいしかない。
防御をぶち抜き、遠距離から仕留めることを考える方がいいか。
高等魔術。
師匠から教わったそれならば、風の防御を突破して致命傷を与えることもできるだろう。
しかし、高等魔術は発動までの隙が大きい。発動に失敗して魔術の制御ができなくなると、何が起こるかわからない。
ファニーナに発動までの隙を守ってもらうか……?
空気弾をよけながらそう考えていると、ファニーナからの声が届く。
「ディルグ! 私が高等魔術であいつを倒す! あいつの気を引き付けておいて!」
「……わかった!」
俺がやるより、ファニーナの方が確実に決めてくれるはずだ。ここは彼女に任せよう。
「こっちだ! 化け物!」
特異種を挑発し、ファニーナから離れる。回り込むようにして、特異種に近づく。
当然、攻撃は俺に集中する。今回はファニーナからの援護もない。
だが、俺はあくまで気を引き付けるだけだ。あいつの方へ向かうふりをするだけでいい。
金属の壁が盾となって、空気弾の攻撃を防ぐ。
適度に相手にプレッシャーを与えて、時間を稼ぐ。特異種はまだ一歩も動いていない。
積極的にこちらに近づく気はないようだ。
ファニーナの方をちらりと見ると、彼女の周囲の魔素が活発化している。
もうすぐだ。あと少しだけ時間を稼げばいい。
再び特異種の方に目を向けると、特異種は口角を大きく吊り上げ、笑みを浮かべていた。俺に向けている左手とは別に、右手を上げてファニーナの方に向ける。
この魔素の働きは、最初に繰り出した暴風を生み出す魔術と同じだ。特異種には、俺たちの作戦を理解するだけの知能があったらしい。
まずい。
ファニーナは高等魔術に集中していて防御がおろそかになっている。空気弾程度なら対処できるだろうが、強力な広範囲攻撃は防げない。
ファニーナが魔術を発動するより早く、暴風の魔術が発動する。
しかし、ファニーナはただ不敵に笑みを浮かべていた。
ファニーナの魔術が発動する。
風の波濤は押し返され、特異種を襲う。
ファニーナに向かう風と押し返される風とで威力が相殺され、特異種にはあまりダメージが入っていないが、彼女の魔術はこれで終わりではなかった。
今のは防御のついでの攻撃。本命はこれからだ。
特異種に向けられた剣先から、黄色い焔がほとばしる。
ファニーナの伸長に数倍する幅の焔の奔流は、特異種を飲み込み、周囲を燃やし尽くした。
彼女の魔術の威力は凄まじかった。
木々は炭化し、地面は半ば融解している。
だが、特異種は形を保っていた。右腕は消失し、全身が焼けただれているが、生きている。
直撃したように見えたが、すんでのところで回避したようだ。
特異種は大けがを負っている。今が好機だ。
<投槍>の魔術を発動しながら、疾走する。
「グルァァッッ!!」
空気の壁でやりを弾き飛ばし、特異種が咆哮する。
怒っている。今までの余裕はもうない。
特異種はこちらを怒りをたたえた目で見据えると、まるで滑るように平行移動して近づいてきた。
「!?」
あり得ない動きに判断が遅れる。瞬時に距離を詰めてきた特異種が、鋭利な爪先を持った左手を突き出してくる。
身をひねってぎりぎりで回避する。反撃とばかりにがら空きのわき腹を狙うが、斬れない。態勢が整わない苦し紛れの攻撃では、<身体強化>をこえて傷つけることができない。
あの奇妙な高速移動は、自分をわずかに浮かすことで実現したものだろう。ファニーナの魔術もそれを使って避けたに違いない。
距離をとりたくてもすぐに詰められる。高等魔術を放ったファニーナからの援護も期待できない。この至近距離で、俺が決めるしかない。
<質量操作>を使って、俺自身の質量を小さくして、跳躍する。俺は軽々と特異種の頭上に飛び上がり、一瞬宙に浮く。相手からは消えたように見えただろう。
自身の質量を戻し、今度は剣の質量を極大化させる。特異種の頭の上に剣を置けば、あとは重力に従って剣が体を引き裂いてくれる。
上空にいることに気づいた特異種の風の魔術が発動する。だが、自身の質量も極大化することで、風では吹き飛ばされない。
小さいドラゴンの体重ほども重さが載った剣は、いともたやすく特異種の体を引き裂き、両断した。
あれ、二人が強くてキメラが弱そうに見えるな……