特異種
今日初めて評価をいただきました! 何回も確認するくらい作者はご満悦のようです。
「そっちに2匹行ったわ!」
手斧を携えたゴブリンが2匹やってくる。ファニーナは3匹仕留めているが、うち漏らしがあったようだ。
「ああ!」
剣を振る。<質量操作>を使うまでもない。ゴブリンの体が両断され、上半身が宙を舞う。
続けざまに、もう一匹のゴブリンの首をはねる。
今、俺とファニーナは街のはずれの森にいる。森の異変を調査するためだが、数時間たってもいまだ何の成果も得られていない。朝から調査をはじめて、太陽は今ちょうど真上にある。
「大丈夫? けがはない?」
近づいてきたファニーナに声を掛けられる。言葉とは裏腹に、心配しているような口ぶりではない。
「あるわけないだろ」
「まあそうよね。……ねえ、ちょっと変じゃない? 魔物が全然いないわ」
数時間探索して、見つかったのはゴブリン5匹の集団のみ。魔物以外の動物もほとんどいない。あり得ないというほどではないが、どうにも怪しい。
「もしかして、ドラゴンがいるのかも」
ドラゴンは魔物の中でもとりわけ強い。ドラゴンが近くにいるとなれば、他の動物や魔物は逃げるだろう。
「巨大なドラゴンが近くにいたら、さすがにわかると思うけどな。それとも今は寝てるのか?」
成体となったドラゴンは、全長10メートルを超えることも珍しくない。それだけ大きければ、行動は遠目からでもわかってしまう。
「可能性は低いけど、調査隊が全滅となると、ドラゴンくらいしか考えられないわよね……」
ドラゴンは知能が高く、人里に近づくことはほとんどない。そもそもの絶対数も少ない。
「大規模な犯罪者組織かもしれないぞ」
「確かにそれもあるけど……いずれにしろ、そう簡単に隠れられないわ。探せば、見つかるはず」
「見つかるのか?」
成果が得られなくても、夕方には帰ることになる。この森全体を見回るには一日では足りないが、はたしてドラゴンは見つかるのか。そもそも異変の元凶は本当にドラゴンなのか。
「さあね。休憩はここらにして、探索を再開しましょうか」
ファニーナの後を追う。
黙々と歩き続けて、さらに一時間ほど経過したとき。ファニーナが口を開いた。
「特異種という可能性はないかしら? 聞いたことがあるの。西の国境を越えて、特異種が帝国の内部まで入ってきたことがあるって」
帝国の西には人間が住んでいない。帝国の西部が海に面しているわけではない。西の国境付近では、特異種と呼ばれる生物が出没するのだ。一応は魔物というカテゴリに区分けされるが、他の魔物とは全く異なる生き物だと言っていい。
特異種は恐ろしいほどに強い。実際に見たことはないが、ドラゴンよりも強いそうだ。帝国軍が存在する理由の半分くらいは特異種に対処するため、とも言われる。
彼女の話は、俺も聞いたことがある。帝国民ならほとんどが知っているだろう。それほどまでに、特異種は危険視されている。
「ないわけじゃないが、考えたくないな。それに特異種だって図体はでかいだろ。キメラの存在を仮定しても状況は変わらない」
特異種は大きさにばらつきがあるが、小さくても5メートルほどはある。活動していれば、必ず目立っている。
そこからさらにしばらく歩くと、遠目に動くものを発見した。
「ファニーナ。あっちに何かがいた。大きさは人くらいだったからドラゴンやキメラじゃないだろうが、魔物か、ただの動物か、それとも人間か。まだ分からない」
動くものが見えた方を指差しながら、ファニーナに小声で話しかける。
ファニーナは無言でうなずき、音を殺しながら見えた方角へ向かう。俺もそれに倣って静かにファニーナの後を追う。
距離が数十メートルほどとなったころ、動くものの全貌が見えた。
思考に空白が生まれる。
なんだ、これは?
見たことがない。
全体的なフォルムは人間に似ている。大きさも同じくらいだ。ただ、生物にしては醜すぎる。
左と右で腕の長さが違う。目の大きさが違う。あらゆる部位が左右非対称だ。
なんというか、生物として不自然だ。動物とも、ゴブリンやドラゴンなどの魔物とも違う。
理解する。
つまり、目の前のこの生物は――
こちらに気づいた。ぐるりと振り向き、異様に長い左腕を上げて手をかざす。
魔術の兆候。悪寒が走る。
半ば無意識的に防御魔術を発動。金属の壁がせりあがり、俺を守る盾となる。
暴風が、吹き抜ける。
化け物の掌を起点として放たれた風は、木々をなぎ倒し、生成した壁を揺さぶる。
風がやむ。何とか耐えきった。
ファニーナの方を見ると、俺と同じ選択をしていたようだ。壁を作り、防御することに成功している。
改めて化け物を見る。
「ファニーナ、あれは」
「ええ。あれは特異種ね」
最悪の化け物が、そこにいた。