疲労困憊
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試合の翌日。
いつも俺は朝早くに寮の庭に出て、剣の素振りをしている。だが試合の疲労、筋肉痛を踏まえて今日は素振りをするのを断念していた。その分校舎に早く着き、講義室で時間を持て余している。
体がだるい。教科書をパラパラとめくるも、内容が頭に入ってこない。
いつもと同じ時間に起きてしまったが、この様子ならばもう少し寝ていた方がよかったか。師匠には生活リズムを保つことの大切さを教えられているが、同時に休むことの大切さも教わっている。俺が少し自分の行動を後悔していると、横から声がかけられる。
「ねえ、いつ魔術を教えてもらえるの?」
ファニーナだ。隣の席にはつい昨日試合をしたファニーナが座っている。昨日の落ち込んでいた様子を微塵も見せていない。いつも通り堂々としているが、冷たくきつい印象は消えていた。
「それはまた今度な……」
「今度っていつ?」
「うーん……明日かな」
「早朝? 放課後? それとも昼休み?」
ファニーナからの質問は絶えない。試合に勝ったのは俺だが、俺よりよほど元気なようだ。実際、地力は彼女の方が上なのだろう。俺が勝てたのは試合のルールと、<質量操作>の魔術のおかげだ。なんでもありの実戦だとしたら、どちらが勝ててたのだろうか。
「……放課後」
「放課後ね。最後の授業が終わったら、第4訓練場に集合。それでいい?」
無言でうなずく。
「ところで、あなたは何でそんなに強いの? 固有魔術は抜きにしても、一年生の中で飛びぬけてるわよね。 貴族でもないんでしょ?」
「もう勘弁してくれ……」
彼女からの質問攻めに辟易していると、講義室にカミラが入ってきた。
「どういう状況ですか、これは……?」
カミラは俺とファニーナを見比べて困惑している。
それはそうだろう。試合に負けた直後のファニーナと今とでは様子が真逆だ。それに、ファニーナがなぜ俺と親しげに会話しているのか。俺も正直面くらっている。観客席から俺たちの様子を眺めていたカミラには、なおさら今の状況は理解できないだろう。
「こんにちわ。カミラさん、でいいのよね? これからよろしくお願いします」
試合の時に、介添え人であるカミラとヴィクターの紹介は済ませていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ファニーナの礼に、カミラもつられて頭を下げる。
「何、これは?」
ヴィクターもやってきた。ああだめだ。収拾がつかない。
この混沌とした状況を何とかしようという気力がない。
「今から始めるぞー」
教諭が教室に入ってくる。救われた。
とりあえず事態はうやむやになったが、結局問題を先送りにしているに過ぎなかった。
◇
昼休み。
普段通り一番安い食堂にいるのだが、カミラとヴィクターに加えて、なぜかファニーナも当たり前のようについてきている。
周囲はざわついている。当たり前だ。公爵家の令嬢どころか、男爵家の子息さえこの場にはいないのだから。それに、彼女は有名人だ。他人となれ合わない彼女が平民と一緒にいれば、いやでも注目を集める。食堂に行くまで、いや、今日はずっと好奇の視線にさらされ続けていた。
大英雄を目指していれば、いつかは目立つことになるだろうと思っていた。それに対する心構えも持っていた。だが、突然すぎる。道行く人々のほとんどから目を向けられるというのは想像以上に来る。体の疲労に加えて、精神も削られていた。
他人の視線を受け止めていたのはファニーナも同じなのに、彼女はまるで気にしているそぶりを見せていなかった。公爵家の令嬢で、大英雄の彼女は普段から人目にさらされ続けていたから慣れているのだろうが、納得がいかない。彼女のせいでこんな事態になっているのに。
カミラはたいして気にしていなさそうだが、ヴィクターは周りの目線に居心地が悪そうだった。
「えっと、ファニーナについてのことだけど」
カミラとヴィクターに試合の後のことを話す。
だが、正直俺もファニーナの態度についてはよくわかっていない。考えてみれば、お互いにまだ何も知らないようなものだ。
「――それで、ファニーナ。なぜファニーナは俺の固有魔術がそんなに欲しかったんだ? もう十分強さは手に入れているじゃないか」
「私はね――」
それから彼女は語り始めた。彼女が大英雄になり、俺との試合をするに至った経緯を。
第二位との試合に惨敗したこと。それを父親に失望されたこと。それでもなぜか大英雄に推薦され、実際になってしまったこと。もっと強くならなければならないと思って焦っていたこと。
だから、俺の固有魔術が使えるようになりたかったのだと。
すべてを聞き終わって俺は考えていた。俺が言えた義理ではないかもしれないが、彼女は目標が高すぎる。高すぎる能力ゆえだろう。常人が匙を投げることでも、彼女にとっては絵空事ではなかったから、思い悩んだのだろう。
あと、よくよく考えてみると、大英雄第二位と彼女が試合をしたのは今から約半年前。彼女の実力は今とそこまで変わらないだろう。彼女にそこまで言わせる第二位とはいったい何者なのか?
「ファニーナ。お前の家の事情は分かんないけど、そんなに思い悩む必要はないんじゃないか。お前以上に強い奴なんて、同年代にいないぞ? 俺が試合に勝てたのだってルールが俺に有利だったからだ」
そういうと彼女は表情を曇らせた。
「いいえ。私はあなたに負けた。お互いに了承したルールで負けた以上、私の実力不足よ。……でもね! 私があなたの固有魔術を使えるようになったら、負けないからね」
気丈に笑う彼女の姿は、どことなく無理をしているように見える。
そうか。朝から妙に元気だったのも、空元気だったんだろう。本当は、彼女は今でも強さにとらわれているに違いない。
彼女になんと言えばいいのか。
彼女にかける言葉が見当たらない。俺も大英雄の座を求めて、努力してきた。彼女に共感できる部分はあるはずだ。でも、俺はいまだ「壁」に突き当たったことがなかった。
師匠は知識が豊富で、的確に俺を導いてくれた。伸び悩むことはほとんどなかった。
「はあ……。ディルグとファニーナはすごいな。落ちこぼれの僕のはるか上を行っているんだけど」
ヴィクターが自嘲する。
そうは言っても、ヴィクターは今ではだいぶ授業についていけるようになっている。ヴィクターには才能がある。これからどんどん伸びていくはずだ。
「そうです、私はディルグやファニーナさんに追い付ける気がしません」
カミラも同意する。
「カミラに謙遜されたら、僕の立場がなくなるんだけど?」
そういわれたカミラは、少し悩むそぶりをした後、こう答えた。
「ヴィクターはまあ、がんばってください」
「おい!」
「くすっ」
ファニーナが笑いをこらえきれず吹き出した。
ヴィクターとカミラの言い合いを見ていたファニーナは、心の底から笑っていた。