ファニーナ
最初はファニーナ視点の話です。
私は今までずっと、誰かからの期待に応え続けてきた。
私には期待されるだけの才能があった。期待に応えられるよう努力してきた。
環境にも恵まれていた。私の家は公爵家、帝国の中で1,2を争う名家だった。幼いころから、魔術に剣術に学問に……様々なことをたたきこまれてきた。
楽ではなかった。バーンズ公爵家の教育はただでさえ厳しいのに、突出した才能のある私には一層厳しかった。多分、親は家から大英雄を出すことに取りつかれていたのだろう。貴族家は優秀な魔術師を輩出することを期待されるけど、当時6人いた大英雄のうち、アレクシア様を除けば貴族はたった一人しかいなかった。
でも、毎日の過酷な訓練は苦ではなかった。親から褒められ、成長を実感するのはうれしかった。
それに、私はこの力で民衆を守るのが貴族に生まれたものの責務だと、そう教えられてきた。その通りだと思った。
私は、国民が納める税で何不自由ない生活をしている。個人には過ぎた力を持つ私は、その力でもって魔物や敵国から国民を守るのが使命だと思っていた。
その思いは今も変わっていない。
だけど、私がそれまで持っていた自信、自負は完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。
私がイーレン魔術学校に入学する半年前くらいの、ある日。私のうわさを聞いて、一人の男が屋敷にやってきた。彼は、大英雄の第二位だった。
バーンズ公爵家は強者を多く抱えているが、その時までにはすでに私の相手になる人は周りにほとんどいなかった。今思えば、有頂天になっていた。
彼は、試合を持ちかけてきた。
勝てるとは思わなかったけど、それなりに勝負にはなると思っていた。
甘かった。
まるで相手にならなかった。赤子と大人。それくらいの差があった。
彼はろくに魔術も使わず、素手で私を圧倒した。
彼に試合で完敗したときの父親が私を見る顔。それが忘れられない。
心底失望した。
そう言っているように見えた。
これからだ。もっともっと努力して、成長して彼を追いこせばいい。そう思おうとしたが、無理だった。彼に勝てるビジョンが浮かばない。
たとえるなら、月。どれだけ手を伸ばしても、決して届かないもの。
私はそこで一度、挫折した。
そして、第2位はこともあろうに私を大英雄に推薦したのだ。そしてそれは受理された。
おかしい。そう思ったが、第2位との試合を見ていない人達の喜ぶ姿に何も言えなかった。
そうして、私は大英雄になった。
それからは以前にも増して修練に打ち込んだ。大英雄の名に恥じない実力を身につけたかった。
けれども、そう簡単に強くはなれない。次第に私は焦るようになった。
ディルグの魔術を見たときはこれだと思った。私にも何か特別な魔術があれば、強くなれると思った。
でも、彼にも負けた。
全力は出せなかったが、それは言い訳だ。
大英雄はおろか、同級生にも負けた。
私は………………
◇
試合終了後、ファニーナはずっと無言でうつむいていた。普段の強気な態度は見る影もない。
「なあ」
意気消沈しているファニーナに声をかける。
彼女は顔を上げると、覇気のない声でしゃべり始めた。
「……一応、約束通り私からアレクシア様にあなたのことは言っておくわね。私の言葉にどれだけ意味があるのかは知らないけれど」
「もちろんそれも頼むが、俺の固有魔術、教えてもいいぞ」
「えっ」
「別に、俺が勝ったら教えないなんて言ってないだろう?」
「それは……確かに、そうだけど」
彼女は困惑しているようだ。自分が負けたら教えてもらえないものだと思い込んでいたんだろう。
俺も自分が勝って積極的に教えるつもりはなかったが、彼女の落ち込んだ様子を見ると言い出さずにはいられなかった。彼女の落ち込む理由は完全には推し量れないが、暗い彼女は見たくなかった。彼女には、堂々としていて明るい姿が似合っている。
「身につけられるかどうかはファニーナ次第だけどな」
彼女は、俺の言葉に虚を突かれたような表情になると、次いで微笑みを返した。
「そう、ね。そうよね。ふふっ。じゃあ……お願いするわ。私に、魔術を教えてください」
彼女は、心の靄がはれたような顔でそう言った。
「ああ。任せてくれ」
俺は、力強い声でそう言い切った。
ぐ、だんだん文字数が少なくなっている…… ここらで踏ん張らねば。第2位が強すぎるだけで、ファニーナは弱くないですよ! 客観的には、ファニーナの実力は大英雄の基準に少し満たない、くらいです