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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
彼の故郷であり私の原点であり原罪の地
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アンティゴアが復興する方法

 奪われて占領されていたアンティゴアの城は、ノーマンが十八の頃に侵略者から奪還していた。

 それから手を加えられてもいたが、物見台は完全に破壊されて再建の目処は無い様子で瓦礫のままである。

 未だ廃墟にも見えるこの城は、修繕されて使用されている箇所と言えば、王の間と広間、そして再建された住宅棟だけであろう。


 しかし、城の破壊に対して城下町は修繕と再建の様子がみえる。

 王の居城だけが私のメテオの襲撃を受けたぐらいにボロボロなのは、ノーマンの性質によるものなのだろう。


 自分はどうでも良いが、守るべきものは守る、その悲しい位の思い切りだ。


「なかなか城の再建もできないし、この住居も仮で建てたままだけどね、意外と俺はここが好きなんだ。何よりも俺は殆ど外国暮らしだからね、いいかなって。」


 仮に建てられたままという住宅棟は、王のものとするにはこじんまりとした規模であった。

 しかし、王様が寛ぐには小さいかもしれないサロンでも、テーブルや棚、そして敷き詰められた絨毯にはほっとできる何かがあるし、何よりもサロンにある大きな扉を開ければ中庭を臨めるという造りが、私はとても気に入った。

 中庭を飾るのが手を掛けた花々ではなく、ハルメニアの領地を思い出させるような野菜や果物の木ばかりなのだ。

 ローレルの木だってスープには必要な葉っぱを持っているし、庭を我が物のように蹂躙して生い茂る緑の蔦の群生は、所々で咲く白い可憐な花から見るにイチゴの苗に違いない。


「って、どうしてイチゴの苗が!あれはハルメニアがどこにも渡さない金の卵よ!もしかしてあなた方の誰かが盗んだの?」


 クッションに転がるようにして王様のサロンで寛いでいた私はガバリと起き上がり、アランドゥーラ姫とベイルにお菓子とお茶を与えていたノーマンは私ににこやかに振り返った。


 この笑みは盗んだ、という意味だろうか。

 彼はハルメニアの恐ろしさを知らないのだろうか。


「おかしな球が俺の荷物袋に入っていたんだ。金貨を抜かれた時に三つぐらいね。それをこの庭に埋めたらあんな事になった。次々と庭師が植えた草花を蹂躙して駆逐し、庭はあの白い可愛い花を咲かせる蔦か、その後ろに見える何の面白みも無い緑の葉っぱ軍団になってしまった。あと一つの球の中に小麦の種籾が入っていた事で、俺はあれらを刈ることを禁止したが、あれは何?」


「まああ。ハルメニアったら何を企んでいるの。まあ、いいえ、あなた方をとても気に入った証ね。あの白い花が終わればあそこに真っ赤で美味しい苺が出来るわ。それからあの葉っぱは茎が紫になれば引っこ抜いて良いという知らせ。凄く甘くて、でも、栄養があるお芋が取れるのよ。どんな荒れ地でも増えていく魔法のお芋なの。でも、芋があると腹が満たされた民ばかりで戦争が終わると彼女は思ったのに、長持ちする芋さえあればもっと遠くの国を侵略できるって国ばかりだったから、今では門外不出の苗なのよ。」


 私が庭を指さして彼に伝えると、彼は身を乗り出すどころか庭に出てしまった。


「ノーマン?」


 私は彼を追いかけて庭に出て、憧れを見るような目で庭を眺めている彼の手を握った。


 これはハルメニアの優しさだ。


 彼女の言った世界を壊せとは、本当に私に幸せになれとの気持ちからなのだ。

 要石が無くともこの国を豊かにすることは出来て、そして、それこそ要石が無ければ再興できないと思い込むアンティゴアの民の妄執を壊すカギだ。

 ノーマンは押し付けられた王位から自由にもなれるし、私達が何も考えずに幸せに浸れる未来は絶対にある。


「素晴らしい。こんな素晴らしい植物を手に入れたならば、我が国は再びの強豪国へとのし上がれる。ああ、あと一つの石さえ手に入れば、ですが。」


 全く嬉しそうどころか皮肉めいた声を上げながら王の個人的な庭に現れたのは、モーガンであった。

 彼は港で着ていた服を脱ぎ捨てており、実はあの古臭いお仕着せ服を着たがったのはノーマンこそだったのではと思ってしまう程の、王よりも偉そうなローブを羽織っていた。


 いや、着替えたノーマンがシャツにズボンだけという一兵士の休日のような格好でいる方がいけないのか。


「モーガンさん。一言言わせて頂きますと、あの芋を手にして他国を襲った人達は、ハルメニアの逆鱗に触れることは確実ですよ。」


 ドゥーシャのように大柄では無いが、ドゥーシャの親戚のような輪郭の顔に皺を刻んだ初老の男は、つんっと高慢そうに鼻をあげた。


「そうですね。だが、私達は大丈夫だと思いますよ。何しろ、我が国を襲ったならず者、フォルモーサスにローエングリン、バルキアにアルマイト、そうだ、国など持たなかったブートの民もいましたね。彼等は全員が新たな食べ物を手にした事で軍備に力を入れられるようになった者達でしたね。ええ、その新たな食べ物は現存していません。我が国が壊されたその日を境に、全部が黒いカビで腐ってしまったそうですから、あなたのおっしゃる通りにハルメニアの報復でしょう。私といたしましては、余計なことをしたと彼女を縛り首にしても収まりませんけれどね。」


 言い切った彼がさっと右手をあげると、わらわらと鎌と松明を持っている男達が六人も庭に入り込んできた。


「王よ。あなたを惑わしあなたの道を迷わせる魔女の呪いを今すぐに消します。要石、ああ、要石が回っていた頃はどんな狂軍が現れてもここはびくともしませんでした。きれいな水がたゆまなく流れて土地を潤し、このような紛い物のに頼らずとも腹が満ちていた世界でしたよ。幼かったあなたにはピンとこないでしょうけれど、ええ、素晴らしい国だった。あの魔女が余計な手出しをするまではね。」


「モーガン。」


「さあ、皆の者。魔女の草を刈ってくれ!」


 ノーマンがモーガンを止められないのは一目瞭然だった。


 貧しい時代しか知らないノーマンには豊かさから突き落とされたモーガンの激情を抑える方法などわかるはず無いだろうし、モーガンのハルメニアへの憎しみなど誰にも止められそうにも無かった。


 六人の男達はずかずかと草花を踏みつぶしながら庭に入り込んで、……彼等は途中で完全に動きを止めた。


 彼等の目の前、今まで何もなかった中庭に巨大な昆虫がにょっきりと現れたのである。


 黒光りする焦げ茶色の体に六本の足をつけて仁王立ちする昆虫は、いかにも戦いますという風に頭には大きな角も生やしていた。

 私は慌ててアランドゥ―ラ姫を見返したが、彼女の左腕は彼女の身体に嵌っている。

 しかし、私の想像を肯定するように彼女は二コリと私に微笑んだ。


「この子はカメちゃんです。ちびおが亀をくれたの。髪を切った時にわたくしは情けない事にほんの少し泣いてしまいましてね、その時にちびおが泣かないでって。ああ、年が離れてしまいましたが、さすがにお兄ちゃんですわ。それで、切った髪の毛を亀ちゃんが食べてしまいまして、ええ、私専用の攻撃型ゴーレムになりましたの。ベイルと何度か手合わせして戦闘学習も済んでますから、この子は強いと思いますわよ。」


 ちびこは危険な言葉をさらりと口にすると、美味しそうにノーマンが淹れてくれた甘いお茶を啜りはじめた。

 彼女の隣に座る少年は、ノーマンが出してくれたギモーブという名の柔らかなお菓子を摘まんでいたが、口に入れる前に話さなければという風に楽しそうに婚約者の言葉の後を続けた。


「ふふ!そう!僕も大型古代兵器と戦えてスキルがアップした気がします!次に古代兵器戦をする時は僕は戦力になれると思いますよ!今お見せしても良いです。今度は古代兵器と共闘って形ですけど!」


 大人達は危険な子供達をしばし見つめた後、再び先程と同じ距離感を持って顔合わせをしたが、誰一人として先程までの衝動的な勢いは持ち得なかった。


「ええと、モーガン。彼等を返してくれるかな。ここは王城の一角といっても私個人の敷地でもある。君の勝手な立ち入りには今回は目を瞑るが、以後はこのような事が無いようにお願いする。」


「陛下。」

「お願いする。私は君を切りたくはない。」


 モーガンはなぜかノーマンに対して怒るよりも惚れ惚れとした顔を見せると、ノーマンに対して深々と頭を下げた。


「出過ぎたことをいたしました。」

「いや。君の気持を考えなくて申し訳なかった。私はこれから君のた。」


 私はノーマンを突き飛ばしていた。

 強化魔法付きで。


 そして尻餅をついて驚いた顔で私を見上げるノーマンにしゃがみ込むと、彼の耳に私の思う事を囁いた。


「あなたの妻になるのなら、この庭は私の庭だわ。勝手に苺とサツマイモを刈り取るのは止めて。裸ん坊のあなたに苺を食べさせる私の夢を守って頂戴。」


 彼は大きく笑い声をあげると、私にありがとうと囁き返した。

 ありがとう、夢をありがとう、と。


「今すぐ全部の苺と芋の苗を刈り取ってくれ。わがアンティゴアは要石を手に入れて要石で再建をする。それは私が王位についた時から変わらない。」


「それでこそ、我が陛下です。」


 私はノーマンがノーマンでいられない憤懣に、彼等に壊される前に苺とサツマイモの苗を別の世界へと飛ばしていた。


 ここであって、ここでないどこか、だ。


「私の夢は私が守ります!私の夢だもの!」


「君は本当に俺の夢の人だ。」


 尻餅をついたままのノーマンの虹色の瞳は、なんだか雨が降っている中の虹の輝きを見せていた。

 雨の中を駆け出す前に私に振り向いたあの犬、あれ以来帰って来なくなったあの犬の目のようで、私はノーマンにしがみ付いていた。



「私を夢にしないで。」

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