ジークの本当の敵
ジークの怒号によって四人の男女は慌てふためいたが、自分達の目の前に現れた人物がバルモアの王ではなく魔物でしかないと見做したようで、子供を押さえつけていない三人は次々に剣を抜いて魔物に対峙すべく陣形を取り始めた。
誰もがため息を吐く様な完成されたジークの顔は、今や硬質の薄い皮膜のようなもので包まれているような状態である。
スカアハまでもいつもの大剣の形ではなく、右腕の一部となったような形に変形していた。
さらに、衣服から出ている肌の部分には私でも読めない理解できない古代文字が文様のように帯となって浮き出ており、それらは青白い光までも発しているのだ。
いつもの英雄ジークを知っている者ならば、尚更にこの姿の彼が彼であると解るわけが無いと断言できる。
私だってこの姿のジークが無言で暗闇の中に現れたら、彼が動く前にメテオかトルネード、あるいは業火の魔法で息の根を止めようと絶対に頑張るだろう。
「お前ら、俺の大事なちびおに何をしてくれているんだよ。今後は俺が自分の血でこの機械を止めておくと言っただろう。誰も王宮に近づくなと俺は言っただろう。どうして王の命に背くのだ。それも、俺の大事なちびおを生贄に選んだとは、これは叛意と見ていいんだな。俺にぶっ殺されても良いんだな。」
ジークがここまで言ったのだ。
彼の言葉でようやく目の前にいるのが自分の国の王そのものだと気が付いたローブの人達は再びざわつき、そして、自分達が殺そうとしていた子供を一斉に見下ろした。
「この子は貧民街にいた子でしょう。」
「いや、今回は俺は捕まえて来ていないよ。この子は、フィランドゥ様が直々に俺に手渡してって、え、うそ。アランド王子ですか?おい!猿轡を外せ!今すぐ子供が何者か確かめろ!」
子供を押さえつけていたローブが慌てた様にして幼児の縄を外し、幼気な口元から猿轡を外した。
粗末な服を着せつけられていたとはいえ、幼児の整った顔はジークの小型版でしかなく、私はバルモア国の人間は頭も目も悪いのかと疑いたいほどだ。
幼児はぷはっと息を吐きだすと、泣き出すどころか宝物を見つけた顔でジークを見上げて、おとたま!と叫んだ。
舌足らずなだけだろうが、ちびおとしか呼びかけない父親にはちょうど良い呼びかけのような気がした。
私はちびお君が再び拘束されないように私の手元にテレポートさせ、そのままジークに差し出した。
「しゅごい!おとたまだ!おとたまだ!」
「おう。ちびお、おとたまのところに来い。」
「はい、ちびおちゃんをどうぞ、おとたま。」
「お前はジーク様って呼べ。」
彼は左腕だけで私から王子を受け取ると、まるで猫を肩に乗せる様な感じで王子を肩にかけた。
そんなぞんざいな扱われ方に慣れているのか、幼児は脅えるどころかジークの肩に楽しそうにしてしがみ付いている。
「すごいわね。その姿のあなたがわかるなんて。さすが親子だわ。」
「うるせぇよ。俺は五年前から戦闘態勢になるとこんなんなんだよ。あのノーマンの野郎のせいだ。俺は五年前の戦闘で死にかけたんだよ!死にかけた時にスカアハが俺の頭に選択肢を押し付けて来てのこの姿だ。我を受け入れるか死ぬかって、選択肢でも無いだろーが、そう思わないか?」
私はどう答えていいかわからないので、適当に笑い返すだけにした。
「ちびお。あのねーさんのところに戻って、俺の不幸を聞き流してしまおうとしているあのねーさんの頭を叩いて来い。」
私は頭を叩かれたくないのでひょいっと後ろに飛んで下がり、ついでにジークのちびを害しようとした四人の男女に拘束の魔法をかけた。
「きゃあ!どうして!」
皮膚は裂けて、そこから銀色の蔦が彼等を侵食していく。
「許してください!王子だと思わなかったのです!」
「うがあ、痛い、いたい!」
「うわあああああ!体から棘が!蔦が生えてくる!」
「地獄の茨よ。あなた方を拘束して、そして、皮膚を破る。四人だったら二百五十ミリリットルの血で済むわね。そのくらいだったら貧血にもならないからきっと大丈夫よ。」
私の頭はごつりとジークによって叩かれた。
いつの間にか元の姿に戻っていた彼は、私に本気で怒っている顔をして見せており、彼こそ自分の子供が受けた仕返しや今まで失われたであろう孤児の命に対しての報復をしたかったのであろうと私は思った。
「勝手をしてごめんなさい。」
「それはいいよ。ただね、子供の目の前で残虐な事をしないでくれるか。」
…………。
「ごめんなさい。」
納得できないが、とりあえず謝り、そして彼に尋ねていた。
「あなたがイーサンの所から今日まで王宮に戻らなかったのは、あなたの不在にあなたの敵が動くと考えていたからなの?その時間稼ぎが私への無理難題だったのかしら。」
「前半は、その通り。ちびおが殺されかけるなんて想定外だったけどね。そして後半は時間稼ぎじゃないさ。お前にならできるよ。俺達はバルマンの臨終の時には別世界にいたじゃないか。静かで、誰にも邪魔をされない、死んでいくあいつのためだけの空間だ。俺がお前の本当の姿に怒り、お前を罵倒するまで存在していた、あの空間だよ。お前には作れるだろう?」
私は作れると頷いて見せたが、ジークは私から完全に顔を背けていた。
尋ねておいてそれは何だと私もその方角へと顔を向けると、七年前にジークを虜にした姫君の面影はある小太りをした女性と、その女性によく似た風貌に弛んだ肉体をという中年に差し掛かった男性が、親衛隊と呼ぶにふさわしい兜も被った重装備の十数人の兵を引き連れて立っていたのだ。
「よお、従兄殿。そして、女房様。お前が俺と別れて再婚したいなら俺はいつでも受け入れるよ。俺はいい旦那じゃないしね。ただね、俺似の子供はいらないって選択をしたところはね、ああ、俺は凄くがっかりだよ。これは万死に値する仕打ちじゃないか。」
すると、ジークの妻、私に汚れ水をかけて浅ましい魔女と罵り、バルモアから追い払おうとしたこともあるフィレーナは、大嘘つきと大声をあげた。
自分の従兄の方へ。
「フィランドゥ!この嘘つき!ジークがアランドを殺そうとしているって、嘘だったのね!あなたは嘘を吐いたのね!あなたは私に嘘ばかりだったのね!アランドゥーラはどこ?あの子はどこに行ったの?あなたはあの子に何をしたの!」
「煩い。」
「きゃあ!」
ジークの従兄となっている男は自分に縋りついて大声をあげるフィレーナを張り飛ばし、それから勝利者のごとく右側の口の端を引き上げて笑い顔のようなものを作り、あれは保険だ、と言い放った。
「さあ、王様。あなたも静かにして良く聞いてください。あなたは今夜あなたの育てた兵器によってこの世を去るのですよ。受け入れてください。娘の命が惜しければね。嫌だとおっしゃいますのなら、まず見せしめに奥様を殺しますよ。こんなぶくぶくに太った女ではあなたの気も惹けないかもしれませんがね、私の本気を知ってもらうには良い生贄でしょうか。」
ジークは動かなかったが、物事が単純な男である彼は自分の敵に言い返した。
「お前、万死に値するよ。」




