英雄への思慕と英雄の孤独
地下への階段を殺気立てて駆け下りていくジークの様子に、彼を先に行かせてはいけないと感じた私は階段を降りるのではなく飛ぶことにした。
風の魔法を私のローブに纏わせる事で浮力を持たせ、私は螺旋階段の真ん中に躍り出て、そのままふわっと地下の床に舞い降りたのである。
「ひぃ!魔物!」
私達の先に地下に降りていた者達には、真っ黒のローブをはためかせて宙から降りてきた私は恐怖の対象でしか無かっただろう。
ただし、グロテスクな古代兵器に対して反吐の出る残虐行為を行おうとしていた人間が魔物を怖がるとは皮肉なものだと思ったが。
私に脅えた四人の男女は私のように黒いローブを羽織ってはいるが、彼等が魔術を行う魔法使いだからではなく、単に夜陰に紛れる目的で身に着けていただけなのだろう。
というのは、驚きに身を捩ってはだけたローブの下が、揃いも揃ってバルモアの紋章のあるチュニックなのである。
「どうしてバルモアの兵士が守るべき国民に手を掛けるの?」
兵士達が今にも手にかけようと押さえつけていたのは小さな子供、みすぼらしい衣服を纏っている孤児そのものの幼児の姿に、私は自分こそが首を落とされかけていたような錯覚をしていた。
「なんてことをしようとするのよ!」
「この魔女が!邪魔をするな!これこそ国のためなのだ!」
「ええそうよ!クレイモア様の御身をお守りするための必要悪なの!」
「この子供の血でこの兵器は完全に眠りにつく。親のない子供ならば悲しむ親はいないだろう。この子供は今後は親を求めて泣く事も、腹を空かせて路地裏を彷徨う事もなくなるんだ。無垢な子供ならば天国に行けるだろう。」
「さあ、見ろ!クレイモア様の為に数年かけて祭壇だって作ったんだ!」
最後に叫んだ兵士は自分の持つランタンを床へと近づけた。
それは地下内全てを明るくするには全く不足の光源だが、床の有様を私に知らしめるには十分だった。
以前に来た時には気が付かなかったが、地下の床には生贄用の魔法陣と流された血を古代兵器に流し込むための溝が彫ってあったのだ。
「なんてこと。こんなものまで掘っていたのね。こんなもの、こんな、禍々しいものを、それもジークの為なんだって言って。なんてひどい事をするのよ!」
ジークはなんて孤独だったのだろう。
彼が誰も不幸にならないようにと選んだ道であったのに、誰も彼を理解しないどころか彼の思いを台無しにしかしなかったのだ。
「ああ、それでもバトルフィールドでこの国を壊さない事ばかり考えているなんて。ああ!あなた方はなんて愚か者なのよ!」
「やかましい!ジーク様が亡くなられたらこの国は終わりだ!たった一人のこの孤児の死で全てが丸く収まるんだ!邪魔をするならお前を殺す!」
「お前ら!それこそ俺の大事なちびおだ!」
怒りに満ちた神の声と形容できる程の低く恐ろしい声が地下に響いたが、ちびおは無いだろうと、私は声の主に振り返った。
瘴気の立ち込める地下において、ジークは完全に異形ともいえる姿に変化して、彼の一生の相棒であるだろう古代遺物の一つであるスカアハという名の大剣を振りかざしていた。




