竜王族(仮)
南の方の海の真ん中に、古代兵器を発明してそれを備え、それによって金銀財宝で埋もれて栄華を極めた王国が浮かんでいたという伝説がある。
エルドラドと呼ばれていたその島は一夜にして海底に沈み、住民達は海の中で人ならざるものと変化して海の魔族となった。
エラのある勇者はエルドラドの末裔の竜王族だと自慢していたが、彼が竜王族というのは眉唾でもエルドラドの民の末裔であるのは信じられないが事実だ。
ジークは古代兵器を一目見ればその活用法を理解でき、封印されている古代兵器に触れた時にはエルドラドの民としての証の紋章が額と背中に浮かぶのだ。
では、なぜ竜王族が眉唾となるのかは、竜王族などどの文献でも存在した事が無く、竜王族という種族名称はジークが勝手にでっち上げたものだからだ。
「ええと、では、あなたは自分の種族自体がわからないと?」
イーサンがあからさまに困った様子というのも初めてだが、自分に相談に来た相手に呆れたようにして聞き返すのも初めてではないだろうか。
直接相談した方が話が早いだろうと、私は結局あの場から魔城へとジークを連れて来てしまったのだが、かなり困っているだろう癖に英雄ジークが適当な話しぶりしかしない事で、イーサンこそ大いに困らせてしまっただけだった。
「ええ。俺は孤児ですからね。体に浮かぶエルドラドの紋章でエルドラドの民だと確信していますが、肉体にあるエラがねえ。この酷い女はサメだ魚人だと俺を決めつけますが、英雄が半魚人じゃあ格好がつきませんから、竜王族という事で考えて頂けたらと思います。」
イーサンは困った顔で私を見返して来たので、私は数年ぶりにジークの翻訳機となってイーサンに説明をした。
「あなたが知っている、ジークの状態に当てはまる本当の種族の特質についてジークに教えてあげて。ただし、口に出す種族名は竜王族で統一して欲しいって事よ。彼が本当はクラーケン族でも竜王族と言っちゃって、ってこと。」
「あ、ちょっと待って。クラーケン族ならクラーケン族でもいいよ。あれは深海の恐怖の魔王様じゃないか。」
「あなたは巨大蛸でいいの?将来が巨大な化け物蛸でいいの?」
ジークはそこで自分の口元に手を当ててうーんと考え出し、そういえばバルマンはジークに深く考えさせるなと言っていたと思い出した。
――あいつに熟考はさせるな。あいつは発想と瞬発力だけ保っていればいい。大体、あいつにはそれしか無いだろ。
チョコレートの化身のような魅力的な外見の男だったが、バルマンはそういえばチョコレートに唐辛子をぶち込んだような人でもあった。
ああ、バルマンを思い出して初めて胸が温かくなるだけで痛まないとは、これはやっぱりジークのお陰なのだとジークを見返した。
ジークは昔と同じ誰をも魅了出来る考え中のいい顔をしていたが、やっぱり昔と同じで口を開いて自分を台無しにした。
「うーん、困ったなあ。子供がねえ、ちびこじゃなくちびおの方に俺と同じエラがあるんですよ。一応水陸両用の竜王族の証って教えていますけどねえ。やっぱり聞いてカッコイイ種族の方が子供のこれからの成長にはいいかなって俺は思うのですよね。人間ポジティブシンキング、それ一番じゃないですか。」
イーサンは目元に手を当てて大きく溜息をつき、ジークに対してさじを投げそうな雰囲気で、私はお茶をもう一杯淹れ直そうかと席を立った。
「あの、お子さんの名前はほんとうにちびことちびおなのですか?」
ベイルが丁度カートで焼き立てのケーキを運んできたところで、彼は盗み聞いてごめんなさいと言う顔でどうでもいい事をジークに尋ねていた。
ジークは闖入者のベイルに人当たりの良い笑顔を見せると、個人情報だからねと、気安そうに軽く答えた。
「ほら、俺ほど有名になると子供も注目されちゃうでしょう。名前を伏せることで彼等にはのびのび成長して欲しいなって、俺は思うのですよ。」
「王女と王子でしょう。普通に注目されている子達でしょうよ。素直に言ったら?名前を憶えていないけど性別だけは覚えているからちびことちびおだって。」
「ええ!」
ジークに憧れを抱いていたのか、ベイルはジークの適当さを知って失望の混じった驚きの声を上げた。
私だってジークはこんな人だったと思い出すたびに、自分の脳内の記憶美化修正機能の素晴らしさに呆れかえるほどなのだ。
「全く。君はバルマンに似ているね。ああ、嫌な奴。大体女房がつけた名前が長ったらしいんだよ。フェランギーヴ?ファランギーヴ?ファランドゥ?アランドゥ?そんな名前で呼ぶよりも、ちびこちびおで呼びかけた方が子供も喜ぶ。」
「まあ、確かに、愛情をこめて愛称で呼ばれるのは子供には嬉しいかも。」
私はジークを簡単に理解したベイルが心配どころか、今度からベイルをべーちゃんやベベちゃんと呼んでやろうかとチラリと考えた。
イーサンなど本気でジークを放り投げてしまいたい顔をしているじゃないか。
「で、君は、ええと、竜王族にこのまま肉体が変化するのではと気にしている、という事がわしを訪ねて来た本当の理由なんだよね。」
「ええ。俺は竜王族にメタモルフォーゼして海に還るよりも、地下に異物があっても王宮で贅沢暮らし出来る人生の方が好きですから。これからちびこちびお共に二号三号と増産もしていきたいですし。」
「――では、まず変化したという肌を見せてくれないかな。」
ジークはにっこりと微笑むと、グイっと自分のシャツをはだけて見せた。
昔よりは日に焼けてはいないが、引き締まった若々しい肌に地下で私に見せつけた時には消えていた乳首まである、普通の鍛えられた男性の肉体でしかなった。
「あれ、元通りだ。どうしてだ?」
「おそらく、あなたがホムンクロスだからでしょう。エルドラドが作り上げた最終最強兵器。どんな状況下でも肉体を守ることが出来て、疫病にもかからない神の肉体を持つ戦士と文献に残っている、あのホムンクロスです。」
「わお。年を取って繁殖もできるって所で、人造人間ではなく改良型人間ってところか。ハハ、竜王族よりも格好いいかな。エルドラドの最終最強兵器種族。長いか。いいか、今まで通りの竜王族で。よし、自分の事は理解できたので、俺はあとは家にある汚物の処分方法がわかればいいかな。ご存じですか?あれがあるせいで俺は女房と別居中なんですよ。」
「処分方法って、処分していいの?」
「いいだろ。俺という最終兵器がいれば国は安心。ちびおも俺の特性を持っているならば今後も安心。だとすれば、疫病を振りまいているあの古代兵器は無用の長物どころか負債でしかない。ぶちこわそう。」
「そうね。頑張って。」
「お前は手伝えよ。ほら、冒険に行きましょう!だ。」
あんなに拘っていた言葉をジーク本人から聞いても全く心が弾まないばかりか、私は何で何年も彼に拘っていたんだろうと思うぐらいだ。
「いやよ、あれは触りたくない。あなた一人で頑張って!」
「ふざけんなよ、お前。失敗したら全部お前のせいにしてやるから安心して俺に付き合え。大体お前は手配犯になった途端に真っ当な王様をしている俺に堂々と挨拶にきやがって。今後の俺の進退考えてんのかよ。我がバルモアが多国籍に悪の枢軸として名指しされて攻められたらどうしてくれんだ。いいか、絶対に付き合え。付き合わなければあの兵器でお前の大事なアンティゴアの地を焼くぞ。焼かれたくなかったら喜んで手伝え。」
「――あなたはどこまで私の事を知っているのよ。」
「別れてからずっとだよ。お前は大事な妹だからな。バルモアに縛り付けられるのは俺一人で充分だ。ただし、俺にも偶には冒険を味合わせてくれ。」
私の両目からはボロボロと涙が零れたが、これは目の前の英雄が私が愛した時と全く変わらないろくでなしのままだったという嬉し涙だろう。




