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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
私が石を回すから、あなたは何も心配しなくて良い
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メイゼルの最後の障壁

 私達が通ってきたはずの検問所は、一個連隊か大隊ぐらいの人数は勢ぞろいして私達を待ち受けていた。私達の馬も疲弊している今となっては、馬の脚力だけで突破は不可能であろう。


 少人数の私達は一先ずは敵に見咎められないように身を隠していたが、馬という大荷物を連れている状態では敵に見つかるのは時間の問題だ。

 ここは私の魔法で彼等を排除するべきだと思うのだが、ノーマンは私の魔法を良しとしなかった。


「子供の姿も一般人も見えないわ。本職の兵隊だけよ」


「この国は魔法使いの入国自体が不可なんだよ。君が密入国した咎でメイゼルは君への国際手配をギルドに申し込める。ギルドは君を告発したくて手ぐすねを引いているじゃないか」


「でも、今後は私はアンティゴア人になるのだし、あなたが私を守ってくれるのでしょう」


 ノーマンはぎゅうっと目を閉じると、ゆっくりと全てを振り払うようにして首を横に振った。


「ノーマン?」


「いいや。君とはここでお別れ。俺は本気でアンティゴアの復興を考えなければいけなくなった。王の伴侶は魔女ではいけない。それはこの世界の不文律だ」


 私は急に酷い事を言い出したノーマンを、ただただ見上げる事しか出来なくなった。それぐらい衝撃を受けていた。だけどノーマンの言葉はこの世の常識だ。仲間のはずの誰もがノーマンに抗議してくれないのは、誰もノーマンが間違っていると言えないからだ。


 魔女は、魔法使いは、何処の王国でも雇われて存在しているが、王座から遠い所にあらねばならない。


 ましてや、私は魔族そのものだ。


「すまない。これ以上君を傷つけたくないから、君を愛しているから君とはここで終わりにしたい。本来の君に戻ったのならば、俺の加護も不要のはずだ」


 目を私から逸らしたままのノーマンの言葉なのに、彼の言葉は私を真っ直ぐに私の心を切り裂いた。でも、私は大魔女エレメンタイン様。私はボロボロになりながらも、自分の最後のプライドをかき集めて気力を保つ。


「ええ。そうね。私は本来の自分に戻ったのだわ」


 私は自分にかけた子供の魔法を解いた。

 男に振られるならば、本当の自分を見せつけた上で捨てられてしまいたい。


「え、ちょっと!リジー! どうして!」


 全裸に黒ローブ姿となった私にノーマンは目を丸くしただけでなく、私から目を逸らせていた虹色の瞳は私に釘付けとなっていた。


 そのことにほんの少しだけ勝利を感じていたが、私の恋心はここでお終いだ。

 この恋心は、私自身で殺さねばならないのだ。


「だって、子供の姿で振られるって格好がつかないじゃない。まるでジークに捨てられた時のようだわ。俺は十二歳の女の子に愛を語れません。あの日の繰り返しは私には辛すぎる」


「え、ちょっと待って、ジークって誰だ!」


「ジークィンド・クレイモア。バルモア国の次期国王よ。一緒にゴンドラの竜を倒した仲間なの。彼の親友が私を守って死んだから、私は自分を隠すためにローブのフードで顔を隠して来たの。バルマンの言葉が忘れられないわ。君はなんて素敵な瞳をしているんだって。ええ、自分の瞳を忌まわしいものだと思っている。バルマンを惑わして死なせしまったのだもの!」


「り、リジー。バルマンって、バルマン・ウィンザーか。あの英雄の。八年前のメットランド氷原の戦いに君もいたのか?」


「ノーマン、あなたは何が言いたいの。今はあなたと私の話でしょう。ええ、メットランド氷原での黒鎧騎士団の殲滅なんて、私とバルマンとジークの三人で充分だったわよ。メイゼルの目の前の兵隊どころか、ギルドの軍団だって怖くわないわ! 私を誰だと思っているの! リガティア・エレメンタインよ! 一人で一国ぐらい破壊できると言われている大魔女なのよ!」


 ノーマンはあからさまに言い負かされた様子でぐっと言葉を失ったが、絶対に負けないという負けず嫌いなのか、すぐに子供のように言い返して来た。


「ここをテレポートで抜けられもしないくせに!」


「何よ、その言い方は!!子供ですか! ええ、子供に教える様にして教えて差し上げますけどね、魔法防御壁のテレポート突破ができなくとも、この国にメテオを落としてこの国を滅ぼすぐらい私には朝飯前なのよ!」


 魔法防御は私一人ならば抜けられるけれど、自分の身を魔法防御できない生身の人間や馬を連れては難しいってだけなのだ。

 つまり、足手まといを連れているからできないだけの話で、私はそこまではノーマンに事実を突きつけられなかった。


 愛している彼を傷つけたくない自分がいるのだ。


「じゃあ君を魔法防御壁で囲んだら君は破壊どころじゃ無いだろう! 俺は君をどこにも閉じ込めてしまいたくないんだよ!」


 ノーマンは言いすぎてしまった自分の口を押え、私は急にノーマンが私を撥ねつけた本当の理由を知ってしまった。

 そして私が知ってしまった事を知ったノーマンは、私を引き寄せて抱き締めた。


「ノーマン」


「ダメだ。だめだ。俺は君を要石の人身御供にできやしない。俺は第三王子のアイゼンの気持ちがようやくわかったよ。彼がアンティゴアを破壊してしまった気持ちも理解してしまった。理解せざるを得ないよ! 彼の記憶はあの黒石にしっかりと刻まれていたんだ! 俺は彼の大事な君を要石の牢獄に落とせはしない」


「ノーマン」


「……だから、俺を思い切ってくれ。俺の前から去ってくれ。いや、アンティゴアに関係するものは全て切り捨ててくれ」


「ノーマン」


 私は彼に抱かれて彼の温かさに包まれたなかで、こんなに愛する彼を苦しめるよりもと彼の言う通りにすると言いかけた。けれどこれこそ自分が今までやろうとしていたことの反対でもあると、私は気が付いた。


 彼が絶対に止めようとするだろうに、私は彼への勝手な恋心だけで彼の為に石の生贄になろうとしていたのだ。

 私を愛しているから私を切り捨てるとまで決断したノーマンが、私が生贄になった要石の上で生活していけるだろうか。


 私は自分がやるべきことを間違っていたのではないのか。


 私は魔族で大魔法使いのエレメンタイン様でもあるじゃない。

 そんな要石の約束事に囚われてどうするの?


「ノーマン。あなたの言う通りにするわ」


「リジー」


 私は顔を上げると、私を離しがたいと顔に書いている恋人の唇に唇を重ねた。

 ノーマンは私の体をしっかりと抱いてキスを深いものに変えようとしてきたが、私は安全でいつまでも包まれたい彼の腕から飛び出さねばならないと、彼の胸を大きくドンと押した。


 もちろん、人体強化魔法付きで。


 ノーマンは私に転がされただけでなく、胸に受けた衝撃で大きく咽る。


「私はあなたの言う通りに要石の生贄になることは取りやめました。でも、要石を動かす動力を必ず見つけるわ。私は大魔法使いのリガティアだもの」


 そして、大きく両腕を広げた。


 彼に全裸の体が見えてしまっていたとしても構やしない。

 私は絶対に彼を手に入れるのだから。


「さあ、空を見てメイゼンよ! 私はリガティア・エレメンタインよ!」


「リジー! 君は何を考えているんだ!」



『メイゼン国は今日のこの時間、大魔法使いリガティア・エレメンタインの母を火あぶりした報復を受ける事になる』



 空に浮かぶ文字は何人のメイゼル人が読んだ事だろう。

 読めなくとも理解はするはずだ。


 自分の年の数だけのメテオを、私はメイゼルにこれから落とす。

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