メイゼル突破
私の服問題はすぐに解決した。
私が子供の姿に戻れば良いだけの話である。
破れた個所は魔法で修正できるので、再び私は十歳児の姿に戻り子供服を着て、それからメイゼルを出るために各々は馬を走らせた。
黒い石を手に入れたノーマンはとうとう私と気持ちが通じて安心したのか、珍しく自分の馬に乗れとは言わなかった。それで私は肩透かしを感じた気持ちのまま、ベイルの馬に便乗させてもらう。
テレポートで帰ってしまいたかったが、力を取り戻した私がメイゼルという国を見通してみれば、全員を連れてのテレポートは難しいとわかった。この国は魔法嫌いだからこそか、外から内へは力が働かないのに内から外への魔法遮断壁の威力がかなり強靭なものであったのだ。
よって、脱出には馬というもので物理的に出ていくしか無いのである。
さて、馬に同乗させてもらったベイルだが、彼はいつになく無口どころか顔は真っ赤なままで寡黙でもある。彼がどうしてしまったのか私が悩み始めた一時間後に、ようやく彼は口を開いた。
「あの、あの、……」
「どうしたの? ベイル?」
「いえ、あの。リジーは五百歳じゃ無かったのですね」
「ええ、そう。母が亡くなった六歳の時から一人で生きなければいけなかったから、私は大人の姿をしていたのよ。騙していたみたいでごめんなさい」
「そうなんだ。ええと。叔父さんと心が通じてオメデトウなんだけれど、あの、叔父さんに飽きたら僕は君をいつまでも待っているから。あの、叔父さんよりも僕の方が年が近いし。でも、いやかな?」
「まあ、嬉しいわ! うふふ。そうね、私達の方が年齢は近いものね」
「そうそう!」
普段だったらノーマンは私とベイルに抗議の声を上げるところだが、彼はまっすぐに馬を走らせるだけでこちらを振り返りもしなかった。
「叔父さんはおかしいね。なんだか思い詰めた様な感じ」
「あなたは本当によく見ているわね。でも、心配する事は無くてよ。彼は考えているの。フォルモーサスの攻略法を。正面突破で滅ぼすか、大泥棒になってこっそり盗みに行くかってね。それから、アンティゴアを復興させた後の民の入植と生活環境の整備ね。私としてはアンティゴアの復興は必要かしらって思うけれど」
私達の馬の隣に馬を並べたディーナに対して、ベイルは興味津々の顔で彼の言葉に聞き入った。そればかりでなく、ディーナはどうしたら良いのか考えがあるのですか、と聞き返す。
「あなただったら、民をどうするの?」
「え、僕ですか。ええと、国って国民を守るための城壁でしょう。だから他国で辛い暮らしをしている人が多いのならば城壁内に呼んで守ることが必要だと思いますが、もし、貧しくても他国で生活できるのならば、ええと、無駄な戦争を仕掛けて彼等の生活基盤を壊す事こそやってはいけないと思います。あの、あなたがアンティゴアの復興に異議を唱えるのは、もしかしら他国で生活できている国民が沢山いるって事なのですか?」
ディーナはきらりと両目を輝かせると、彼の新たな教え子に対してそれは魅力的な笑顔を見せつけた。
「素晴らしいわ。そして、あなたの質問はノーね。アンティゴアの元国民はどこの国においても最下層に落とされて貧困に喘いでいる。でもね、貧困に喘いでいるからこそ、彼等を集めたらそこでお終いなのよ」
「ああ、彼等を賄いきれないという事ですね」
「そう。誇りを持ったまま餓死は出来るでしょうけれど、国が栄えることは無いでしょうね」
「では、一時に集めなければ良いのではないですか?」
口を挟んで来たのはガベイだ。
彼も自国の改革を考えている王子様だ。
「あの、最初から全部を呼び戻す必要など無いと思います。最初は少数で自給自足を試して、そして少しずつ人口を増やしていくのはどうでしょうか」
「そして、ある日突然に押し寄せる難民で破綻かな」
皮肉そうな物言いでアシッドが加わって来た。私は彼のその口調から、ノーマンと一緒に故郷であるフォルモーサスを侵略する可能性に対して苛立ちを覚えているのだろうと考えた。
「ああ、もう。フォルモーサスもノーマンも破綻してくれないかな。そうしたら俺の破綻した未来についても語り合えそうだ」
「もう、アシッドったら。気にしないでティアを口説きなさいよ。まだこの子は純潔よ。あのイノシシ男からいくらでも奪えるチャンスはあるじゃない。ねえ、ティア。あなたは恋愛に目覚めたかもしれないけれど、まだ突っ走ってはいけないわ。もう少し他の男を見てね、もう少し経験を積みましょう。いいこと、焦って結婚した後で他の人が良かったって思っても遅いのよ」
「あ、ディーナさん。俺はやっぱりあなたについて行きますよ。あなたは本気で最高です。俺もあなたを見習ってリガティアを唆す事にします」
私はディーナとアシッドの不機嫌が、自分とノーマンのハッピーエンドが理由だったからなのかと驚くしかない。
わあ、大人の男のろくでない会話を聞かされる羽目になったベイルが、腹話術人形みたいな顔になってしまっている!
「敵襲! 構え! ベイル騎を中心にして構え!」
突然のノーマンの大声にベイルの馬の脇にはディーナとアシッドが並び、後方ではガベイを押しのけてドゥーシャが殿に納まった。前方ではノーマンがすでに剣を引き出しており、その斜め後ろでイーサンが控えている。
「何が襲ってくるの!」
「メイゼルならばメイゼルの兵」
ディーナがさらっと答えた。
「ああ、嫌だねえ。他国と親交のない国ならば、金持ち観光客を襲って金を奪い取るなんて恥さらしな真似ができる」
アシッドのぼやきにぞっとした。
入り易くて逃げられない結界はそういう理由なのか。
魔女どころかテレポートを使える人間全てを逃がさない、そう言う仕掛けか。
「ああ、それで外からの侵入には甘いのですね。侵入者を捕まえて身代金や、あるいは他国の情報を奪う事を考えての罠なのですね」
ベイルも同じことに気が付いたようだ。
「まあ、本当に賢い子だわ」
「ああ、女の子だったら俺が落とすのに!」
「あなたは女を落とせた事など無いじゃない」
ディーナとアシッドの掛け合いが終わることを待っていたように、木々の緑の代りに銀色に光る騎兵が私達の隊を囲むようにして出現した。
敵兵は長い槍を構えて私達に押し寄せたが、私達の隊列の両脇に突然に現れた空気で出来た見えない壁によって悉く馬ごと弾かれて横転する。
「ハ、ハハッア! 流石エレメンタイン様!」
「アシッド! 前方に大砲隊だ!」
ノーマンの言葉にアシッドは馬の鞍から十字の武器を取り出すと馬を前に出し、アシッドの場所にノーマンが代りに下がってきた。
アシッドがその十字の武器を敵に向けるたびにバリケードを作っている敵は次々に弾けたようにして後ろに転がり、彼等が私達に撃ちだそうとした大砲の出番も無く私達の馬はその障害物を次々と飛び越えた。
ノーマンが自分でやらずにアシッドと場所を代わったのは、ベイルの馬のアルフォードの手綱を彼も握ってネフェルの呼吸をアルフォードに教えるためだったらしい。
アルフォードはネフェルトと全く同じタイミングで飛び上がり、なんと大砲とバリケードを乗り越えた。馬が地面に着地した時、ベイルは自分の馬の成し遂げたことに大きく息を吸いこんだ。
「ああ、すごい。馬が飛んだ」
「このタイミングは覚えたか? 余計な重石も乗っているが、次もあったらこのタイミングで飛び越せよ」
「はい! 叔父さん!」
ノーマンは再びアシッドと居場所を代わり先導者となった。
「後ろ! 敵接近中です」
「己が罪の罰で地獄の炎を管理する悪魔グザファンよ。地獄の蓋を開き炎を解放せよ。煉獄の炎」
ドゥーシャの掛け声に、私は炎の魔法で大砲そのものを爆発させた。
ちょっとオーバーキルな魔法だったけれど、私はやっぱり初期魔法とか中級魔法は少し不得意だ、というか、詠唱をしっかり覚えていない。
「しばらくはあの道は使えないはずよ」
「リジー、魔法は禁止だ!」
「どうして、ノーマン!」
「魔法感知隊がいるようだ! 敵を増やしたくなければ魔法を閉じてくれ。この国は魔法使いは全て殺すと言っている国なんだよ。魔女を見つけたらその場で殺害だ。俺は剣を向けて来たとしても兵士じゃない子供を殺したくはない」
私は魔法を子供の身体に納めると、盲目の振りをした時のように瞼をぎゅうっと固く閉じた。
周囲を知ることで無意識に私は魔法を繰り出してしまうからだ。
私はノーマンを守るためだったらなんだってする。




