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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
私が石を回すから、あなたは何も心配しなくて良い
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生家

 私の生家は意外とすぐに見つかった。


 ノーマンが馬を走らせた道筋が正しかった事もあるし、よそ者であった私の両親が家を建ててこっそりと住み着くには人里離れた場所、つまり、国境近くの辺境が適していたというだけの理由である。

 街道を途中で外れて獣道がある程度の森に私達は入り込み、そして数時間馬を走らせて辿り着いたのは、私の見た夢と同じ真っ黒な煤けた広場であった。


「どうしてまだ真っ黒く煤けているのですか?」

 脅えたような声を出したのはベイルだ。


 十数年前の惨劇の場所に向かっている事を彼は知っていたが、その惨劇の風景が生々しく残っているとは思っていなかったのであろう。

 ガベイは馬を降りると真っ黒な煤けたものを指先で拭い取り、酷いな、とガベイにしては憎々しそうな口調で呟いた。


「火山の灰と土が混ざり合っている。これではどんな植物も育たない。この地の人々は余所者に対してここまでするのか?」


 ガベイが珍しく憤った声を出し、私は彼の怒りが純粋に私を思いやって出た言葉だと感謝した。

 感謝すると同時に、この地に起きた事が映像として頭に浮かんだ。


 燃やされた母による大魔法。

 辺り一面に沢山のメテオを落とし、私をここから逃がすために暴徒達への混乱を生み出したのである。


「いいえ。これは母がした事。私を逃がすためにメテオを落としたの。たくさんの炎も風も、雷だって落としたわ。私を助け出すためだけに。」


「どうしてそんな魔法があるのに君と逃げなかったんだ。」


 ノーマンが怒るのは当たり前だろう。

 彼はきっと見捨てない。

 ベイルにしたように絶対に子供の手を離さないだろう。


「母はここからどこにも行けなかったの。ここに私達の愛する人が眠っているから。母様は父様を残してどこにも行けなかったのよ。」


 ここに戻った事で母の暗示は消えたが、ああ、過去の記憶が私の奥底から私を責めるように戻って来る。



 炎で燃え尽きた母は最期の力を振り絞り、夫の遺体の隣へとテレポートさせる自動魔法を自分の死にゆく体にかけた。

 暴徒達は火刑に処したはずの魔女が、炎が燃え盛る火刑台から影を消し、慌てて火を消してみれば骨も残さず完全に消えたことに慌てふためいた。

 そして、彼等が魔女が逃げたと恐慌に陥ったがために、魔女の子供がいたことさえも忘れて、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ帰ったのだ。



 私は壊されて柱しか残っていない自宅ではなく、真っ黒な畑、私が大好きだったてんとう虫が飛び交う畑の一角、父の骨が埋まっている筈の場所へと歩いて行った。


 墓石も無い墓だが、それは父が名前を残す事を拒んだからだ。


 彼は私達に会いたかったと笑い、母には別の人生を歩めと言って命を閉じた。


 自分は名を残せない男だから君達は忘れ去って幸せになってくれと、それが父の最期の言葉だ。


 父の最期の時には私は幼すぎたがために、頭に残っているのはぼんやりとした映像だけだ。

 それでもノーマンに似た温かい声も父の言葉も思い出せるのは、母のローブにダウンロードされていた母の記憶によるものだろう。


 私は父と母が眠る場所に跪くと、真っ黒くてフカフカで何も育てない土を掘りだした。


 私のてんとう虫が骸骨虫で、私に回復魔法が使えない理由は、私が両親の記憶を封印したことによるものなのか。


 土を掘り返していくうちに土に滲んだ母の記憶が指先に流れ込み、そのせいか墓の中の母が久しぶりの娘が何もわかっていないと言ってクスリと笑った気がした。


 ええ、そうね。

 私は魔女でもないのだから、回復魔法を習得どころか、最初から回復魔法の元素を持っているはずなどなかったのね。


 母はアンティゴアの城壁を守るために召喚されて生かされた魔族だ。

 私が魔法陣をぐるぐると回す事が得意なのはそういう事なのだ。



――あなたの肌が太陽で焼けてしまう。



 魔族に人間界の太陽が耐えられるわけなど無いわね。


「ごめんなさい、父様。ごめんなさい、母様。利己的な娘でごめんなさい。でも、父様が抱えている黒い石が今の私には必要なのよ。あなた方を起こすわ。」


 私はがむしゃらに土を掘ったが、十歳の子供の手では土をより分けるよりも土が崩れてくる方が多い。


「ああ、子供じゃ何もできないわ!」

「では大人に戻ったらいかが?」


 私の耳元で確かにハルメニアの囁きが聞こえ、私はそれだけで頭に血が昇った。


「ハルメニア!」


 私はハルメニアへの怒りによって再び土をがむしゃらに掘り始めた。

 先ほどと同じ掘るよりも混ぜているだけのような有様だが、私はそれでも犬のように必死で土を掘り起こしていた。


 両親の遺体に対面したいわけでもない。


 私の中の憤懣を昇華するだけの行為となっていたが、掘り返すうちに私は墓の中の両親に罰も与えたいと思っていた自分を見つけたのだ。


「ああ、私はぜんぜん納得していなかった!ああ、私はやっぱりあなた方に守って欲しかったのよ!一緒に逃げて欲しかったのだわ!」


 子供の頃の叫びを叫んだことで私の頭はすっと冴えわたり、私があんなにもジークの拒絶に傷ついていた理由も、私を愛したまま亡くなったバルマンの記憶に縋っていた理由も見えた気がした。


「私はなんて愛されたがりの子供だったの!」


 情けない自分への一撃のように土に左手を突っ込んだ時、ばきんと左の人差し指の爪が割れ、私を押さえつけていた子供の殻も弾け飛んだ。

 毛糸の帽子は頭の上に乗ったままだが、ぱちんと弾けた衝撃で長い髪のいくつかの束が帽子からはみ出して零れ落ち、私が着ていた子供服もローブの中で敗れて弾け飛んだ。

 私は慌ててローブの前を両手で閉じた。


「ティア!ああ、あなた!」

「ああ、リジー!父さん、服をどうしたらいい!」

「ああ、どうしよう服!」


「リジー大丈夫か!」


 ノーマンの声だけ間近で聞こえたのは、ノーマンが私の目の前に飛んできていたからである。

 彼はもうすでに私と同じように膝をついていて、私の左手を掴み自分へと引き寄せた。


 彼は爪が割れている泥まみれの指先に軽くキスをした。


 それから彼は懐から金属製のフラスコを取り出すと、そのフラスコの酒を私の指先に掛けながら優しく汚れを落とし始めた。


「だ、大丈夫。私は治せる。」


 私は左手をローブを掴む右手に近づけると右手の人差し指で左手を軽く撫で、そして、元通りになった左の指先をノーマンに翳した。


「ヒールを?」

「いいえ。もともとあった自己再生能力を使っただけ。」

「君は、元通り?」

 私は彼にゆっくりと頷いた。


「私はハルメニアに騙されていたわ。本気で騙されていた。何がエンシェント・ウィッチよ、何が完全になれば全ての魔法が使える、よ!私は彼女が差し出した言葉で彼女に踊らされていたのよ。子供にされたと思い込んで自分で自分を子供にしちゃっていたの。私はたった一歩先にも進めなくなっていたから。幸せなのにその幸せが壊れそうで怖かったから。本当の自分を知られて嫌われる事こそ怖かったからだわ。ええ、そうよ。私は昔も今も自分で作った隠れ家にいたいだけの臆病者だったのだわ!」


 私の左手は再びノーマンに取られ、彼は私の指先に再びキスをした。

 背中がぞくりとしたのは裸になってしまったからだけではない。


「全部、俺のせいかな。俺が君を利用して、君が好きだからと何も考えずに君の世界に入り込んで君を脅えさせてしまったから。」


「ええ、そうね。あなたがネフェルト以外の馬に酷い事を出来るのを知って、自分がそんな可哀想な馬のような気がしたの。今はそうじゃなくても、そのうちにそうなったら怖いって私は脅えてしまったの。」


 私の告白を聞いたノーマンは虹色の目を大きく見開いて、そして恥ずかしそうだがとっても嬉しそうな顔をした。


「しないよ。君にだけは絶対にしない。君だけは俺の特別なんだ。」


 私はノーマンに引き寄せられて、そのまま彼の大きな温かい体に中に入れ込まれた。

 彼の力強い腕が自分を抱き締める感触を嫌だと思うどころかもっと強く抱いて欲しいと願い、彼の硬い胸板や彼の肩に自分をもたれさせることがなんて安心感を生むのだろうと、ずっとこのままでいたいと目を瞑った。


 母が私を連れて逃げるよりも父の亡骸の横に眠ることを選んだ事をほんの数秒前まで怒っていたのに、今の私は恨むどころか納得できるほどに共感していた。


 母は愛する子供にはできうる限りの手を与えたではないか。

 私は左腕だけでだったが、ノーマンの体を抱き締め返した。


「父様が黒い石を抱いているの。」


「ああ、そうだね。俺の中の石達もそう訴えている。そして、彼等は君の両親だ。墓を暴いた後は連れて帰ろう。」


「いいえ。石だけで充分。私は大魔女エレメンタイン。いつだって会いたいときに両親に会えるわ。ええ、復活した私ならば、こんな国の結界なんていくらでも破れる。」


 私は金色の魔法陣を両親の遺体の上に展開させた。

 輝く魔法陣から黒い石が浮いて現れ、それは猫のような姿になるとノーマンの肩に飛び乗り、そして、猫に触れようとしたノーマンの右手に石として戻った。

 彼はぎゅっと石を強く掴むと、決意に溢れた声を出した。


「これで四つ。あとは最後の黄色だ。フォルモーサスを壊さねば。」


 私はそうねと言って再びノーマンの肩に自分の頭を持たれかけさせ、最後の石を配置した後にいくらでも思い出せるようにと彼を抱く腕に力を込めた。

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