第三王子と王位継承権者
メイゼルはどの国よりも平和で、一度も戦禍など受けた事などないような趣の国であった。
街道は古ぼけているが改修した後も見受けられ、街道脇に植えられた木々は新しくもない様子だが健康そうに枝を広げている。
また、遠目に見える村々に建てられている家々は、格子状に組まれた木枠を漆喰で補強しているという、他所では見ない外見である。
木々の緑と青い空に羊たちの群れも配置されているという背景の中で、その黒い柱と屋根に白い壁の家々が建ち並ぶ光景は、きっと誰もに牧歌的で和やかな気持ちを起こさせるものでは無いのかと感じた。
そう、私以外には。
いろんな異国に足を運んだ私でもあるが、なぜかメイゼルだけは本当の異国と感じるところに私は違和感も感じていた。きっと覚えていなくとも、自分が過去に受けた悲しみによって、心のどこかでこの国を拒否しているのではないか。
胸が痛んだからか、私の視線が無意識にノーマンの背中へと向かった。
そこで気が付いた。
ノーマンはメイゼルに入ってからひたすら先頭に立ち、誰も話しかけられない威圧感を発しながら馬を走らせている。
彼はまるで憑き物が付いているかのようだと。
「ノーマンは大丈夫なのかしら?」
「彼は大丈夫だ。彼は呼ばれているのだから、彼を我々の道しるべにすれば何も問題は無いはずだ」
「イーサン?」
イーサンは自分の馬をベイルの馬に寄せると、私に手を伸ばして自分の馬に乗り換える様に目線だけで訴えた。
私は彼の腕を掴んで彼の腕に体を預けて移動したが、移動した先で彼は私に対して済まないと囁いた。
これは馬の移動の話ではないと彼を見上げれば、彼は私に頷いた。
「すまない。君の友人でいたいと思うあまり、君に伝えるべき真実を君から隠してしまっていた。君に出会って君を知って一年経つぐらいにはわしは真実に行きついていたというのに、君に嫌われたくないばかりにわしは君に沈黙を通してしまっていたんだ」
「あなたは私の母の事を知っていらっしゃるのね」
彼は答えの代りに馬の足を少し早めた。
ほんの少しだけ、私達の話声を他の人達に聞かれないようにとのあがきでもあるだろう。だが、同じぐらいのスピードで走りるづける限り、いや、仲間でいる限り知らしめなければいけないと彼こそ知っているはずだ。ならばこれは、ほんの少しだけの猶予期間が欲しいというだけなのだろう。
あるいは、私が受ける衝撃を考えての私の為の猶予期間か。
「母はどんな人でした?」
「済まない。君の母上の事は知らない。君達がメイゼルにいたことも知らなかった。私は旅の途中で一人の青年に出会って、彼の告白を聞いて、そして、彼が望むように彼の亡骸を彼の家族に送っただけだ」
私はイーサンがアンティゴアの陥落に詳しい事を思い出した。
彼はまっすぐに私の瞳を見つめると、三番目の王子だ、と私に囁いた。
「三番目の、王子?」
「彼は滅んだ国を取り戻す贖罪の旅をしていた。盗まれた要石のありかを捜し、そして、一つの石は奪い返せたが、彼はそこで命を失ったんだ」
「イーサン?」
「ああ、十五年前かな。子猫を抱いた青年がよろめきながら街道を歩いていてね、わしは彼の瞳が不思議な色だと思いながら目が離せなくなって、気が付いたら彼への追っ手を切り裂いていたってだけの話だ。彼はもう助ける事が出来ないぐらいに体が痛んでいてね、ああ、ノーマンのように体に石を入れていたから動けたのだろうが、もうほとんど死体同然だったよ。彼はわしに家族の元に帰りたいとこれまでの事を告白し、わしは猫と引き換えに彼を彼の望む場所へとテレポートする手助けをしたというそれだけの話だ」
「イーサン?」
「フェイフェイは彼の娘への誕生祝だった。父親を失った可哀想な娘から、父親からのプレゼントまで奪ってしまった事が本当に心残りだよ」
「イーサン。ああ、イーサン」
私は彼の胸板に顔を埋め、彼は私を娘をあやすようにして私を抱き締めた。
「本当にすまない。君に返さなければいけないのに、わしはフェイフェイをどうしても手放せないんだ。」
「ふふふ。イーサンったら。あれは魔獣じゃ無いの。私はいりません。ええ、いらないの。私に父がいて、魔獣を娘のプレゼントにと考えるおかしな人でも、ええ、私を凄く愛してくれていた事実を知れたのだからそれで充分。ええ、本当よ。今更フェイフェイを返そうなんて本当に考えないで」
「ふふふ。ありがとう。ああ、ありがとう」
「でも、悩むのはわかるわ。私がノーマンに恋をしていたから尚更に言えなかったのね。叔父と姪になってしまうもの」
「いや、それは無い」
「え?」
「普通に従兄妹同士だから平気だよ。いや、第三王子とノーマンが従兄弟だったか。ああ、哀れなノーマンは王弟の息子だよ。第四王子ではなく、王位継承権第四位を持つ王弟の子供だった、が正しいね。ベイルの母親とノーマンがアンティゴアの陥落時に王族なのに処刑どころか奴隷に落とされなかったのはそういう事だ。実質的な支配者は全て破壊するが、権力から遠かったが民の心の拠り所になりそうな人物はしばらくは生かしておくというだけの話だ。支配するうちに出てくる反乱分子をその拠り所に集めて一網打尽に出来るだろう」
「まあ、本当にノーマンは大変な子供時代だったのね」
「そうだね。さあ、前をまずは進もう。わしは君が許してくれなくとも君の友人でありたいと考えている。だから、何があっても君を支えたいし、君の為なら世界にだって弓引くだろう」
「私があなたを嫌う事なんてありません。あなたはずっと親友だわ。大丈夫。私は不幸じゃ無いわ。これからも不幸じゃない。私はあなたに出会えたし、自分以外の人達を愛する事もできるのだもの。ええ、幸せな人生だわ。だから世界を壊したり恨んだりしていないから大丈夫よ」
私は無言で先頭を走るノーマンの背中を見つめていた。
そう、愛する彼の望む世界を作るためならば、永遠に要石を回すぐらいなんてことないのよ。




