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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
われは大魔女エレメンタイン
6/106

向かう先は修道院

 馬車は国境を超えるとその存在を完膚なきまでに粉々にされた。

 だが馬は嬉しそうだ。

 彼らは邪魔なものから解放されたと、見るからに緩んとした幸せそうな表情をして草を食んでいる。


 ノーマンの部下はあと二名いた。


 スキンヘッドに右半身に入れ墨を入れた半裸の奴隷戦士と、燃え立つように真っ赤な長い髪をゆったりと結って異国風のドレスを着た美女、という二名だ。彼らは集合地点だったらしきそこで、私達待っていたのだ。


 ドゥーシャ・ダマスクスと名乗ったスキンヘッドの大男は、ノーマンと一言二言言葉を交わすと衣服を着替えだした。

 異国風のローブを羽織って頭にはターバンを巻いた事で、ドゥーシャは異国の戦士から異国の宰相に見た目が変化した。

 いや、戦士姿の時から彼の瞳は静かで知的に輝いていたのだから、彼はようやく本来の自分に戻れたという事なのであろう。


 また、赤毛の美女は服を着替えなかったが、動きやすいように髪をポニーテールに髪を結い直しはした。たったそれだけなのに、私は彼女に溜息を吐いてしまった。髪を結った事で流線を描く大きな瞳はさらにきりりと引き立ち、顔の輪郭だって柔らかさを消し、美女どころか女神に変わったようなのである。女神と言っても慈愛ではなく、戦女神の方だ。t

 ローブで顔半分隠していると言っても、私が彼女を無作法すぎる程に見つめていたのに気付いていたようだ。彼女は私に微笑んだ。が、その微笑みは同じ女の私を蕩けてさせてしまう力を持っていた。

 なんて、凶悪な美女なの。


「デイモン・ビラーニャよ。あなたがそのローブのフードの中の秘密を見せてくれるなら、私もいくらでもあなたに真実を見せてさしあげてよ?」


 ハスキーな声は、男性、のものだった。

 けれどその声で彼は外見も存在も壊してはいない。

 さらに素敵だと軽薄にも悲鳴を出してしまいそうなほど、素敵な声だった。


「まああ! 姿だけでなくお声も素敵ですのね。神話の中の女神が恋した、英雄フィーロは、あなたの様な方だったかもしれません」


「まあ! 気味悪がられるどころか、英雄フィーロになぞらえてくださるなんて初めて。光栄よ!!では御礼に、とっておきの秘密を教えてあげる。ほら!

私はすね毛も腋毛も生えませんのよ!!」


 デイモンはドレスを捲り上げ、なんと、つるっとした綺麗な彼の脚をまざまざと私に見せつけた。足の形はやはり男性のものでしか無いが、無駄な毛がないことで彼の脚は芸術品そのもののようである。


「ため息が出るわ。なんてきれいな筋肉で締まった綺麗なお脚でしょう。羨ましいわ。ええ本当に。私の脚などあなたに一生見せられませんわ」


「いや、俺はムダ毛が少しくらいあっても大丈夫です」


 私はノーマンに振り返る。彼は拳にした右手を胸に当てて、何かを誓う騎士みたいな姿勢と顔付をしているが、私の心を全く掴みはしなかった。

 だから私はすぐにデイモンに向き直り、彼の腕を取った。

 彼は女性では無かったが、確実に私の癒しになり得る存在だ。


「可愛い魔女さん、ノーマンを袖にしていいの? 彼はモテるのよ?」


「あなたの方が素敵だから良いのよ」


「まあ!」


 ノーマンと私の契約は、あと二時間と少し。その間は、私はノーマンから逃げも隠れも出来ない、依頼者と依頼人の関係なのだ。ならば、少しでも状況の向上に努めるべきでは無いだろうか。


「ああ! ちょっと待ってよ! デイモンこそ知っていて動くな。これから、これから、大事な作戦会議を始めるんですって!」


「今更? 普通に次の行動に出なさいよ。時間は有限でしょう。メテオを呼べる魔女をあと二時間と少ししかあなたは拘束出来無いのですよ」


「うふふ。素敵ね、魔女っ娘さん。いいえ。そのカッコ良く啖呵を切れるなら姐さんね。ノーマンにがっかりしていても、私が姐さんをお守りしますから安心なさって。私は剣技ではこの隊一番ですのよ」


「まあ! 隊長様よりも凄いなんて、素敵」


「隊長は、作戦計画が上手に立てれればいいだけの人なの! あと、渉外とか、上と下の連絡とか、あああ」


 ノーマンは自慢どころか自分が単なる中間管理職でしかないと自爆してしまったようで、がっくりと頭を下げた格好でしゃがみ込んでしまった。

 私はノーマンの情けない格好に、公園で野良犬に餌をあげてしまった日の事を急に思い出してしまった。だからか、あの日の犬にしてやったようにして、私はノーマンの頭にポンと手を乗せてしまった。


 うわ、男の人の髪の毛って、思っていた以上に触り心地がいい。

 でもって、ノーマンさんが、硬直? なさってしまったみたい。

 あああ、ノーマンの部下達の視線が私に突き刺さる、いたたまれない。


「さあさあ、時間は有限でしょう。さあ、あなたの計画を聞かせてくださいな。さあ、ノーマン」


 彼はあの日の犬のようにして、キラキラした目で私を見上げ、そして彼が計画していたこれからの二時間と少しについて話し出した。

 が、全部聞いた時点で、私はあの日の犬にしなかった事を彼にしてやりたい気持ちになった。

 つまり、蹴り飛ばす、だ。


「なんですの、その計画は? ええ? 修道院の襲撃ですか? 教会から破門された上に賞金首になります事よ!」


 ノーマンは私に初めての彼の本当の顔を見せた。

 真っ直ぐに私を見つめただけでなく、虹の輝きを見せる両目には決意と覚悟というものを浮かばせて、そして、表情は静かすぎる程に柔和な微笑だ。


 それは私が誰にもして欲しくない、大嫌いな表情である。

 私が何度も何度も見てきた、死んでいく兵士の覚悟の顔だった。


「いいですよ。俺は国を守りたい。そのためには姫君を奪還しなければいけません。俺は、ええ、教会に破門されてもかまいません」


 彼がふざけていたのは死を目前にした兵士のよくあるそれだったのかと、私は彼の今までの私に対する失礼な行為全てを許していた。


「そう、わかったわ。お覚悟、確かに。わたくしは大魔女リガティア・エレメンタイン。あなた方の死出の道を華々しく切り開いてあげましょう」



 私に対してありがとうや感謝しますと言うべきな場面であるのに、ノーマンは失敗した人形のような変な笑顔のまま固まった。ついでに、彼の部下達は死にたくないと、なんと嘆き始めた。


 彼らの覚悟はどこ行ったの?

 先程のノーマンの決意の顔は、全部嘘、だった?

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