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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
私が石を回すから、あなたは何も心配しなくて良い
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メイゼルの国境

 メイゼルの国境はイーサンの魔城から五日後を経た本日、私達の目の前に重く存在している。

 国境線は他国からの侵入を防ぐために兵士を効率的に配置してあり、こっそり忍び込むのは無理だと判断した私達は素直に検問の列に並んでいるのだ。


 さて、この五日間野宿しか出来なかったが、野宿する事になった第一日目、私はベイルが初めての野宿だと心配した。

 けれど彼はローエングリンから逃げる時にもノーマンと一週間近く野宿しながら魔城を目指していたらしく、野宿に関しては全くの抵抗を見せなかった。


 それどころか、何事も良いものに取る素晴らしい天使は、あの頃も叔父さんがいたから怖くなかったけれど今回は仲間が沢山で遊びの会みたいだと言い、私達に喜んで見せたぐらいなのである。


 ノーマンとイーサンがベイルの可愛らしさにきゅんとなるのはお約束だろうが、ディーナがベイルに示した関心には目を見張るものがあった。

 私は野営していた数日間の事を思い出す。


         ――――――


「素晴らしい心意気だわ。でもね、お遊びでも無いから寝る時の見張りは勿論だけど、食料や薪を集める時も敵に気取られないように存在を隠しながらって配慮も必要なの。私はあなたに隠密の動き方を教えてあげる事が出来てよ」


 ディーナの言葉にベイルが乗らないわけはない。

 彼はディーナの従僕のようにディーナに貼り付き、この五日間はディーナに剣技も教わって扱かれていたようでもある。

 それでなのか、ベイルの雰囲気は元気すぎる少年から剣士見習いぐらいまで落ち着いて、そして、メイゼルの国境を前にして武者震いできゅっと唇を噛んでいるという程なのだ。


 また、五日の野営で変わったのはベイルだけでない。


 ガベイは自分を解放してしまった。


 彼はフィールドワークそのものに憧れを抱いていた学者肌の男だったのだ。彼は食べられる草やキノコを摘んで来るだけでなく、川底の魚を見ただけでその魚に対応できる罠を作り出せるのだ。食料に不自由しなかったせいか、隊内では彼への評価がかなり上がった。


 しかしガベイは研究熱心過ぎるのか、落ちている葉っぱの裏までも観察して必死に木の板や自分の服の端に書きつけようとする。そこでとうとうドゥーシャが折れ、一巻の羊皮紙を彼に与えたほどだ。


「何かあれば、この粉を相手にぶつけてください」


 メイゼルの国境を睨む彼は、私に小さな小袋を手渡した。


「これは何?」


「開けないでください。毒毛虫を見つけたので、その虫の棘が入っています」


「む、虫は入っていないの?」


「そんなものは危険すぎて入れられません。毒毛虫は針を飛ばします。目にその毒針が入ったら失明ですよ。気を付けて下さいね」


 私はありがとうとガベイに礼を言う。それからそれを、他の面々からも受け取っていた、何かあったらと彼等が考える対策小物グッズ袋に恭しいしぐさで片付けた。


 彼等は私が魔法使いだと忘れているのでは無いだろうか。


 確かに最近は瞬間洗浄魔法だけの人だが、以前の私は破壊だけが得意な大魔法使いであったはずなのだ。


         ――――――


「お前達は何者だ!」


 私の物思いはメイゼルの国境警備隊の言葉によって妨げられた。


「僕はイーサン・ラブラドゥルスの息子のベイルです。で、こっちが僕の妹。可哀想に目が見えない子なの」


 私はベイルに脇に手を入れられて掲げられたが、ベイルの言う通りに目を瞑って目の見えない子供の振りに徹した。

 しかし門番は私の演技よりもベイルの言葉の方に感銘を受けていたらしく、物凄く大げさな声を上げた。


「ええ! イーサン・ラブラドゥルス、ですと!」


 国境の兵は兜の目隠しを跳ね上げるとベイルの隣の馬に乗るイーサンをまじまじと見つめる。無言のイーサンの威圧感に本物だと直ぐに認識したのか、彼は敬意を抱いた礼をイーサンに施す。


「お会いできて光栄です」


「君は見所があるな。若者よ」


「いえ、もういい年です。三十も過ぎて剣も昔みたいに振り回せないので、こうして日がな一日通せんぼをしている係ですよ」


 気さくそうにイーサンに挨拶をした門番は、すぐにベイルに振り向き、気軽そうだがいかにも子ども扱いした話し方でベイルに旅の目的を尋ねて来た。

 恐らくイーサンを叩いても埃は絶対に出そうにないので、刺激すれば子供のベイルならば簡単に襤褸が出ると見越してなのだろう。


 しかし、ベイルは子供ながら場数だけは多く踏んでいる。

 彼は自分のプライドに固執せずに、完全に幼い子供になり切った。


「うん。お父さんとリジーとメイゼルのリンゴ酒やリンゴのお菓子を買いに来たのです。美味しいのですってね。僕はリンゴからとっても強いお酒も出来るなんて聞いて、物凄く興味があるのです!」


「坊や、君はまだ酒は飲めないだろう」


「ばあやがお酒をしみこませたケーキを焼いてくれます!」


「おお、そうだな。リンゴブランデーのケーキは美味しいぞ。メイゼル特製のレシピで焼いたのが一番だがな。さあ、どうぞ、ええと、後ろの皆さんはお供の方ですか?」


 ベイルの馬とイーサンの馬の間を割って入るようにして、ジゼルという名の美しい牝馬が姿を現わせた。

 ジゼルに乗っている貴婦人は薄いベールを頭からかぶっていたが、そこでそっとベールを捲り上げ、絶世どころか傾国という形容詞こそふさわしいだろう美しい顔を露わにしたのである。


「新しい妻との家族旅行だ。通してくれるな?」


 イーサンの言葉に呼応するようにディーナは甘く門番に対して微笑み、私はベイルの心臓がどきりと高鳴った音が聞こえた。


 いや、門番の心臓の音こそか?


 門は大きく開かれ、私達嘘吐き愚連隊はメイゼルの地に無事に侵入した。

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