ガベイ様のお導き
私の夢の話をノーマン達は聞いてくれたが、夢の中のアシッドが私にとって好感度が高すぎるとノーマンは意味の解らないことを言った。
それから、夢の中でもディーナと仲が良すぎるとも。
「俺はハルメニアに言い負かされるだけだったと聞かされるだけで、アシッドは君の夢の中のチーズ焼きとやらを作って欲しいと君に強請られるなんて、これはちょっと酷くないかな。俺にも何かを頼んでよ」
私は彼の声が素敵だと思っている事は口にしていないが、この情けないノーマンに対して言ったことが無くて良かった思った。
「あなたはチーズ焼きが作れるの? アシッドは夢の話の料理の描写を話した途端に、俺の得意料理だって叫んで厨房に行っちゃったじゃ無いの」
ノーマンは夢の中で見たものと同じ顔を私に向けて見せると、不機嫌そうに地図を開いてドゥーシャにどう思うと私を無視して相談し始めた。
「ちょっと、どうして当事者の私を除いてあなた方二人で私の生家があった場所を相談しているのよ」
「だって君は覚えていないのでしょう」
「そうですよ。菜の花畑があって、太陽の位置が初春の午前中であのあたりで、すると……」
「そんな風景どこにでもあるじゃない」
私の言葉に二人は私をちらっと見ただけで再び地図に戻り、嫌がらせのように私を無視して指で地図をなぞりながら二人だけで話し合い始めた。
「ねえ、畑に見えたのは菜の花だけ?」
「菜の花畑だろ、何を言っているんだ君は」
「ガベイ、君は聞かれるまで喋らないで。これ以上ノーマンを刺激したくない」
私は酷い男達に見切りをつけると、可哀想な目に遭ったガベイに手招きをした。ノーマン達がいない部屋に二人で行って話し合おうと思ったのだ。ガベイだったら私の話をもっと聞いてくれそうだもの。
「待って待って、ここにいて。はいはい、リジー、君は菜の花以外の植物は見えたかな。さああ、一緒に考えようか」
無理矢理に私はノーマンとドゥーシャの間に座らされ、可哀想なガベイはテーブルの端の方の椅子にびくびくとしながら腰を下ろし直す。
私はガベイに微笑んで見せる。
「で、リジー? 他にはどんなお花があったかな?」
「実を言うと私は菜の花しか覚えていないの。夢の中の私は菜の花どころか、実はてんとう虫にばかり夢中だったのですもの」
「リジーのてんとう虫は七つ星じゃないんだよね」
突然にノーマンがしみじみと言い出して、ドゥーシャがそれに相槌を打つ。
「あ、そうですね。黒い丸が三つですね」
「それは葉っぱを食べるミツボシテントウムシですね」
ガベイが反応し、尚且つてんとう虫の習性まで言い出したが、私は何を言っているのか彼は、だ。
だって、テントウムシは害虫を駆除する益虫だって言うじゃない!
「あら、テントウムシが食べるのはアブラムシこそでは無くて? 夢の中のてんとう虫はアブラムシを食べて……。ええ、そういえば私の夢の中のてんとう虫はななつ星だった。あら、どうして私が呼び出すテントウムシには星が三つだけなのかしら。七つ星はどこにでもいるから、誰だっててんとう虫って言えばあの姿のはずよね」
ノーマンとドゥーシャは私と同じように小首を傾げるだけだが、ガベイだけはそれこそ大事な事実です、と真面目な顔で言うではないか。
「大事な事実?」
「ええ。三つ星てんとう虫は、北西の雪の降る地域だけの虫です」
「あなたはテントウムシにとっても詳しいのね」
「いいえ。三つ星とななつ星の違いしか判りません。昔王城に来た行商人が、三つ星てんとう虫の死骸を小箱に入れて持っていたのですよ。どうして死骸を宝石のようにして持っているのか尋ねたら、これは骸骨虫だからと答えました。それで、興味を持って、です」
「骸骨虫?」
「はい。北西のメイゼルという国の魔女は骸骨虫を使って人々の寿命をかすめ取るそうで、骸骨虫の死骸を持っている事で他の魔女の獲物になっていると命を狙う魔女を騙す為だと言っていました。他の魔女の獲物に手を出したら、魔女同士で戦いあわなければいけないという魔女の掟があるからって」
ノーマンは私を見返し、私は左の眉をあげて見せた。
魔女は仲間の獲物をかすめ取ってはいけないは、魔法使いではなく魔女だけの不文律でもあるのだ。
「君が子供の姿にされた理由は他にも意味があった?」
「一応魔女の掟はあるから、ハルメニアはそれを利用したのよ。無意味に仲間を襲う事も魔女の掟に反するわ。ええ、賢いあの人は状況を利用したのでしょうね。きっと本気で私を子供に戻したいと虎視眈々と狙ってもいたと思うわ」
ノーマンは私の両手を彼の両手で包んだ。
私を慰めるためだろうか。
「君はぜったいにぜったいにハルメニアみたいに育たないでね」
私はさくっとノーマンの手から自分の手を抜いた。
「お馬鹿。で、その寿命を奪う骸骨虫はメイゼルの魔女だけの話なのかしら」
ガベイは勢いよく頭を上下させた。
夢だけでなく実際にディーナに調教されている王子は、哀れなくらいに日々従順なだけの生き物と化していると哀れみを誘う。
「メイゼルか。確かに君の不幸な過去を考えれば納得がいく。あそこは魔女を見つければ殺す国だ」
「そうですね。大きな災厄があって国民が悉く死んだことから、魔女を目の敵にして殺す国ですね」
ノーマンは地図のメイゼル国を丸で囲み、私は赤い丸が母が燃やされた炎のようだとぼんやりと考えた。
「ところで、どうして三つ星が骸骨虫なんだ?」
「ええと、あの」
言葉に詰まったガベイは私を伺うようにして見つめ、それからノーマンを見返して何かを口にしようとしたが口ごもるだけだった。
「ええと、あの」
「いいのよ。気になさらないでおっしゃって」
「あ、ああの。すいません。ええと、どう説明したら良いのか。本物があれば一目で理解できるはずなのですが」
「ああ、じゃあ、呼び出してみるわ。」
「いいよ。魔法の為の羊皮紙が勿体無い」
ノーマンはペンをガベイに投げ、それから地図までもガベイの方へと動かした。
「端っこ。邪魔にならない所に絵でも書いて」
「あ、はい」
ガベイはとても慣れた様子で虫の姿を描きだしていき、私達に見せる時には虫の頭が下になるようにして地図を動かした。
てんとう虫の模様となる大きな二つの黒星は眼孔で、小さな三つ目は虫の首元にあるからか少し歪んでおり、それはまるで鼻腔にしか見えなかった。
つまり、私の呼び出していたてんとう虫はしゃれこうべのようにも見える虫でしかなく、メイゼルの人間の誰もが考えるであろう寿命を奪う死神のマークといえる骸骨だったのである。




