情報は不幸ばかりを招く
ノーマンとドゥーシャが戻ってきたが、彼等は金の代りにガベイというおまけを連れていた。
宿屋にいた時よりも怪我が増えていたガベイは物凄くみすぼらしく、ノーマンは彼を見捨てておけなかったのだろう。
「可哀想に。私はヒールの魔法を持っていないからごめんなさいね。ハルメニアが渡してくれた鞄の中に傷薬の類がきっとあるから」
「あ、ありがとう。でも、け、怪我薬もいいです。あの、か、必ずお金は払いますから、あの、二度と殴らないでいただけたら……」
おどおどと私に懇願してきたガベイの様子を見るに、彼の怪我はノーマン達によるものらしく、私はノーマンを見返した。
ノーマンはそれはそれは最高の笑顔を私に見せつけた。
私はドゥーシャに振り返った。
「恐らく、三千万の債権の価値が下がっても良いのかって、ゴブリン達の前で軽く小突いて見せたのでしょう」
「小突いたなんて! 金を出して引き取らなきゃ死体を置いて行くってまで言いましたよ! この人は! 王子の僕の死体があればこの店はお終いだとも!」
私は本気で悪党だったノーマンにくらくらしていた。
ゴブリンハーフの方々が怒ってノーマン達を潰そうとしていたのも良くわかると、彼等に申し訳なかったかもと罪悪感が湧いたほどだ。
でも、金のためにそこまでしたくせに、今は金を一バイツも持って帰って来ないとは、一体全体何事であろうか。
「そこまでしたくせに、どうして二千万バイツを盗って来なかったのよ?」
「俺はいらないと言っただろ」
「私は必要だと思うし、あなたの部下も必要だと思うの。盗って来なさいよ」
私は顎をツンと上げてノーマンを睨みつけ、彼にもと来た場所へ戻れと言う風に右手の指を差して示す。ノーマンはそんな私に物凄く顔を歪めて見せたが、それでも再び親玉の書斎へと戻っていった。
「ありがとうございます。陛下を諫められるのはあなただけです」
「あなたこそ諫めてよ。二度手間じゃ無いの」
「意固地になった男に説得は無駄ですから」
「ほーんと、ノーマンは意固地なのよ。まあ、仕方が無いわよね。彼のお兄さんが国を滅ぼした張本人だもの。ぜーんぶ自分のせいだと思い込んで、ぜーんぶ自分でしょい込んで生きて来たから、頑なな所があるのよ」
振り向いた私にディーナはフフッと笑いかけると、アンティゴアの三番目の不幸、と彼は言葉を続けた。
「三番目の不幸?」
「ええ。一番目は王になるために大事にされて責任という教育もきっちり受けさせられる。二番目はそのスペアとしてやっぱり大事にされる。三番目は自分で身の振り方を考えなければいけない。三番目の王子は自由奔放に生きられるけれど、誰からも必要とされていない王子様という悲しさもあるのよ。それでね、彼は美しい女性に乞われるまま、悪の印である要石を奪ってしまった」
当時八歳のノーマンがそこまでするとは考えにくいどころか、彼の性格からそんなことが出来ると思えないと私はディーナを見つめる。すると、彼は四番目なのよ、とディーナはくすくす笑いながら答えた。
「可哀想に。四番目の赤ちゃん王子様だったの、彼は。贅沢もそれほど堪能できない、そんな年齢で王族生活の終了よ。可哀想よね。お姉さまも守れなかったと嘆く十三歳の彼の唯一の目標であり望みは、自分の美しい婚約者、ディディーナ・ビラーニャを奴隷の身から救い出す事だった!」
「え、えええ?」
私が驚きで目を丸くしたところで、ディーナは戻ってきたノーマンに肩で突き飛ばされ、ドゥーシャは腹を抱えて笑い出した。
ディーナは突き飛ばされながらもクスクス笑いは止めず、真っ赤になっているノーマンは不貞腐れた表情を作り、早く行くぞと私達皆に声をかけた。
私はもうほんの少しだけ聞きたいとディーナを伺うと、彼は私にウィンクをしてから教えてくれた。
「うふふ。彼は勘違いしていたのよ。私と姉を取り違えてしまっていたの。もう! 助けに来たぞって、あの日のノーマンは格好良かったのに、なのに、彼がディーナと叫んで掴んだ手はなぜか私の両手で。あははは。ノーマンたら、愛しい人、必ず幸せにしますから、だもの。私は姉が可哀想で」
「うるさいよ! 君がディディーナの方だって俺に思わせて、初対面の時から俺を騙していたのも君でしょうよ! もう、ドゥーシャも知っていて黙っているし、あの日の俺は穴があったら入りたいくらいの恥ずかしさだったよ」
「良いでは無いですか。ディディーナこそ私の妻になることを望んでいましたから、ええ、あなたの勘違いは私達への最高の贈り物でしたよ」
私は妻帯者に甘えていたと知り、自分のふしだらな過去を消してしまいたいと歯ぎしりをした。
道理でドゥーシャはこの中で一番安心感のある男性だったことか。
「え、ええと、奥さんはお一人でドゥーシャの帰りを待っているの?」
ドゥーシャは私ににっこりと微笑んだ。
「十人で私の帰りを待っています。いや、待っていないかもしれません」
ディーナは本気で腹を抱えて笑い出し、私はここは汚い場所だからと彼を引っ張り上げないといけないと考えたほどの大笑いだ。
「えっと、どうしたの? ディーナ?」
息も絶え絶えのディーナは指を二本立てる。
「え、本当は二人?」
「違うよ。白伯爵は美しい妻と子供が二人という微笑ましい家族構成だが、その妻には赤伯爵家の婆さん連中が七人もついているって話だよ」
ノーマンが面倒くさそうな口調で言い、ディーナがその言葉に対して再び体を揺らして笑い転げた。
「う、ふふ。素敵でしょう。ティア、私と一緒になればそんな大家族の一員になれる上に、ドゥーシャというお兄さんもつくわよ」
「あ、婆さんが欲しいなら俺こそですよ。ジーナは一人だが、一人で十人ぐらいの煩さもある。子供好きならドロテアのガキもいる。そう、俺こそ家族を支え無ければいけないのに職がない哀れな男です。あなたの愛と金と伴侶の座をくれるなら、俺はいくらでもあなたに尽くしますよ」
「もう、アシッドったら。冗談ばかり。さあ、お金もあるし、戻りましょうか」
「ああ、帰るのは俺達だけだがね。その王子は残していくぞ」
ノーマンは冷たく言い放つと、ガベイの戒めを解いた。
戒めを解くときに何かをガベイの耳元で何かを囁いてもいた。
すると、戒めを解かれたガベイは茫然とした面持ちになってしまった。
彼は縛られてしびれていただろう両腕を無意識にさすってはいるが、逃げる素振りなど一つも見せず、それどころか意識が戻った顔になるや、がばっとノーマンにむけて土下座をしたのだ。
「お願いします。このままガベイを死んだことにさせてください。このまま一緒にいさせてください。僕は二度と国に戻れません。いえ、帰りたくありません」
「黙れ。お前に伝えたのはお前らの汚い金は不要だからだ」
「え、何が起きたの?」
「間抜け王子のせいで小さな村が二つも虐殺されていたんだよ」
私の耳に真実を落としこんだアシッドの口調はとても冷たく、ノーマンがあれほどまでにガベイをいたぶっていた理由を私は寒々とした気持ちで受け入れた。




