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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
エンシェント・ウィッチ
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いつか私が皆の為にできる事

 純粋なゴブリンではなくゴブリンハーフでしかなくとも、酒場の連中は意外と強かった。だが、大柄ながら風のように敵を翻弄させて切り捨てていくドゥーシャに、炎のように美しいが攻撃的な剣裁きのディーナ、それからやっぱりつかめないが敵をばったばったと倒していくアシッドと、ノーマン隊が群れに押し負ける事など無かった。


 また、ノーマンの力自慢ともいえる剣の振るい方によって、ゴブリンハーフが次々と壁や天井にぶち当たったりしている。ゴブリンハーフ達はノーマンの乱暴な剣技にこそ恐れを抱き、彼らの勢いが削がれていった。


 敵の大将は子供の私に味方がなぶり殺しされる姿を見せつけて絶望を引き出したかったようだが、彼こそ恐怖の慄きに震えている。私は私を掴む大将の腕の血流の流れから、彼の恐怖が感じられて彼に同情してしまうほど。


 あら? 私が他者の血流など読んだのは初めてじゃない?


 もともとできていた?

 わからない。

 私は人が怖いと、出来る限り人と密着することを避けていたもの。

 バルマンやジークを信用していても、あの頃の私は大人の女性の幻影を纏っていたから、彼らと密着した事は無かったからできたかどうかなんかもわからない。


 初恋のジークの手にどれだけ触れたいと、彼が私を抱きしめたいと腕を広げた時には、どれだけ彼の腕の中に入りたいと望んだか。


 


――君の手は思ったより小さくてか弱かったんだね。


 消えゆく命の火が見えていたのに、私はバルマンに何も施す事が出来なかった。

 あれほどヒールを使えない自分を呪った事はない。





「お前ら! 俺の手の中にあるこの子供がどうなっても良いというのか!」


 とうとう小物の大将は、小物らしき脅しの文句を吐いた。

 吐いただけでなく私の首を掴んで掲げるという事もしたのだ。

 しかし、ノーマン達は動きを止めなかった。


「畜生! さっきからぶつぶつと。お前も気味が悪いガキだ。あの薄情な奴らのせいで殺される恐怖って奴だろうがな。さあ、あいつらを恨みながら死ね!」


 私の喉笛を掴む手はグッと力を増したが、私はゴブリンハーフの血流を読み込んでいた上に、小声でずっと詠唱もしていたのだ。

 土と水と風の調和によって緑を生む魔法は生まれる。

 魔女による茨の召喚魔法は、そんな魔法を応用したものだ。

 そして、ハルメニアにように緑を育めない私が召喚するからか、私の茨は地獄の淵に群生している金属のような強靭な蔦と棘を持った茨となる。


「ぎゃああああああああ」


 私を掴む手は力を失った。

 彼の腕から茨が生え、その茨は彼の身体を縛り付け、さらには彼の周囲にいた部下達にまで茨の蔦は伸びて絡まっていったのだ。

 力を失った男の腕は私の喉笛を掴むどころではなく、私は力を失った彼の手から自分を外して下にひょいっと飛び降りた。

 茨に拘束されたゴブリンハーフには恐怖しかなく、彼は嗅ぎなれてしまったアンモニア臭をまき散らしながら私を脅えた目で見下ろしている。


 脅えるだろう。

 自分を拘束する茨は、自分の肉体から次々に生えてくる茨なのだから。


「ひぃ、ひ、ひひ」


「うふふ。あなたの身柄は一体いくらなのかしら」


 ガチインと大きな金属音が、私の行為か諫める様に聞こえた。その音の元になった天井にぶち当てられたゴブリンハーフが、私の足元に鈍い音を立てて落ちた。

 私は自分の足元に小汚い敵を落とした、危ない男を睨みつける。だがノーマンは、私の視線を軽く受け止めただけでなく、鼻の上に皺を寄せて私に抗議の気持ちを見せつけるではないか。


「何かしら? 言いたい事があるなら言いなさいよ」


「君が自分の身を守れるのは知っていたし、君を信頼していたけどね、君はどうして余計な事までするんだ」


「あなたが取りこぼした金を奪うだけでしょう。お礼こそあなたは私に言うべきではなくて?」


「君は俺の気持ちを考えたことがあるのか」


「考えたところでわからないし、わかりたくも無いの。あなたはどうせ、女と見ればベッドに連れ込みたいってだけの人でしょう」


「ちがう!」


 ノーマンの大声にディーナの大笑いとアシッドの嘲笑を込めた口笛が重なった。

 一人だけ静かだったドゥーシャは目の前の敵を一刀で切り捨ててからノーマンに振り向いて、彼にしては間抜けそうな声でノーマンに止めを刺した。


「ティア様のこの物言いを聞くに、本当はあなたの独り相撲でしたか?」


「いや、でも、ティアは、いや、リジーは俺の事をあんなに必死で……。そうだよ、気持ちは通じ合っている筈だ」


「通じ合ってません! ノーマンは国の復興を考えてそれだけなのは凄いけど、その目的にお姫様や利用できそうな私を口説いていたのが許せないの。私はパーティの仲間としてノーマンを認めているだけですわ」


 再びガキィンと大きな金属音が鳴った。


 ノーマンが茨の蔦に戒められているゴブリンハーフを、蔦を切り裂いた上に二人いっぺんに振り払ったのだ。

 彼の眉間に縦皺が深く刻まれ、物凄く怒り狂ったような顔つきだ。


「畜生! ここを血の池にしてやる。金なんか皆殺しにした後に金庫から奪えばいい。ほら、ティア! 全員をその茨から解放しろ! 全員を皆殺しだ!」


「金は出す! 助けてくれ! 五千万バイツを払うから! 俺を助けてくれ!」


「嫌だね。金庫をばらせば五千万バイツ以上あるんだろ」


「五千万バイツは無い! 俺を生かせばここにある二千万バイツは手渡せる。その後に俺の兄貴に言って三千万バイツを渡しますから」


 ノーマンは無表情のまま、面倒だ、と呟いた。


「二千万バイツだけで構わない。もう面倒だ。後腐れなくやってしまおう」


 私はノーマンに呼応するように右手を上げたが、茨を解除する前にノーマンの心臓の鼓動が聞こえたことで右手が自然に下がった。

 一緒に馬に乗ってクロードリアの地を駆け抜けたあの日が瞼に浮かび、私がノーマンの振る舞いが許せない本当の理由を突き付けて来たのだ。


 私はあの日に彼に恋をしている。

 でも、彼の口説きは国を復興するための目的でしかない。

 要石をアンティゴアに設置してお終いじゃない事を、彼は知っているはずなのだ。


「ノーマン。この人を助けてやって。それでお金は二千万バイツを貰って帰りましょう。私とあなたも、あなたとこの男も痛み分け。それから、私をパーティの仲間だと認めているのなら、これからは本当に口説いたりしないで。私はちゃんとあなたの国の要石を動かすまでしてあげる。それは約束するから」


「ぐほ」


 ノーマンは返事代わりに私の茨を無理矢理に切り裂いて、ゴーレムハーフの大将を私のすぐ目の前からずっと遠くへと剣だけで投げ飛ばした。


「二千万バイツはいらないし、俺は誰とも痛み分けもしない。俺は口説きたいから口説いているんだ! 俺はイーサンとベイルから聞いていた君の話や、行く先々で語られる君の噂で君に恋をしていたんだ! ああ、姫様の事は俺の失敗だ。彼女の勘違いを俺は冗長させていた。国を興す時には彼女の持参金は魅力的だと考えてもいたし、大事な黄色の石を取り戻す手駒となるだろうとの打算もあった。いいだろ、仕方が無いだろ。出会えない夢の人への思慕は夢だけの話だと俺は思っていたんだよ! シュクデンで君に出会うまで!」



 私はノーマンの大声の告白に粉々になっていた。


 粉々になっていたけれど、絶対に城の要石は動かしてあげようと私は誓い、その誓いはダイヤモンドよりも固く私の心の中で立てられて輝いた。

 全ての告白が終わった男は天井を見上げると、大きく息を吐き出して自分を冷静にさせた。

 それから顔を戻した彼はほとんど睨むようにして再び私を見つめ返して私の返礼を待ったので、私は心に誓った誓いを元に彼に言葉を返していた。

 私に恋していると告白してくれた彼なのだから。


「気持ちをありがとう。私こそあなたへの失礼を謝罪します。それから」


「その先は言わない。俺はノーは聞きたくないし、これからも君を口説きたい時には口説く」


 ノーマンは私を一瞥すると踵を返し、恐らくはゴブリンハーフの大将の書斎へと歩き去っていった。

 ドゥーシャは自分の王の素振りに肩を軽くすくめただけで後をついていき、残されたディーナとアシッドは剣を納めて私の傍に居残った。


「うふ。私もあなたを口説きたい時に口説くから安心して」


 彼は私の気持ちを知っているかのように、私を慰める様にして私を自分の身体に引き寄せた。

 私は彼のしなやかな体に背中を付けて抱きしめられている格好となったが、性的なものを感じない兄が妹を慰めるような抱き方に彼の優しさだけを感じていた。


 アシッドは体を屈めて私の目線に自分の目線を合わせてきた。

 緑色の宝石のような瞳が悪戯そうにきらりと光る。


「うん、俺も。国に帰れない俺は男爵様でもないただの風来坊になっちゃったけどね。俺は、そう、ノーマンよりもプライド無いからヒモになっても全然平気。ちゃんと喜ばす所は喜ばしてあげるから、俺こそいい買い物だと思うよ」


「さいてぃ。あなたはだからモテないのよ」


 私は私の代りにアシッドに文句を言ってくれたディーナの両手を両手で掴んで彼に寄りかかり、彼の鼓動を聞きながら彼等の為に要石を回す事などなんてことは無いと考えた。



 ぐるぐるぐるぐると、永遠に彼等の為に要石を回そう。

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