さあ、行くぞ!
私は大きく舌打ちをしていた。
その音にお茶の支度をしていたドゥーシャは振り返り、私の方へとのしのしと歩いてきた。
それから私が彼に視線を向けない事で察しがついたのか、彼はテーブルに乗っている土の魔法陣を覗き込む。記憶力の良い彼は、そこに私が書き足したものがあると一瞬で理解したのか、大きく舌打ちをした。
「何をしました?」
「何もしていない。ノーマンが大変な感じなだけよ」
「どう大変そうですか?」
「小汚い酒場で偉そうな男を中心にしたごろつきの団体に囲まれている」
「ああ!あんな小物王子よりも、我が陛下の方が値が付くフォルモーサスの賞金首だった事を忘れていましたよ!」
ドゥーシャは再び羊皮紙を私に持ってくると、必要な魔法陣を描いてくださいと、先程とはまるっきり違う事を言い放つではないか。
私はテントウムシから意識をドゥーシャに向けると、さも偉そうな表情を作りながら彼から羊皮紙を受け取った。
「急いでください」
「だったら、あなたはテレポート魔法の魔法陣を床に描いておいてちょうだい。ギルドの支店に必ずあるポータルという名のお立ち台に描かれている単純な図よ。あなただったら覚えていて描けると思うのだけど」
「あの輪っかの中に四つの正三角形が重なっている図ですね。描けますけど、私の魔法陣をあなたは発動できるのですか?」
「ああ、そうね。正三角形を三つだけにして下さる? 最後の一つを私が書き込みます」
「かしこまりました」
私達は大急ぎで魔法陣を描き出し、そして、ドゥーシャはありがたいことに武器を手にした姿で自分の描いた魔法陣の手前に立って私を待ってくれた。
「さすがだわ。ノーマンもドゥーシャもアシッドも、武器を忘れて来たって、そればっかりなんだもの」
「ああ、しまった。私も新しい剣が欲しかったのに!」
「もう! 今の私は金の魔法陣が描けないからしばらく我慢なさって」
「金は特別なんですか?」
「ええ。あれは私自身ともいえる高度魔法よ。私を完全に取り戻せない限りあれは使えない。そのせいで私は自宅にだって帰れないのよ!」
「ちょっと待ってください。私の馬はあの隠れ家の納屋で餓死ですか?」
「――あなた方の馬はハルメニアが領地に持って行ったわよ。あなた方の保証金がわりだって」
「ああ! あの魔女め! どうりでガラクタを簡単に手渡してくれたわけだ。私は女性を殺したいと思わないようにしてきましたが、彼女だけは絞め殺してしまいそうですよ」
「まあ素敵。私も同じだから気にしないで」
私は最後の正三角形をドゥーシャの描いた魔法陣に書き足すと、ドゥーシャの手を握って彼を魔法陣の上に立たせた。
「準備は如何?」
「万端です。戦闘に足手まといのあなたは俺の背にどうぞ」
「あなたの両手を自由にするには私があなたにしがみ付いていなければよね。邪魔にならないように適当に隅っこにいる方が良いわ」
「あなたは猫でしょう。私の背にしがみ付いていてください」
普通に違うでしょうを言い返したかったが、テントウムシがノーマンには時間がなさそうな映像を送って来たので、私は急ぐためにドゥーシャの背にひょいと飛び乗った。
 




