誘拐したなら身代金
ノーマン達は最悪の強盗団になり切っていた。
誘拐するのにいいカモがいたからと盗んだだけで、そのカモを返して欲しくば三千万バイツを寄こせとベザールに吹っ掛けたのである。
尋問の末にガベイが第六王子様と知ったからでもあるが、ハルメニアに向けたサービスでもあるそうだ。出兵の駄賃が三千万バイツもかかる危険性が今後もかかると身をもって知ったベザールが、ハルメニアの領地を侵攻する愚をしばらくは控えるだろう、という目論見なのだそうだ。
私はノーマンの説明を聞きながら、ノーマンの底意地の悪さを見た様な気がした。この行為にハルメニアへの借金返済と自分達への報酬も入れていた上に、王子の身柄に三千万バイツという低い値を付けたことでベザールの王族を侮辱もしているのだ。
私が心の中でつけた評価を知らないノーマンは、私が自分を賞賛の目を向けていると思い違いしたのか私に気さくそうに笑いかけた。
いや、確かに「なんて悪い男」と感心はしたけれどもね。
「大丈夫、心配はいらないよ。戦争の後処理に人質交換は良くやるんだよ。捕虜になった将校さん達の取り換えっこは必要でしょう」
「うふふ。ノーマンは本当に上手なのよ。自分の所の将校の代りに一般兵の交換を持ち出してね、沢山の兵士を助け出したものよ。彼はそうやって人望と空席になった位を手に入れて、ただの兵隊から近衛連隊長にのし上がったのよ」
ディーナが自慢そうにノーマンの言葉の後を継いだが、ノーマンの素晴らしさを讃えているというよりは小物ぶりを持ち上げているようにも聞こえたので、私はディーナに片眉をあげて見せた。
私に意図が通じたと気が付いたディーナは、嬉しそうにクスクス笑いをし出し、ドゥーシャは私達の仕草にぷっと噴き出した。
ノーマンは頬を膨らませると不貞腐れた声を出した。
「ひどいよ。君達は」
「そうですよ! 俺はそれで命が助かったのですからね。隊長様々ですよ」
フォルモーサス人であるアシッドの方が、アンティゴア人達よりもアンティゴアの王様への忠誠心が高いようだ。
「いやー、捕虜になる時に身分証も何もかも捨て去っといて助かりました。おかげで俺は捕虜になった事も無いというキレーな兵歴です。はは、今や脱走兵に反乱兵という重罪人ですけどね」
私はろくな人間がいないノーマン隊に見切りをつけると、扉の向こうにいる哀れな人質に意識を向ける。
トムソン・ガベイという草食動物に似た名前の青年は、私の恩人でもあると言えるのだ。
彼の身体を綺麗にしようと洗浄魔法の魔法陣を床にせっせと描きだした私に対し、彼はとても素晴らしいアドバイスを私に与えたのである。
「ねえ、君。僕はいつも思うのだけど、羊皮紙に魔法陣を書いておけば一々そんな風に描かなくてもいいんじゃないの?」
私の思い込みが壊れた瞬間だ。
いくらそれが魔法使い達の常識だったとしても、どうして魔法を使うその度に魔法陣を一から描かねば効力は無いものと思い込んでいたのか。
私だって杖に詠唱をダウンロードとして詠唱の短縮化を図ったではないか。
私は天啓を受けた様な気持ちで四つん這いのままガベイを見上げ、ガベイがアンモニア臭でとても臭い事など完全に忘れて彼に微笑んでいた。
「素晴らしいわ、あなた。ええ、そうよ、魔法陣を描いておけば良いのよ」
すると、ガベイは本気で嬉しそうな笑顔を私に見せた。
「すごいな。僕は生まれて初めて人を感銘させることが出来たよ」
けれど、私に返したガベイの声の調子はとても寂しそうだった。
――――――
「ティア!こっちみて。ハイ、俺に注目」
「どうしたの? ノーマン。」
「どうしたのって、俺こそ君に言いたいよ。普通はさあ、そういう人体変化の魔法は本当の愛で解けるものでしょう。君を愛する俺達は君を元に戻したいと君に愛してもらおうと一生懸命なのに、どうして当事者の君はそんなに飄々としていられるの」
私はノーマンの言葉に、あ、そうか、と思い当たった。
彼等が幼い姿の私をちやほやとするばかりでなく、隙あらばベッドにまで引き込もうとしている所に実は物凄くドン引いてもいたのだが、彼等は魔法が解けたその後の事まで想定していたのか。
うわあ、と、私は本格的にドン引いていた。
「最悪。あなた方って本気で最悪。男って最悪だわ!」
私は人質が押し込められている部屋に飛び込んでいた。
今の私には椅子に縛り付けられた男こそ安全な生物だ。




