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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
魔女は集い裏切るもの
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ハルメニア・ヴィーンゼット

 ハルメニアが大好きなのは彼女が最初に作ったという小さな温室。

 中心には白く塗られた金属の円形の天板を持つティーテーブルとベンチが配置されており、そこからぐるっと周囲を見渡せば、真っ赤なトマトや真っ赤な苺がたわわに実り、光沢の葉を持つ木々には黄色いレモンが沢山ぶら下っている風景に見惚れる事が出来る。


 元気の無い人にはレモンの汁を入れた甘いお茶が最適で、病中の人には真っ赤なトマトで作ったスープ、そして、真っ赤な苺の一粒だけだって病を遠ざけて元気を取り戻す薬となるらしい。


 私は彼女のその説には大きく肯定の頷きを見せるだけだ。


 彼女に教わって以来、我が家の食糧庫には彼女から購入したトマトとレモンと苺のどれかは必ず納まっているのだ。


 私に門を開かなかったくせに、私の友人を好き勝手に私の助けとして配置していた大魔女ハルメニア・ヴィーンゼットはティーテーブルについており、私達が温室のドアを開けても私に振り向いてはくれなかった。


 私はしぶしぶと、いや、母親のような素振りを毎回する彼女に対して、振り向いてもいなくともいつものように腰を落としての挨拶をした。

 まるで親子喧嘩して家出した娘が母親にただいまと挨拶しているみたいだと、なんとなく考えながらだったけれど。


「ごきげんよう。ハルメニア。」


 彼女はゆっくりと私に振り向いた。

 蜂蜜色の神々しくも長い髪を体中に巻き付けて金色に輝く、紫色の美しい瞳を持つ自称二十歳の美しい魔女は、私に対して軽く左眉をあげて見せた。

 私は金色の魔法陣を展開させると、そこから以前に買っておいた年代物のブランデーを取り上げた。

 そしてそれを捧げ持ちながら彼女のついているティーテーブルに向かい、テーブルの真ん中にそのブランデーのガラス瓶をごとりと置いた。


「お土産が食べ物じゃ無くてごめんなさい。でも、あなたはこれこそがいける口でしょう。」


「ふふ。確かに。でも、お子様がそれをどうやって手に入れたのか、私はそこが心配だわ。あなたはお酒なんか飲んでいるの?」


 私は人形が浮かべるような笑顔をハルメニアに対して作った。

 そして、私の隣にくっついて来た赤毛の男も、私の後ろに立つ髪が無い男も、私が十九歳とは知らないよと、彼女に伝わるようにと両目をぐるりと回してみせた。


「あら、まあ。子供をあのアンティゴアと作ったと聞いたから、あら、あなたはまだ五百歳のままなのね。」


「まだ五百歳のままってどういう意味ですか?」


 ハルメニアは尋ね返してきたディーナに悠然と微笑み返し、魔女の冗談よと彼に返した。


「魔女の、冗談?」


「ええ、ウフフ。わたくしは百二十歳だと思われている永遠の二十代の魔女。エレメンタインは少し盛り過ぎの五百歳。彼女の名前を聞くようになったのはほんの十年かそこらでしょう。それで五百歳って、あなたは四百九十年も何も為せなかった間抜けなの?というわたくしからの皮肉の冗談ってこと。」


「そうか。じゃあ、君が十代かもしれないと私が思っている通りだったりもするのね。」


 私は思いっきりディーナから身を捩って離れていた。

 あなたは急に何を言い出すのとディーナを見返せば、彼は軽く私にウィンクをしたのである。


「ひ、ひひ?じ、十代なんて何をおっしゃるのかしら。ディーナさんは。」


「ふふ。あら、だって、フードから見える首筋は皺ひとつなく若々しい肌で輝いているし、フードを脱いだ今のその姿は、ええ、どう見ても十代の肢体だわ。あなたはまだ十代のおぼこさんなのね。」


 私は両手で顔でなく胸を隠すような感じで、肢体と言い切ったディーナの視線から逃れようとしていた。


「は、はんていがが、か、顔を見て、じゃないんだ。か、体つきなの?」


 そこで私達の後ろにいたドゥーシャが大笑いの声をあげた。

「ハハハ。凄い!陛下が惚れるだけある。なんて判り易い可愛い子なんだ!」


「ええ!ドゥーシャがそんなこと言うなんて、嘘なの?ディーナの今までのわかっちゃった的なセリフは全部嘘なの?」


 ディーナは答えてくれなかった。

 彼はしゃがみ込んで腹を抱えて声を出さない大笑いをしているのだ。


「うそ!酷い!もう!ハルメニア!私は友達を連れ帰りに来ただけなのに!友達に裏切られてしまったわ!もう、もう!この人たちを置いて帰る!」


 金色の魔女は口元に手をやって上品にひとしきり私を笑うと、私にお茶を飲んでから帰れと言ってきた。


「お友達との久しぶりのお茶を楽しませてくれるかしら。美しい男は美しいだけで、女友達のようにはいかないのよ。」


「ああ、ちょっと待って。さっきのは無しよ。私は本気でこの二人を連れ帰りに来たの。」


「あら、治療代よ。あなたは男の為に五千万バイツを立て替える気?あの男は今は何も持たないから、この二人を金が出来るまでの保障として私に手渡したのよ。俺があなたの元で下働きして返すのもやぶさかでは無いですが、妻の出産には絶対に立ち会いたいとね、大嘘つき男が。」


 私は真っ白なティーテーブルを前にして椅子に座ったままのハルメニアから目線を剥がし、私の友人だった、いや、気持ち的には私の友人のままだろうが、立場的には私に借金を払わせようと企んだ男の部下でもある二人を振り返った。

 ディーナは私にウィンクだけ返したが、ドゥーシャは真面目腐った顔で、ハルメニア様の願いを聞く事で借金額を下げてもらえるという約束もある、と偉そうに口にした。


「私の魔法も必要な、案件、かしら?」


「それはないわ。普通に力仕事。あなたはここでお茶を私と飲みましょうよ。その間にこの精鋭の兵士達が私の憂いを払ってくれる。」


「あなたの憂いって?」


 ハルメニアはパンと両手を打った。

 私は彼女が呼び出した水蒸気で作った水晶玉のような球体を覗き込み、ラクダを連れた行商人のような格好をした兵士達がハルメニアの領地へと続く山道を登っている姿を見る事となった。


「私も行くわ。あれは何者?いえ、いいわ。あいつらを故郷へと追い返せばいいだけね。帰りたく無いのならば別の場所へ連れて行く。地獄という名の死んだ人だけが行ける場所へ。」


「もう!だからあなたは行かなくていいの!そんなことをしたら全面戦争でしょう。この二人に単なる強盗団の振りしてあのキャラバンの振りをした兵隊の群れを分断してもらうだけでいいのよ。」


「そんな甘い事じゃ、二度三度来るじゃ無いの!それじゃあ、いつまでたってもディーナもドゥーシャも戻って来れないじゃない!私だったら二度とこんなことを考えたくなくなるぐらいに徹底的にやれるわよ!」


「もう、あなたは。どうしてあなたはそんなに怒りんぼうで暴れたがりなの?」


「私はあなたのように人を癒せないもの。だったら、守りたい人が怪我をする前に守りたい人の障害物を壊すわ。それで上手くいって来たのよ。」


 ハルメニアは椅子から立ち上がると真っ直ぐに私の所に来て、なんと、彼女はいつものように私を抱き締めた。


「私を友達とは思っていないと言ったくせに、あなたはいつもこうして私を抱き締めるのね。」


「わたくしは、ええ、あなたをお友達とは見ることができないの。数十年前に亡くした娘のようにしか見えないのよ。魔女で無いあの子は普通に年を取って、私を残してあの世に旅立ったわ。」


 私は初めて聞いたハルメニアの告白に、私こそ彼女の友人になりたいのに拒否されたと思い込んでいた数年を思い返して、そして自分も彼女を友人というよりも仲の悪い姉のように考えていたと彼女を抱き締め返した。


「ふふ、あなたこそ百二十歳はサバを読み過ぎよ。三千年ぐらい盛りなさいよ。」


「いやあよ。男性は若い女の方が好きみたいじゃ無いの。」


 私はハルメニアの腕の中からそっと友人達を見返して、ディーナもドゥーシャも図星を刺されたと言っているような表情に、ノーマンには十九歳であることは絶対に内緒にしようと心に誓った。

 自分の部下を質に入れるだなんて。

 全くあの大嘘男は!

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