金は金でしかない
私を下で待ち受けるディーナは私に大きく腕を開き、楽しそうな声を上げた。
「ハハハ、さあ、いらっしゃ、うわっ!」
ところが、ディーナは彼の横にいて白チュニックに白ズボンという彼と同じ白装束の大男に突き飛ばされ、その大男は有無を言わさない素振りで柵の上にいる私をグイっと下に引き下ろしたのだ。
すごい。
彼は軽く右手だけで柵を掴むと、本当にひょいっと飛ぶようにして自分の身を上に持ち上げ、驚く私を空いている左腕で攫って下に再び降りるという神業を披露したのである。
「ああ!ドゥーシャったら。私がティアを受け止めるはずだったのに!」
「受け止め損ねたら事でしょう。彼女に怪我をさせたらどうするつもりです。それに受け止め損ねた君が怪我をしても事でしょう。」
「あら、私が怪我をしたら、ええ、ティアが治してくれるからいいのよ。」
私は大きく首を横に振っていた。
ぶんぶんという風に。
「どうしたの?ティア?虫でも頭についた?」
「いいえ。私にはヒールの魔法が無いって大きく否定しただけです。」
「え、無いの?」
「そうか!それで大怪我の陛下をベッドに入れてお終いだったんだ!」
今度は大きく頭を上下させた。
「え、でもあなたは大魔女でしょう!」
「魔法使いが最初に覚える魔法はヒールじゃなかったのか!」
同時に叫んだ彼等から、私は思いっきり顔を背けた。
大魔女エレメンタインであるからこそ、普通の魔法使いが全員使える初歩の初歩魔法が使えない事が物凄く自分を情けないものにしてしまうのである。
「……使えないから、私はハルメニアからヒールを買っているの。通常ヒールは一個一万バイツなのに完全ヒールは二千万バイツというぼったくりの値段で買わされているのよ。完全ヒールは使ってしまっていたからノーマンの為にハルメニアを直接呼んだのだけど、それで、あなた方をこんな目に遭わせてしまう結果となってしまってごめんなさいね。」
「ぷ、くくく。いいのよ。あら、ティアったらそんな弱点があったなんて、まあ、なんて可愛いの。」
私の告白にディーナは自分の口元に左手の甲を当てて笑い出したが、ドゥーシャは額に右手を当てて、しまったそうかと、当て字ができる顔つきに変えた。
「何か?ドゥーシャ?」
「いや、ああ、私は勘違いをしていました。ああそうだ。ヒールを使えないからこそアシッドの姉にヒールを施せなかったのか。すいません。私はあなたが冷たい人だと、いや、自分の利になることしかしない人だと思い込んでいました。失礼なことを散々してしまってすいません。陛下の容体は悪かったですけれど、普通に横になっていれば一週間ぐらいで起き上がれる程度のものでした。」
私はドゥーシャに対して、え?、と聞き返していた。
「もしかして、私は寝ていれば治る怪我に家一軒分の借金をハルメニアに背負ったの?ええ!どうしてあなたはそんな嘘を私に吐いたのよ?」
「申し訳ありません、妃よ。見た目は酷い状態でしたから、陛下に対してそれなりな感情をお持ちのようでしたから、煽れば、あの、あの黄色の石を手に入れてきてくださるかな、と。」
「都合のいい時だけ、勝手に妃と呼ぶな!それから一言言わせてもらいますけれど、黄色の石を持ってきたらノーマンの身体は粉々になるわよ。黄色の石によって彼の身体の中の三つの石が活性化するの。それで、どかーん。ドカーンとした後に最後の黒い石へとエネルギーが走りますから、私は死を覚悟したノーマンが部下や国民の為に黒い石のありかを示すだけはしようと考えたのかと思いましたが、そう、ご存じなかったのですね。」
「ああ、私はなんてことを。」
「知らなかったのだから良いでしょう。これから気を付ければいいだけで。それよりもはやく移動しましょう。ハルメニアに物申してあなた方を返してもらわなければいけないわ。」
私の右手はぐいっとディーナに掴まれた。
「そうね、行きましょう。私は値切るのは得意よ。結局はあなたのお金に頼ってしまうでしょうけれど、私はあなたの奴隷になってもかまわなくてよ。」
「バカなことを言わないで。ノーマンの怪我へのヒールですもの、ノーマンが払えばいいのよ。私は友達を勝手に連れて行くなと、ハルメニアに文句を言いに来ただけなのよ。ノーマンといういいカモを紹介したのだから、紹介料が欲しい位よ。さあ、行きましょう。」
「うふ。そうね。ヒールのお代はノーマンが払えばいいわね。あなたの大事なお金はあなたのもの。そして私達は対等なお友達、ね。」
「そうそう!」
私達は小さな子供がそうするように手を繋ぎ合って、ハルメニアがいるだろう屋敷へと駆け出していた。
金なんていくらでも手に入る。
金よりもハルメニアが欲しがっている私の能力、一瞬で魔法陣を描ける秘密を彼女につま開きにする事になるかもしれないと考えながら、私が彼女を取り込む事が出来るはずと思い込みながらも魔法を売ってくれていた彼女を、今度は私の方から信用するべきなのかとも心に決めてもいた。




