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君に三食昼寝付きを差し上げます!  作者: 蔵前
彼は王の旗を背負うもの
35/106

兵士は兵士で魔女は魔女

 庭が美しかったと過去形なのは手入れがされていないからではなく、無残に庭の木々や花々が侵入者によって折られ踏みつけられているからである。


「畜生、ひどすぎる!ドロテアも姉さんもなんにも悪い事どころか、被害者でしかないだろうに!」


 憤懣やるかたなく憤るアシッドに対して死にかけた植物達がささやかな彼等の気を彼に送る様子に、彼は何度もここに訪れてこの庭作りをしていたのだと理解した。


「すんなりとここに来れたのは、あなたは何度もここに来ていたからなのね。」


「え、ええ。俺と姉は両親が死んでから、家も何も叔父家族に奪われました。名ばかりの男爵と男爵令嬢なのですよ、俺達姉弟は。それを、ドロテアのばあさん、ジーナさんが憐れんで下さりましてね、俺が十六になるまでここに住まわせてもらいました。」


 アシッドは私にわかるように東側を指さした。

 日が落ちかけて何も見えないが、遠くを見通す目を使えば、アシッドの指さした方角には大きな石造りの城のようにも見える屋敷がそびえていた。


「見えないでしょうが、俺はあっちの方にある家に住んでいました。姉とドロテアは幼馴染なんですよ。俺達は、いえ、俺は叔父に殺されるかもしれないとこの家に逃げてきて、匿って貰ったという恩があります。ですが、こんな目に遭わせてしまった。俺はとんだ疫病神です。」


「あなたのせいでは無いでしょう。」


「いいえ。あの窓の中が見えますか?それから、俺達の到来に気付いてもいないあそこの扉の前の兵隊の腕章。あれは俺の家の紋章なんですよ!欲深で浅はかな叔父は俺と姉とは何の関連も無いとみせしめるためにドロテアの生家を襲ったんだ。」


 私はアシッドの言う通りに彼の指さした窓を眺め、それから、彼が口にした兵士達へと視線を動かして彼の言う通りだと確認すると再び窓に視線を転じた。

 窓から見えるのは甲冑を着た男達の後姿だけであるが、その部屋の中へと視界を広げれば、家族の居間と呼べる広間の床には殴られて気を失っている老女が倒れていて、彼女に取りすがる幼児の姿という情景だった。


 だが、魔法力で覗いていたからか、私は別の情景も見えてしまった。


 幼いアシッドを守るようにして立つという、銀髪の髪を品よくきっちりと結った老齢だが美しい女性の姿である。


「男爵でもない男が我が屋敷に勝手に立ち入って何をなさるおつもり?私は現陛下の養育もした事があるジーナ・ハーパーですよ!男爵となられた若君への教育は私以上に適した者などいないでしょう。!」



 アシッドは過去の自分を守った彼女への思慕と、彼女の大事な居間に再び土足で踏み込んだ彼の身内への怒りで燃え盛っているのか。


「男爵様?お一人で敵を蹴散らかす事はおできになれて?」


 アシッドは私に挑むような目を向けると、にやっと微笑んだ。

「当り前です。ただし、俺は武器をあなたの隠れ家に忘れてしまいました。」


 私はデシャブを感じながら金色の魔法陣を輝かせると、そこからアシッドの好きそうな剣を何本か引き出した。

 ディーナにはあの細身の長剣が良いと一瞬でわかったが、アシッドは未だに良くつかめない人物でもあるのだ。

 手渡した三本の剣を子供のように見比べて、突撃する事も忘れている今の姿など尚更に。


「決まった?すぐに突撃に行くわよ。」


「ええ。いいですよ。まずこのレイピアで鎧の奴らの隙間を攻撃します。それから、鎖帷子を着込んだ鎧なしには、この半月刀が良いですね。で、このまっすぐで切れ味が良さそうな逸品は後々に、ということで俺の宝物にします!」


「はい?」


 渡した三本とも自分のものにした男は、言葉通りに使わない剣を自分の腰ベルトに固定すると、レイピアを構えて扉の前に立つ二人組の鎧兵士へと向かって行ったのである。


 兵士はアシッドに誰何する時間も無く、目から剣を差し込まれた。


 第一の兵士が一瞬で絶命した後、アシッドの突撃に選ばれなかった第二の兵士は敵の襲来と敵への猛攻をするべきであるが、アシッドは剣を引き抜かずに剣先にある死体ごと隣の兵士にぶつけたのである。

 鎧を着た死体という重いどころでは無いものをぶつけられた兵は当たり前だがよろめいて転び、そこをアシッドによって止めを刺された。


「さあ、俺の目の前に出てきた奴は全員切り倒してやるぜ!」

「まあ、素敵。でも、長い廊下を無駄に走りたくは無いから、さっさとジーナさんの所にジャンプするわよ!」


 アシッドの前に立つのは危険らしいので、アシッドの背中を掴むと居間に一瞬で移動した。

 私は居間に着くやすぐにアシッドから手を離した。


 離さなければ彼の風のような剣技で私の指まで切り裂かれていたことだろう。

 彼は居間に着くや一歩前に飛び出して、その飛び出した動作のまま私達の出現に驚いて刀に手を掛け始めた兵士二名を切り裂いた。


 室内だからと兜を脱いでいれば、無防備な頭部を狙われて分断されるのは当たり前だろう。

 私は脳みそと一緒に飛んできた敵の頭部の一部を体に受けないようにと、二回ほど体を踊るようにして動かすしかなかった。

 うえ、アシッドはもうあと三人もあの世に送っている!


「敵だ!入ってこい!」


 手持ちの部下が一瞬で死体になった男が、ようやく居間の扉に向かって吼えた。

 扉は飛び込もうとする兵士の体当たりか、鈍いが大きな音を居間に響かせたが追加の兵士が入ってくることは無かった。


「う、ああ。」

「シールドを張らせて頂きました。飛び込もうとした兵士さんは腕の骨折や全身打撲は確実にされましたわね。」


 私はにっこりと笑った。

 黒いローブを被っているので口元だけしか見えないだろうが、笑顔は口元によって伝えられるのでいいだろう。

 中年男は私の唇だけの笑顔を無視する事にしたのか、私から簡単に視線を引き剥がすと、自分の甥であるはずの青年に最後にかき集めた優位性をもって大声をアシッドにぶつけた。


「貴様!クレス男爵家を何だと思っているんだ!」


 中年男は叔父であるためにアシッドによく似た風貌ともいえたが、アシッドよりは数段以上劣る造形の顔立ちという残念仕様だった。

 また自堕落な生活によっての弛んだ体のためか、鎧ではなくビロードのチュニックに偉そうなローブを羽織っただけの姿である。

 そんな姿をしていれば、アシッドが足を止めるなどするわけがない。

 アシッドは剣の動きを止めなかった。


 つまり、目の前の大将の首を切り落としたのである。


「クレス男爵家はあんたに地に落とされたって思っているよ。」


 アシッドの呟きは無機質でなんの感慨もないようで、だが、彼が助けたかった老女は意識を取り戻している上に脅えて泣き叫ぶ子供を優しく抱きしめてもおり、さらに言わせてもらえば、私よりも魔女らしい笑顔を浮かべてアシッドを惚れ惚れと見上げてもいるのである。


「ええと、初めまして。わたくしは大魔女エレメンタインです。とりあえず有無を言わさずあなた方を誘拐します。よろしいですね。」


 ジーナは私に目線を転じると、一瞬驚いた顔つきを見せたがすぐにうふっと笑い、アシッドも私に振り向いたが眉根を寄せた皺だらけの表情を作っていた。


「どうしたの?あなたはもっと兵士を殺害したいの?」


「違います。普通は俺がジーナ大丈夫か!助けてくれてありがとう、あしっど!という俺とジーナの邂逅があるでしょう。どうしてそこをすっ飛ばすの。」


「私には時間がないからだわ。さあ、皆さん行きますよ!」



 私は急いで死にかけノーマンの元に戻らねばならない。

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