心意気と自殺行為
ほとんど気絶のような形で倒れてベッドに入れられたノーマンは、当り前だが拷問の怪我の後遺症で火のように体が熱を持っている。
「ドゥーシャ、あなたの見立てでは彼の怪我は後遺症なく治るのかしら。」
ドゥーシャは私に首を横に振った。
彼がノーマンを止めなかったのは、ノーマンが死ぬと覚悟していたからかもしれないと思ったが、どうやらその通りだったようだ。
「おそらく。内臓が傷ついています。今は気力で動いていますが、これからは下り坂を落ちる様に彼は――。」
最後まで言えずにドゥーシャは唇を噛んだ。
彼の左目から一粒だけ涙が零れたのは、王の死とともに故国の再興への道が閉ざされたと絶望したからだろうか。
あるいは、自分が使い物になら無くなると知った王が、とにかく黄色の石を手に入れることで民に黒い石の位置を知らせようとしていた自殺的行為に対してか。
黄色の石を手に入れたことで起きる溢れ出る石のパワーは、ノーマンの身体を内から弾けさせるぐらいできるのだ。
「そう。わかった。アンティゴアの国民であるあなたとディーナにはフォルモーサスに家族や思い残す事は無いと思うけれど、アシッドはお姉さまがいたわよね。彼女は無事なのかしら。」
ドゥーシャは、わかりません、と答えた。
「どういうことです?」
ドゥーシャは一瞬殺気の籠ったような視線を私に向けたが、すぐに絶望の淵にある数秒前の雰囲気に戻り、私の質問に対して淡々と言葉を続けたのである。
「クレスの姉はもう一人の侍女と一緒に牢に繋がれていました。ペネローペ姫を危険にさらしたという咎です。――おそらく、そのこともあって陛下はペネローペ姫の寝室に忍び込んで、そして、彼が姫の思い通りにならなかった事で姫が暴行をされたと大騒ぎしてのあの事態なのでしょう。あなたに会う前は、陛下は、ノーマンは、もう少し薄情者でしたよ。あのクレスを完全な部下にするために、彼の姉を見殺しにするぐらいは出来た男だったのに、激情的な人情家になって、今や数日の命の屍同然です。」
「俺は今の隊長様にこそ全身全霊を掛けれるけれどね。見殺しになんかした奴に忠誠を誓うわけ無いでしょう。ドゥーシャは頭は良いけど人を知らないよね。」
シチュー皿を盆にのせたアシッドが戸口に立っており、ドゥーシャは彼に聞かれていたことで罪悪感を見せるどころか顔を歪めただけだった。
「聡明な君はノーマン様一人ではどうにもできないことを知っている。また、君の姉を罪人に落としたのはフォルモーサスだと君は否定できない。よって、君は忠誠なんて不確かなものではなく、絶対的なフォルモーサスへの復讐心で我らと行動を一緒にする事を選んだだろう。」
「ハッ、あんたは本気で糞野郎だ。」
アシッドは部屋に入ると真っ直ぐにノーマンが横になる私のベッドに向かい、ベッドわきのテーブルにそのシチュー皿を置いた。
「食べれませんかね。」
「ドゥーシャが食べるでしょう。」
「俺は彼に食べさせたくない気持ちで一杯です。」
「もう!ねえ、アシッド、あなたのお姉さまは無事なの?彼女が危険であれば手を貸しますよ。」
アシッドはきらりと美しい緑の瞳を輝かせはしたが、顔は皮肉そうに歪めた。
「あなたは四時間労働しかしない人では無かったのですか?」
私も皮肉そうに顔を歪めてみた。
「だらだらできる今後の為にハードワークをこなしてしまうのは、私にはよくあることなの。同じ結果の為に毎日四時間の労働を一か月続けるぐらいなら、四十八時間ぶっ通しで働く方が有意義でしょう。」
「ハハハ。その通りですね。大魔女様。大丈夫です。姉はシュクデンの宿に牢仲間のドロテアと一緒にぶち込んできましたから。本当、大丈夫ですよ。隊長が金と逃げおおせるための騒ぎと時間をくれましたから。」
「おい、お前は知っていたのか!だから私の所に来て陛下の救出に手を貸すと言い出したのか!」
「ええ、隊長はあなたよりも狡猾ですよ。俺の忠誠心をすっかり手に入れてしまいましたからね。」
私はベッドで眠るノーマンの顔を見返したが、人情家で考え無しになった彼の顔が内出血と壊れた内臓によるむくみのせいでパンパンに膨らんでいるとウンザリするだけであった。
近衛連隊長にまでなった男であれば、要石のところまでなど牢に入らずとも忍び込めるのでは無いのか?
それなのに彼が今までそれをしなかったのは、きっと、豊かだった自分の国が要石を失うことでぼろぼろに瓦解していった様を目にしていたからだ。
彼は恐らくフォルモーサスという国を愛しており、フォルモーサスから要石を奪うことを躊躇していたのでは無いのだろうか。
アシッドの姉が牢に放り込まれるまで。
――もうみんながギリギリだ!
あなたこそ責任と人情に潰されるところだったのかしら?
「アシッド、あなたにはお姉さん以外の家族はいないの?」
「いません。姉だけです。姉と一緒に逃がしたドロテアは家族がいましたが。ああ、しまった。すいません!ドロテアの祖母の所へ連れて行ってくれますか?ドロテアの子供もそこにいます!」
私はアシッドの手を掴むと、アシッドの記憶をもとにして美しかった屋敷の中庭へとジャンプしていた。
もちろん、とっても嫌だが医療に秀でた友人にSOSも送っていた。




