ノーマンは牢獄の中に
ヤカンの水の中に浮かぶのは石造りの建物の中、現在が昼日中であるに関わらず松明のオレンジ色の灯りが仄かに周囲を照らすという情景で、ノーマンが捕らわれているそこは地下であるのだろう。
「まあ、当たりまえって言えば当り前よね。罪人はいつだって城の地下の牢屋に入れられるのだもの。」
両腕を鉄の鎖でつながれて天井からぶら下げられている彼の肉体には、いく筋もの鞭の傷跡で肌色が見えないくらいに血を滴らせており、ノーマンには既に意識も無い。
いや、時々彼の心臓の辺りで白と赤、そして青の光の点滅が見えた。
なんと、彼は自分の身体に要石を入れていたのか。
彼の不思議な虹色の瞳は、精霊の石を体内に入れていたからなのか。
「なんてことを。あなたは。あなたは死んでしまう程の酷い目に遭った時には石のお陰で生き延びられるかもしれないけれど、石を抜いたらその時のダメージも戻って死んでしまうかもしれなくてよ。」
私の囁きなど聞こえないだろうに、彼の頭はぐらっと持ち上がった。
彼には覗いている私など見えないはずなのに、覗いている私に向かって口角をあげた。
殴られたのか紫色に内出血している口元では笑っているようには見えないが、でも確かに彼が私に微笑んだ気がした。
私に大丈夫だと伝える様に。
「あなたの不思議な瞳は私が見えているの、って言った先から。」
彼の視線は動いて別の所に移動していた。
しかし、彼が嬉しそうに、まるで憧れのものを見つけたかのようにして目を細めて見つめていることに、彼は私が見えているのではなく別の何かを私と勘違いしているだけなのだと気が付いた。
「私が駆け付けたと思っているの?そこにテントウムシがいるの?」
哀れな姿の彼への心配よりもじわっと身の内のどこかが温かくなった感触に、私は彼の私への失礼な振る舞いは王様属性なのだからと許してあげようと決めた。
「ああ、あなたが見つめているは違う子なの。私がいますぐ……。」
ノーマンの視線の先には、……小さなゴキブリが触角を動かしていた。
「わたしそんなのに化けない!」
最初にテントウムシを飛ばさずに水の中からノーマンを覗いたのは、私のテントウムシをそこに飛ばせるか図るためでもある。
フォルモーサスだろうがどこの国でも、王城には魔法の仕掛けや魔法使いそのものが控えているものなのだ。
魔法使いは先祖代々系の、ギルドに登録する必要もない衣食住が約束された人々であるが、先祖代々の為に時々、いや、大体は使えないものが多い。
強大な力を持った先祖の施した魔法城壁を効率よく機能させることだけに特化しているだけで、突発的な魔法使いの攻撃に対処どころか防御も出来ない者ばかりなのである。
だが、その突発的な魔法使いが攻撃するには、やはりその強大な過去の魔術師が作り上げた障壁を突破する必要があり、その障壁を効率よく機能させている限り、使えない魔法使いが攻撃を受けることはない。
「お父様お母様を大事にしましょうって、本当ね。」
フォルモーサスの魔法障壁は、大国に胡坐をかいたらしい魔法使いによって穴だらけだった。
私はテントウムシを飛ばし、丁度沸いた湯でディーナの為に魔女特製の甘いお茶を入れた。
疲れによく効く甘くて栄養価の高いお茶だ。
すぐにでも彼を助けに行かなくては。
拷問官に致命傷を与えらたらことである。
要石を取り戻してアンティゴアの城の要に石を元通りにしたとして、その途端に王様そのものが死んだら話にならないでしょう。
それに、あんなゴキブリを私だと思って死なれたら嫌だもの!




