早馬の知らせはノーマンの窮地
寝耳に水とはこのことか。
フォルモーサスに戻るノーマンを見送った数日後、ディーナが魔城に駆け込んできた。
ノーマンのように四日近く馬に揺られて駆け付けたにもかかわらず、確かに衣服は汚れていたが、ディーナはとってもきれいなままだった。
彼の到来は魔城の監視システムですぐにわかり、私はイーサンにディーナを入れてくれるように声を掛けると瞬間移動で彼を出迎えに魔城の入り口に移動した。
「どうしたの、ディーナ。」
彼は疲れ切っており、とりあえずも何も彼を抱えると、私は魔城の居間へと再び移動した。
「この美しい方はどなたです!ああ、お茶、ああ、ケーキ?リジーこの方は何が好きなの!」
「ああ、いけない。ああ、替えのドレスなんか我が家には、ああ、リジー、君の服を貸しておあげ!」
ベイルとイーサンは日々親子化してきているなと、仲良くディーナに見惚れて慌てている彼等を尻目に、私はディーナをソファに横たえると水を渡した。
「ああ、ありがとう。でも、すぐに戻らなきゃ。わ、私は、ああ、馬はこのままじゃあ潰れてしまう。私だけでもフォルモーサスに。」
「ねえ、どうしたって言うの。」
彼は私の腕をがっしと掴むと、処刑されると低い声を出した。
「あ、男の人だ。」
「男の人だね。」
私は間抜けな親子を無視して彼に尋ねようとしたが、彼はこのことを伝えに来ただけらしく、尋ね返すまでも無かった。
「ノーマンは明後日には処刑されます。罪状はペネローペ姫への凌辱。」
「とうとう。あの馬鹿は場所をわきまえないから。」
「もう、こんな時に笑わせないで。ティア、彼は無実よ。彼は姫との縁談を断ろうとしただけなの。あの惚れっぽいお姫様は勝手にノーマンに惚れて、勝手にノーマンと結婚しようと騒いでいたの。臣下が姫の行動を窘めるなんてことが出来ると思う?」
「でも、彼はそれを煽っていたでしょう。」
ディーナはついっと私から目を逸らし、私はやっぱりと思った。
ノーマンは当初は姫との結婚もありえると考えていたのだろう。
アンティゴア再興が彼の人生の目的ならば、その位は動いていて当たり前だ。
金持ち王国の姫の持参金は、国の復興に無くてはならないものだ。
「でも、彼は真心を大事にしたのね。嘘の結婚は出来ないと。」
「うふ。そうよ。ノーマンはあなたを選んだの。」
「わかった。牢獄破りをしましょう。イーサン、ベイル、ディーナの馬の世話を頼んだわ。」
私は疲れ切っているディーナの腕をつかむと、有無を言わさずにフォルモーサス国に急遽作った私の隠れ家に連れ込んでいた。
人が近づかない廃屋の多い一角にある家の一つ。
その家の内部に私の隠れ家を移動させただけであるが、私の趣味で飾ってある室内を見たディーナはふふふと含み笑いをした。
「あら、あなたは趣味が良いのね。」
「ありがとう。内部は私の家だけど、一歩外に出ればフォルモーサスというあなたの知っている場所だわ。しばらくクッションに埋もれていなさいな。」
「ありがとう。ああ、転がって寛ぐなんて何年ぶりなんだろう。」
絨毯は異国の地で買った赤いものだが、赤い地には金色や緑と青の色とりどりの花や小鳥やメダリオンが輝くというものだ。
絨毯には大きなシルクのカバーのクッションがいくつも置かれており、私は私の言葉通りにクッションに埋もれた赤い髪の美丈夫の寝姿にほうっと溜息が出ていた。
目を瞑った方が男性性が際立って見えるなんてと、私は驚かされていた。
にこにこと笑って喋っている時のディーナは女性にしか見えないが、こうして疲れ切って眠ってしまった彼は男性にしか見えないのだ。
目元のクマや頬骨でできた陰影がそう見せているのかもしれない。
私は手近なところに掛けてあったひざ掛けを彼の体にかけた。
「ありがとう。ティア。お母さんみたいだ。ふふ、大昔はこんな部屋に私は転がっていたものよ。あなたはこんな素敵な部屋があるのね。四時間しか働きたくないって、よくわかるわ。」
目を瞑ったまま、微睡んだまま話し続ける彼が気安くて、私は普段口にしない事まで話してしまった。
「ふふ、あなたは私がこの絨毯を買った国の人なの?この絨毯の国の人達の寛ぎの部屋はこんな感じで素敵だったから、私はそれを真似しているのよ。私は寛ぐ家って知らないから。ふふ、幼い頃は屋根のある家なんて家人に追い払われても招かれるなんて一切無かったのですもの。」
彼に甘いお茶を入れてあげようと体の向きを変えたところで、ディーナは私の腕を強くつかんだ。
彼は目をしっかりと開けており、しかし美しい褐色の瞳は私に対して哀れんでいるように潤んでいた。
「ディーナ?」
「ねえ、私を飼わない?ノーマンに恋心が無いなら私はどう?君に寛ぎ方を教えてあげられてよ。」
「飼うなんて。ふふ、お友達になって、お友達として教えて頂戴な。まず、甘いお茶を飲みましょう。それから、明後日処刑される人について話しましょう。」
彼は私から手を離すと、すとんとクッションに埋もれてしまった。
「いけない。寛ごうとして隊長の事をド忘れしちゃった。」
「お茶を飲む間に死んでしまう程度の男じゃないでしょう。大丈夫よ。」
彼は楽しそうに笑い声を立てて、そして、そのまま静かになった。
私はお茶を入れに台所に向かった。
ヤカンでお湯を沸かす間に、ヤカンの中で泡立つ水からノーマンの現状が見えるのだから、魔女はとっとと台所に向かうべきなのだ。




