忠誠は変えることができないもの
柱にくし刺しにされた男は、息絶えていても血を流し過ぎてはいなかった。
息をしていない彼は絶命している状態かもしれないが、剣によって傷口が塞がれていたから完全に死に切れてもいない、という皮肉な状況だ。
だが、蘇生させたとして血が足りなさ過ぎたらそのまま完全に死んでしまうのだからして、この状況はかってないほどの好条件だともいえる。
ラガシュの足元に私は彼の肩幅ほどの直径の虹色の魔法陣を描いた。
それは七色の七つの魔法陣であるのだが、重なったそれらがそれぞれの速度であるがぐるぐると回転している事で虹色にキラキラと輝いていた。
ハハ、私には発現できないオレンジ色の魔法陣は、事前に購入していた白き魔女の魔法を使用しているのが情けないけれど。
でも、こんな芸当は私以外に出来るものか。
「お父様に何をなさるの!」
「魂の帰還」
「やめなさい! リジー、それは外道の法でしょう!」
「イーサン。完全に死んでいない人であるなら、肉体の修復とちょっとした魂の呼び戻しで蘇生が出来るの。魂が神の御許に辿り着いていないのならば、それは神への反逆では無いはずだわ。生き返ってもラガシュは呪われない」
「ちがう! そんな法を行ったら、冗談ごとではなく君が人類の敵だと教会に指を差されると言っているんだ。教会は堕落した。聖人が消えた今、教会は蘇生という神の法を完全に失ってしまっているじゃないか」
「ええ、だからこそ教会の者以外による蘇生やヒールを認めない。そして教会は、ハルメニアが強すぎるから彼女だけはしぶしぶ認める程度のぐずぐず連中よ。そんな奴らの言う事よりもね、助けられる人を助けることこそ神の御心ではなくて。いえ、エマ、家族であるあなたが決めて。私にこの魔法を続けさせるか、止めさせるのか。……残酷ね、私は」
「お願いします。父を助けて」
エマは迷いもなく即答した。
そして、真っ青な顔をしながらも、私も世界を裏切るとまで口にしたのだ。
「エレメンタイン様。あなたは家族の為に私があなたを裏切ってもかまわないっておっしゃったわ。私はだから決めました。家族の為にならば世界を裏切ってもかまわない」
がちゃんと音がしたのは、エマの後ろに控えていたノーマンの部下になったばかりのラガシュの兵十五名全員が膝をついた音である。
その中の一人、若き十五名の中でも古参らしき兵が面をあげた。
まだ青年になったばかりの雰囲気もある彼は、顔色を青白くさせながらも両目に燃え立つ意思を見せて私を真っ直ぐに見据えたのだ。
「お願いします。エレメンタイン様。我々は城主の復活を望みます。私達の忠誠はローエングリン国にあれど、ブランシュ王にはありません。ローエングリン国の守り要でいらしたラガシュ様に捧げられるものです」
「僕こそお願い。僕が反乱者のそしりも受けます」
ベイルは私に覚悟はあるのだとの頷きを見せ、私の法に納得できないのがイーサンとノーマンだが、彼等も苦虫を噛み潰した顔だか私に頷いては見せた。
「では、これより、エレメンタインの大魔法をお見せするわ」
まず、金色の魔法陣が弾けた。
ラガシュをくし刺しにした剣を光の分子にして粉々にした。
間髪開けずにオレンジ色と黄緑色の魔法陣が次々と弾けて、肉体の再生と自然エネルギーの注入がラガシュの身体に施された。
魔法陣は残りの光で毒々しい赤紫となっている。
青と藍と赤の魔法陣の回転は速度を増していく。
青と藍は一度機能を失った体の隅々まで血流をめぐらし、赤は肉体に熱を与えているのだ。
「エマ、覚悟をして。肉体に命の炎が灯らなければそこに魂は入れられない。完全に死んだ肉体に魂が入ったならば、それはグールになってしまう」
「ああ、父さま」
エマはふらりと前に出て、魔法陣の上で直立している父親の手を取った。
私はエマの行動によってラガシュの魂が見えた。
彼は一度たりとも肉体から離れていない。
「まわれ、まわれ、うごけうごけ、魔法陣達! 鼓動をたてろ! ハルバート・ラガシュよ! 呼び戻すことなくそこにいたのならば、さあ、自分の意思で自分の体を取り戻すのよ!」
魔法陣の回転は速度を増していき、エマは父親の手を両手に掴んで自分の頬に当てて泣き出した。
いや、泣きながら叫んでいた。
「お父様! 戻って来て!」
彼女の握る彼の手はぐっと力が込められて、私は今だと紫色の魔法陣を弾けさせた。
本当ならば体から離れた魂を引き戻すための魔法陣だった。
それは魂を呼び戻すほどのパワーを持って、自らの体の中にありながら、自らの体から乖離してしまっているラガシュの魂をガチリと体にはめ込み直した。
「はああ」
大きな吐息がラガシュの口から洩れた。
エマは喜びの悲鳴をあげ、父親の身体にしがみ付く。
「魔法陣が完全に消える前に、誰か彼の身体を支えて!」
肉体の血流や心臓の鼓動が正常化するにつれて、それらを動かしていた青と藍と赤の魔法陣は消えていくのである。
ラガシュの身体をノーマンが支える。そして、ノーマンの部下になっていた男達の一人、私に全員の総意を伝えた男がノーマンに手伝うようにして自らの手を城主の身体に添えてノーマンから城主の身体を受け取った。
後は魔法陣はゆっくりと種火のようになって消えていき、私の手からもノーマンの手からも城主は完全に離れてしまった。
後はラガシュ城の方々の采配に任せればよいだろう。
「ああ、ラガシュ様が生きている。さあ横たえます。おい、お前ら! 担架と寝室の用意だ。急いでラガシュ様の為に湯も沸かしてくれ!」
私は惨劇の間でも命という希望が芽吹いている領主の間をするりと抜け出すと、やり残した仕事の始末に向かうことにした。
「俺達を置いていくな。君が外に追い払った盗賊団の始末だろう」
ノーマンは当たり前のように言って、面倒そうに肩を回した。
「そうそう。ラガシュが生き返ったのならば、あれらはギルドとローエングリン国を告発するための生き証人にできる。確実に捕えなければいけないね」
イーサンのぞっとするようなほほ笑みは冷酷な策略家のそれだった。
「遠くを逃げた奴らを追うのであれば、ねえ! リヴァイアさんを呼んで! 僕が追いかけてぶちのめします!!」
可愛い言い方であれど、ベイルの両目には敵に罰を与えたいという強い怒りと意思が見えた。
私は血気盛んな仲間達に微笑んでいた。
「では、一緒に冒険に行きましょう。ただし、パーティ名は」
「麗しき魔女のしもべ団だ」
私はノーマンがつけたアンティゴアご一同様はごめんだと言おうとしただけだが、ノーマンの差し出して来たパーティ名に素直に受け取った。
「さあ、行きましょう!!」




