これは単なる茶番なのか
扉を失った領主の間は丸見えとなり、中で起きた惨劇を私達に見せつけた。
「ああ!お母様!お父様!」
エマが悲痛な叫び声をあげるのは当たり前だ。
彼女はベイルによって引き寄せられて、彼は彼女がその惨劇から逃げられるように彼女の顔を自分の方に押し付ける様に抱きしめた。
「ぜんぶ、これは全部、逃げた僕のせいかもしれない。ごめんなさい。」
彼も気が付いたのかもしれない。
このラガシュ城の惨劇がエレメンタインの名を騙って起こされた事こそ、私達をこの城に集めるための呼び水でしかなかったという事を。
自分でそうだと認めながらも、私はベイルには叫んでいた。
「そんな訳があるわけ無いでしょう!」
こんな惨劇がベイルのせいであるわけないのだ。
ローエングリン国の国民は未だにベイルの帰還を待ち望んでいるのだとしても、彼を殺してしまいたいと望む勢力の謀略にベイルが心を痛める必要はないのだ。
「でも、僕のせいで、彼等が、彼等がこんな姿に。」
領主の間の柱にはラガシュ領主が自らの剣でくし刺しにされて貼り付けられており、彼の足元には首を撥ねられた彼の妻であろう女性の死体が転がっている。
「そうじゃないよ。バカ。そして、お前も冒険がしたいなら目を背けるな。敵はまだ目の前にいる。」
ノーマンの言う通り、私達の目の前には死んでいない敵が残っている。
秘密会議と集められた重鎮だっただろうと推測される四人は、あの甲冑男と同じ甲冑姿で今にも私達に飛び掛からんと身を構えている。
そして、酸化して緑色に汚れた甲冑に囲まれるようにして、白い肌に黒一色を纏った長身の女がいた。
いや、彼女の唇だけは真っ赤だ。
彼女は私達に自分の成した事を見せつけられた言う風に、その真っ赤な唇の口角をあげた。
「腐ったギルドが!お前たち、いや、ローエングリンの王はここまでするのか!ラガシュ家は先祖代々ローエングリンに仕える忠誠心高い臣下であろうが!」
私の代りどころか、彼の愛する子供の為に敵に吠えたのはイーサンだった。
私達を攻撃してきた魔女は生身の人形だ。
普通の人間だが、自分の意思など持たない傀儡でしかないということだ。
黒い髪に黒曜石のような黒い瞳、頬骨は高く彫りの深い顔立ちをした美女で、胸の谷間が全て見えるくらいの深いブイネックの身体にそうロングドレスを着た彼女は細身でも筋肉質で肉感的だ。
つまり、男性だったら誰でも夢に見そうなほどの美女であるのだが、彼女は美しいだけで魔女ではない。
魔城の魔法キャンセル現象など、加味して考える必要など無かったのだ。
遠隔操作、そう、この目の前の女性を依り代にして、別の地から魔法を繰り出せば良いだけの話だったのである。
私が修道院でノーマンに魔法を唱えさせた方法と一緒だ。
ああ、だからノーマンは女を見て気が付いたのか。
あの女の後ろには別の魔法使いがいるっていう可能性を。
私の目を既に塞いではいないが、ベイルがするように私にくっついたままのノーマンを私は見上げた。
「ねえ、ノーマン。あなたはどうしてあれがシュメラーゼルだと思ったの?」
「君だったら扉ごとの大きな破壊波を敵にぶつけたら、第二波、第三波の攻撃魔法を連続して撃ってくるでしょう。」
「あら、そうね。次の攻撃が出来ないなんて。詠唱が馬鹿長く、まともな成果もあげられない、ど下手糞な魔法使いが後ろにいるって丸判りね!」
果たして、返答代わりに傀儡女の後ろにいる魔法使いがようやく第二波となる魔法を繰り出して来たが、彼の詠唱は長すぎて私が防御魔法やらカウンター魔法やらを施し終わるには十分だった。
「ぎゃあああ。畜生!エレメンタイン!」
男の声で叫んだ女と甲冑達は真っ赤な炎と共に彼等の後ろの壁へと激突し、彼女を使っていた魔法使いの攻撃をそのまま受けてバラバラになった。
私は聞きたくもない声を聴いたと、ウンザリしながら首を回した。
「ああ、無駄に詠唱が長すぎるわよって、何度教育的指導してやっても駄目ね。」
「君は魔法を全部相手に返したんだ?」
「ええ、イーサン。女の向こうでシュメラーゼルと偉いさん数人の姿も見えたから、全員がシュメラーゼルの魔法効果を浴びているはずよ。」
「おお、怖い。君はしばらくわが城にいなさいな。」
「そうだ、そうしろ。君はイーサンの城に匿ってもらうんだ。」
「匿ってもらうって、なぜ?」
「なんて君は世間知らずな大バカ者なんだ!」
ノーマンは大砲のような大声を出した。
「バカって何ですか。わたくしは逃げも隠れもしない大魔女のエレメンタイン様でございますのよ!」
「何を言っているんだ、君は!君は俺のせいで修道院をぶち壊したばかりでしょう。それに、今回のこれでギルドのその偉いさんもぶち殺したんだろう?」
「いえ、死んではいないはずよ。半死半生ではあるでしょうけど、シュメラーゼルの魔法がそんな威力があるものですか。」
「――。とにかく、いいから言う事を聞きなさい!君は晴れてギルドの賞金首になってしまったということなんだよ。今日から世界を破壊する魔女として君への討伐を募る勇者募集が全ギルド支店で始まるかもしれないんだよ!」
ノーマンが私の両肩を掴んで私をガクガクさせながら、言い聞かせるようにして叱りつけてくるとは!
まあ、他国に兵を貸し出すフォルモーサスの近衛連隊長ならば、もしかして私への討伐隊へ編入させられるかもしれないという可能性を考えたのかしら。
それでも、仲間だった人に剣を向けられるのは何度もあるから平気だ。
あの勇者だって、二度と自分に近づくなと、私に剣を向けたではないか。
「全く今までと事情が変わらないから構わないわ。」
彼の虹色の瞳は私が何を言っているのだという風にグルグルと風車のように回り、そんな間抜けな風でも瞳はとても美しく、そして、彼の表情には私が何を言っているのかと訝る表情よりも私を心配しているような翳りの方が強い。
「心配してくれてありがとう。あなたのスキンシップに過剰反応してしまってごめんなさいね。でも、私は過剰なスキンシップもセクハラも嫌いなの。」
彼の両手はぱっと私の方から外れ、私を見つめる彼の瞳は通常営業のまともな睨みに変わった。
「いや、今はその話じゃないよね。」
私は面倒そうに肩を回して、それから首も回した。
「だって、そんなに気負う事など必要ない事なの。あのね、私は外見が魔族風味でしょう。だから幼少時から思い違いで何度も殺されそうになっていたし、ギルド脱退で、ギルドからは何度か刺客もやって来たりもしていたの。今後は陰からブスリよりも真っ向から敵がやってくるでしょうし、そっちの方が対応しやすいから良いのよ。全然問題ない。」
「問題なくない!そんな身の上だったら俺の女房になってくれ!俺が君を一生かけて守る!俺にイーサンほどの甲斐性は無くとも女中ぐらいは雇える!君に三食昼寝付きの生活を与えるから!」
私は両手でノーマンを突き飛ばしていた。
突き飛ばす時に強化魔法を自分にかけていたので、彼は簡単に尻餅をついた。
「いいこと?私は二股をする男は大嫌いなの。一夫多妻何て考えられない!ハーレムを作りたいなら、他で募集をしなさいな。よろしくて?」
ノーマンは私に怒鳴り返そうとしたが、私はノーマンから身を翻すと領主の間に飛び込んでいた。
もう怒った。
怒ったから、してはいけない魔法を使ってやる。




