最悪の選択への覚悟
ローエングリン国の国境線に当たる位置の城という事は、前線基地と想定されて建てられているものだ。
重厚な石の壁がぐるりと城を囲み、城壁の上部には兵士が見回りをする見張り台と弓矢を敵に向けて放てるような胸壁も持っている。
そんな城に身一つで向かうノーマンはどうしたのかと言いたいが、彼は城攻めに関してはエキスパートな人だったらしい。
城壁外で見回りをしている兵は必ずいるもので、適当な一人を捕まえて鎧を半分ぐらい剥がして馬に乗せて城に戻す。
これを数回繰り返した。
数回のうちの一つに暴徒にやられた兵を自分が模倣し、城壁内に入った所で彼が大暴れ、というよりも、乗っていた馬に大暴れさせた。
そして馬が大暴れしているその隙に、彼は間者のようにひょいっと自分の姿を城内にくらませたのだ。
姿をくらませる前には、私達が入れるようにもう少し陽動すると、私が見ている事を知っている彼は指信号で教えて来た。
だが、大魔法を使える私は普通に城壁を破壊して中に入れるのでその行為は不要だよと彼には言えず、私が飛ばしているテントウムシで彼にありがとうとわかる踊りをさせるにとどめた。
しかし、こんなことを一人で成し遂げた彼は兵士としては素晴らしいと素直に思ったが、馬に関しては酷いことができる人だと思い知った。
ネフェルトが可愛いだけで他の馬にはそれほど興味など無いのだと、彼に哀れな目にあわされた馬の様子に私はこっそり涙したのだ。
あの馬にしたように、彼が好きな女性以外には何をしても良いと思う男だったら、あの凄いキスをされた私は、やっぱり単なる性欲発散用のその他大勢だったとしか思えないではないか。
「どうして泣いたの?叔父さんがどうにかしたの?」
遠視している私にベイルが心配そうに尋ねて来た。
「いいえ。ベイル。ノーマンのせいで死んだお馬さんが可哀想って思っただけ。さあ、彼は城内を混乱させてまんまと城に潜り込んだわ。次のノーマンの合図で私達も城内に入るわよ。覚悟はいいかしら。」
「大丈夫。僕はイーサンとリジーの言うことを聞きます。」
「うふふ。ベイルったら。それから、エマ、あなたもベイルと同じことを約束できるかしら?一人でもルールを守れないと、パーティ全員が全滅する事はよくあることなのよ。」
エマは声を出して私に返事をしなかったが、歯を喰いしばった泣きそうな顔でうんうんと頭を上下させた。
私は酷い魔女なので、彼女に最悪の選択があることを告げていたのだ。
両親が助からない場合。
両親こそ殺さねばならない場合。
これは冒険者を目指したばかりの普通のクエストでも良く起きる事だ。
また、冒険者となったばかりに、家族が魔族や盗賊に報復として襲われるという事も多くある。
名を馳せる事の出来る者達が天涯孤独が多いのは、人質となった家族、あるいは裏切った家族に対しての選択肢を選ばなくていいからであろう。
ただし、家族がいないからこそ家族以上に繋がりが出来たメンバーに対してその選択を突きつけられた時、ほとんどの者が自分自身を殺してしまう。
大魔女や伝説の勇者となれた者は、実は人でなしなのかもしれない。
ノーマンのせいで首を撥ねられる運命となった馬に私は涙したが、ノーマンに殺された兵士に私はどうして涙しなかったのか。
「いえ。前言撤回。エマ、あなたはあなたの思うようにしなさい。あなたがお母様とお父様を助けたかったら私達を裏切りなさい。わたくしは大魔女なの、人の運命の歯車を動かせる魔女なのよ。わたくしが何とかします。」
エマは返事をしなかったが、私に抱きついて来た。
私は声を殺して泣く彼女を抱き締め返し、私がノーマンにころりとほだされた理由がわかった気がした。
私はイーサンの言う通りに、一人でいることに辛くなっていたのだ。




