ねえ!どうして欲しいの?
「ほら、お風呂に入った方が良いわね。さあ、お風呂に行きましょう!えっと、私も泥まみれだから一緒に洗いっこしましょう。」
抱きしめるだけでキスもしないで固まっているノーマンにじれた私は、いつものノーマンを取り戻すべく冗談を言ってみた。
いや、試してもいいかな、という気持ちもあった。
犬洗いは得意なので、泥落としも私は得意だ。
私に洗われた犬はいつだって喜んでいたのだから、ノーマンだってきっと喜んでくれる気がする。
「さあ、お風呂――。」
「先に入って。」
物凄くぶっきらぼうな声に、私は心の中の羽ばたいていた何かがしゅんとしてしまったように感じた。
「えと、一人でお風呂に入るなら家に帰って入る。あなたこそすぐにお風呂に入らなければ風邪どころか病気になってしまうもの。」
「――緒に入る。」
私の右腕はがっちりとノーマンに掴まれており、私は本気で混乱し始めていた。
迷惑なの?嫌なの?嫌じゃ無いの?どうしたいの?と。
そして、風呂場に行ってみれば、ノーマンが私と入りたがらなかった意味がとてもよく理解できた。
アンティゴアの風呂は私の家の風呂と違う。
温水がシャワーで出る様になっているが、大きなバスタブなんかない。
確かに浸かるぐらいというか、シャワーのお湯を無駄遣いしない程度の大き目のタライのような物はあるが、これは風呂とは言わない。
シャワー室だ。
「これは違う!」
「うお!」
私の大声にノーマンは驚き仰け反り、私は彼の手を握ると私の家に連れ込んだ。
もう拒否されるのも面倒なので、脱衣所も飛ばして風呂場に直行だ。
タイル張りだし、私の魔法で泥はすぐに片せるので問題はない。
さあ、私達の目の前には大きなバスタブがなみなみと湯を湛えてコンニチワをしているぞ。
「え、ここは、ああ、そうかこうなるのか。」
「どうしたの?」
「いや、君の家に来た時はあるが、ほら、俺は臥せっていたし、風呂を使うチャンスが無かっただろう。でも、君の家を探検してはしてた。ここは何だと不思議に思っていた場所だ。青いタイルと花模様の白いタイルで異国の祈りの場のように美しくて清潔だ。」
「もう!知っていた癖に。あなただってバル三国の風習のどれも知っているでしょう。あそこのお風呂はみんなこうじゃ無いの。」
彼は頭を横に振った。
「使い方を知らなければ使うことは出来ない。それに、あそこの国々も、木賃宿の風呂は俺達の国と同じものだ。綺麗な水どころか綺麗なお湯は殆どの国では贅沢品なんだよ。」
私はノーマンがその言葉の続きを続けたら危険だと、急いで自分のチュニックを脱いだ。
「ちょ、リジー。」
「お湯は贅沢だから、廃墟となったバルキアにお風呂場を移動させているのよ。ここの温泉は勝手に湧き出て使い放題だもの。私は魔法使いよ!」
俺は君に贅沢をさせられない。
よし、この言葉の先手は取ってやった。
そして私はもう全部脱いでいる。
では、ノーマンは?
私から顔を背けているだけだ!
「え、ええ!そうか、そうよね。ええと、私も恥ずかしいけど、お互いに慣れるって事にチャレンジしたかったの。だって、私達は恋人だもの。ええと、でも、あなたが恥ずかしいなら、ええと、私は裸だからあなたが脱衣所に行ってくれる?すぐに体を洗って交代するから。ね?」
ノーマンはぐるっと後ろを向くと、脱衣所に戻るどころか服を脱ぎだした。
わからない。
彼は本気で天邪鬼なだけなの?
そこで私は彼にお湯をかけてやった。
彼は凄く吃驚していたから、もう一度。
さあ、仕返しよ、来い!
……彼は体にお湯が掛かった事を良い事に、私に背中を向けたままもそもそと体を洗い始めた。
私はタライのお湯をざぶんと自分自身にかけると、ノーマンの持っているスポンジを取り上げた。
「さあ!私を洗って!」
しかしノーマンは動かない。
「じゃあ、背中を私が洗ってあげるわね。」
するとノーマンはじゃばんとお湯を頭からかぶって自分の泡を流すと立ち上がり、私には目もくれずにすたすたと湯船の方に向かってしまった。
ああ、これはきっと、私がやり過ぎたんだ。
ノーマンは野獣のように今まで私に振舞っていたけど、それは私が恥ずかしがっていたからに違いない。
そうよ。
彼が全く心惹かれなかったらしき美貌のペネローペ姫なんか、物凄い勢いでノーマンにモーションをかけていたじゃ無いの!
私はもそもそと体を洗い始め、体の泡を洗い流すと脱衣所へと向かった。
嫌な思いをさせたかもしれないのだ。
今は湯船に浸かって気持ち良さそうにしているのなら、彼をこのままにしてあげればいいだろう。
お風呂上りには冷たい苺を食べて仲直りしよう。
「背中を洗ってくれ。」
「ほえ?」
湯船にいたはずのノーマンが私に背中を向けてバスチェアーに座っている。
わからない、ああわからない。
ノーマンは私にどうして欲しいの?




