不埒な男
無言のまま馬を進めたノーマンは、瓦礫に近い修道院の中庭にまで馬を入れると、姫君が捕らわれているだろう棟に辺りを付ける様にかぐるりと見回した。
そして、目的の場所を見つけることが出来たのか、彼は馬から飛び降りると私に手綱を握らせた。
「危険があればここからネフェルトを連れて逃げてください。愛するネフェルトが死んだら俺が死んでしまいますので頼みますよ。」
ノーマンは私がどう言えば喜ぶかすぐに学ぶようだ。
「私は方向音痴なの。私とネフェルトの無事を考えるのならば、あなたが戻って手綱を握って下さいな。」
「ええ。もちろんですよ。あなたの元に戻ってきます。ああ、あなたを守るために俺はここに戻ってきます。命を賭けて、ええ、俺はあなたを守ります。」
ノーマンは私が聞きたくない言葉を口にすると、そのまま私のローブの裾を引っ張り、なんと、初めて騎士らしい行為をしたのである。
つまり、ローブの裾にキスをしたのだ。
私は反射的に彼を蹴とばしていた。
当たり前だが、尻餅をついているノーマンは茫然とした顔だ。
いや、ひどく傷ついている顔だと言ってもよい。
「エレメンタインさま。」
「あやまりませんよ!わたくしに命を賭けるのは止めてください!私の盾になろうとするのはやめてください!私は、ええ、私は友人となった人が死ぬ姿を見るのはもう嫌なんです!その死が自分のせいだと後悔するのがもう辛いのです!」
ノーマンはゆっくりと立ち上がると、グイっとその長身を私へと突き出した。
私は怒ったような彼が何をするのかと息をのんだが、彼は私を馬から落ちる程に引き寄せた上に、なんと、私に口づけて来たのだ。
彼が私から顔を離した後は、私は馬から落ちないようにしているのがやっとの状態であり、悔しい事に私のローブのフードも下ろされて私自身の姿が露わにもされているのだ。
嵐のような激しい初めてのキスに翻弄されて、息も荒く、頬だって真っ赤に染まっているしどけない姿だ。
ノーマンは私をそんな風にしたくせに勝利感も無い顔をしていた。
怒ってもいない。
私と同じように嵐にもまれた様な顔をしているのである。
いや、熱に浮かされたような顔か?
「ああ、夢みたいだ。ああ、夢よりもいい。あなたのように、ええ、情熱に従って行動するのは素晴らしい。ああ、死にませんよ。俺はもっと色々なことをあなたにしたい。あなたを知らずに死ぬのはもったいないじゃないか!」
最後には狂気に満ちたようにも思えるうわ言を叫ぶと、彼は本来の仕事をするために走り去って行き、取り残された私は仲間になった相手に対して、初めてともいえる思いを口にしてしまっていた。
「しばらく帰って来ないで。」
あなたは戻ってきたら、どんな色々な事を私にするつもりなの?
だって、まだ、あなたと私は恋人にもなってない間柄でしょう!




