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この世界で最も温かい一日を

作者: 神崎 月桂

「おーい、中谷! 今年の――」


「ああ、悪い剣崎。今年のクリスマスは予定があるんだ」


 放課後、すぐにかけられた声に対し、俺はすぐさま用意していた回答をする。

 そしてこの瞬間、クリボッチが一人誕生したのである。


「予定? えっ、マジ?」


「マジマジ。いや、悪いな。今年は一緒にクリスマスパーティできない」


 嘘である。真っ赤な真っ赤な嘘である。予定なんてそんなものないし、いやクリスマスパーティ、剣崎と小学生、中学生、そして高校生になった去年まで毎年行っていたクリスマスパーティが今年も本当ならあっただろうけど、その予定はついさっき消え去った。


「いや、別にそれはいいんだけどさあ……予定って何?」


 そう言われて、ギョッとしてしまう。そういえば予定があると断るつもりだったけど、予定の内容は決めてなかった。断れさえすればいいと思っていたからなあ。


「ええ、あれだよあれ、デートだよデート!」


 嘘である。デートなんて予定どころか相手もいない。


「うっそだあ、相手誰だよ」


 その質問はやめてほしかったなあ。ええっと、ええっと、


「その、ええっと……、篠原さんだよっ!」


 沈黙。そしてそれを破ったのは、


「あっはははははははは! いやそりゃあねえだろ! 嘘つくにしても限度ってもんがあるぞ!」


 剣崎の甲高い笑い声だった。


「うるせえ、ちょっとくらい夢を見せてくれたっていいだろ」


「いやだからって篠原さん、篠原さんかあ。……ふふ、あはは}


 自分でもバカげたことを言ってるのはわかっているが、ここまで言われるとさすがにへこむ。

 篠原さんは、この高校で一番。俺の主観ではあるが一番かわいい女の子である。黒く長い髪の毛、整った顔立ち。誰彼分け隔てなく向けられる優しい笑顔にグッと来なかった男子はまあいないだろう。

 さっきは俺の主観と言った。確かにそれに間違いはないのだが、彼女がこの学校においてめちゃくちゃモテているというのもまた、まぎれもない事実である。

 まあ、つまるところ、お似合いじゃないとか、そういうことである。自分で言っていて悲しくなるが。


「まあ、予定があるのは確かだ。だからお前は遠藤さんと、そのまあ、楽しめよ」


 遠藤さん。同級生の女の子の名前であり、そして何より今話している相手である剣崎がつい先月付き合い始めたばかりの彼女である。

 そう。剣崎に彼女ができたんだ。だから今年のクリスマスパーティはきっと遠藤さんと過ごすだろう。いや、過ごす。

 だって、昨日二人がクリスマスに一緒に過ごすっていう約束をしていたから。

 だから、さっき剣崎が何か言おうとしたあの後の内容は、クリスマスパーティに誘われるか、そらか今年のクリスマスパーティは中止にしようか、のどちらかだろう。前者はせっかくの二人の間に入るのは忍びないし、後者なら本人の口から彼女がいるから今年は……っていうのはなんか悲しい。なんか、悲しい。


「あ、たぶんそれなんだけど――」


「ごめんごめん、今日は用事があるからね。じゃ、帰るね。バイバイ!」


 俺はそう言って剣崎と強引に別れる。これ以上話しているとぼろが出そうな、そんな気がしたからだ。






「そんじゃ、行ってきます」


 そう言って玄関のドアを開ける。びゅううっと吹きこんでくる風が結構冷たい。


「しかし、いろいろやらかしたな」


 剣崎とのパーティを断ったから家でのんびりゲームをするつもりだったんだけど、家族にはてっきり剣崎と過ごすものだと思われていて、いや予定がなくなったっていえばよかったんだけど、それで妹にクリボッチって言われるのが癪で出てきてしまった。


 しかし予定なんてない。どうしたものだろうか。

 今持ってるのはスマホと財布の入ったカバンと……だいたいそれくらい。


 ……適当にぶらつこうか。


 しばらく歩いていると公園についた。ブランコに久しぶりに乗ってみるかなと思ったけど小さな子供たちが笑いあって遊んでいた。邪魔はしないでおこう。


 またしばらく歩くと黒猫が一匹電信柱のふもとにいた。お前もクリボッチかそうかそうか。そう思って自分のことを少し慰めようとしてみたが余計むなしくなってきた。やめた。


 ほんと、何やってんだろうな。さっきの黒猫が歩き出したので何の気なしについて行ってみることにした。


 そんなことをしていると、にぎやかな声が聞こえてきた。人も多くなってきた。いつの間にか書店街についていた。

 黒猫は突然走り出して、どこかへ行ってしまった。


 またぼっちになってしまった。……さてどうしようか。


 ふと鼻の中に入ってきた匂い。香ばしい、揚げ物の匂い。






「ありがとうございましたー」


 気づいた時にはファストフード店でフライドチキンとミネストローネを買っていた。店内には思ったよりカップルとかで込み合っていて、そのまま外で食べることにした。


 歩きながら食べようか。それともどこかのベンチなんかで座って食べようか。


 歩きながらでいいかな。見た感じそのあたりのベンチ埋まってるし。


 さて、いただきま――、


 ヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴ、ポケットの中でスマホが振動した。取り出してみてみると、剣崎からだった。


『おうどうだ中谷』


「どうだって何がだよ」


『いや、クリスマス楽しんでるのかなって』


 その質問は俺の精神にクリティカルヒットする。だがまあ、便宜上、


「おう、楽しいぞ。お前のほうはどうだ? 遠藤さんと一緒に楽しんでるか」


『まあな。だがお前が楽しそうでよかったよ』


「……ああ」


『それじゃ、邪魔したな』


「おう。じゃあ」


 ツー、ツー、電話が切れた。

 ふう、と息をつく。


「一日でこんなに嘘をついたの初めてかもしれない」


 嘘がばれないように新しく嘘をついて、またついて、またついて。嘘をつくってこんなに難しいんだな。


 さて、改めまして、食べようか。そう思って視線を上げると。


 ベンチが一つ、空いていたので座ることにしようと思う。






 ベンチに腰を掛け、カバンを下ろす。

 ミネストローネのフタを開け、チキンを紙からちょっと出す。

 ひとくち口に含んで、ひとくちかじる。


 行き交う人々は、その大抵が複数人。親子だったり、カップルだったり。それから同性の友達同士だったり。


 本当だったら。……つい口をついて出そうになってしまった言葉に、首を振って忘れようとする。

 自分から断ったんだろう。俺はもうひとくちミネストローネを飲む。熱い。


 ポツ、ポツリ。


「あ、雨だ」


 空を見上げると、ぴちゃりとひとしずく瞳に落ちる。思わず瞼を閉じてしまう。


「しまったな、傘持ってきてないや」


 家からも逃げるように出てきたから、天気予報も確認してなかった。

 ビニール傘……買うのは癪だけど、このまま降られ続けるのも。


 はあ、と。小さくため息をついて、下を向く。ときおり当たる雨粒がちょっと冷たい。


「やることねえな、どうしよう」


 開いたスーパーの扉からは今日らしいラブソングが漏れ出す。

 路地の木々にはLEDが施されていて、灯るときを今か今かと待ちわびているようだった。


 寒い。気温もそうだし、こんなところにひとりぼっちているのも、寒い。


 ため息。白く凍って見える。


「どうすっかな、本当に」


 さっきよりちょっと雨の勢いが強くなった、気がする。


 天候まで、俺を笑ってるのかと。そう思おうとしたその時。


「おやお兄さん、こんなところでどうしたのかな?」


 女性の声がした。


「これから雨も強くなるよ。傘のひとつでもさしたほうがいいんじゃないかな?」


 こんな道端のベンチで、ただひとりで俯いているようなやつに話しかけるような物好きな女性がいたもんだ。

 いったいなんだ? 何かの詐欺でもけしかけようってのか? まさか本当に俺のことが惨めに見えたから話しかけたってんなら、それはそれで失礼な話だが。


「やめてやれよ。きっと見え張って家から慌てて出てきたってところだろう。行く宛もなくて座ってたら雨に降られたとか、そんなところだ」


 なんだ、ツレが居たのか。こりゃほんとに後者だな。

 ……って、ちょっと待て。この声は。


 今まで背中にあたっていた雨粒が、突然降りかからなくなる。すぐ近くに人の気配をふたつ感じる。


「ところで話は変わるんだが。ここに今日のクリスマスパーティーのチケットが一枚余っているんだが、どこかに貰い手はいないだろうか」


 ふと顔を上げると、ニヤリと笑った表情の剣崎が居た。


「しかし、困ったことにこのチケット、実は使える人に制限があってな」


 人差し指と中指。二本で挟んだ一枚の紙をピラピラと揺らしながら、剣崎はわざとらしく言う。


「ふんふん。どんな条件なの?」


 それに相槌を打つように、横にいた女性。遠藤さんが言う。……まるで打ち合わせをしていたかのように。


「友達想いの心優しい人間限定のチケットなんだよなあ」


「えー、そんな人都合よく見つかる?」


「そうだなー。例えばなんだけど、友達のためにクリスマスは予定がありますって嘘をついて、家族にはその友達と過ごすものだと思われてるから家にいるわけにもいかず、ひとり寂しく駅前のベンチでフライドチキンとスープを啜っているような。そんな人、いないかな?」


 四つのまなこが、じっとこちらを見つめる。


「クリスマス、気持ちはありがたかったがお前が居ないとちょっと調子狂うんだよ」


「そういうわけだから、中谷くん限定の今なら参加費無料の特別チケット、いかが?」


 嫌とは言わせないぞ、と言う。そんな圧を感じる。

 ただ、ここまでして貰って受け取らないという選択肢がそもそも見つからない。


「さて、それなら会場まで案内してもらおうかな」


 差し出されたチケットを受け取って、精一杯の笑顔を見せた。

後編の『この世界で最も温かい一日を【もっと!】』は明日の夜に更新予定です


筆者の原稿さえ間に合えば投稿されるはずです

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