98回 やって来たのを生かして帰すわけにもいかない 12
攻めあぐねる硬直状態が、少しずつ変わっていく。
相手の動きよりも早くユキヒコが動く。
細剣を繰り出そうとしていたユカリが、その動きを遮られるようになる。
斬りつけてくる刀を盾で受け、細剣で払うようになる。
そんな攻防の中、ユカリは少しずつ後退していくようになる。
距離をとってるのではない。
ユキヒコに押されているのだ。
(なんだ、急に)
相手の太刀筋が怖いくらいに襲いかかってくる。
素早く閃くとか、豪快な一撃というのではない。
ユカリの思ってもいなかった所、丁度意識が向かってない場所に刃が飛んでくる。
かといって牽制をしてるというわけでもない。
意識の盲点を突いてくる。
それを気配で察し、素早い太刀さばきでかわしていく。
相手との技量差があるから出来る事だ。
もしユカリの腕が劣っていたら、こんな事は出来なかっただろう。
わずかながらユカリの方が早い。
それが出来るだけの動きを身につけている。
だから攻撃を受けずに済んだ。
しかし、それも長くは続かない。
ユキヒコの攻撃は更に続き、その一つ一つがユカリを追い込んでいく。
(こいつ……)
刃を交えながら怖気をおぼえる。
相手への嫌悪感からではない。
得体の知れない強さへの恐れからだ。
(強い、強くなってる)
素直に認めるしかない。
確かな強さを持ってる事を。
それが今も成長中である事を。
今のうちにどうにかしないと、決して勝てなくなると。
それを感じ取り、ユカリは攻めに転じていった。
相手の意表を突くような攻撃を繰り出す。
読み取れる相手の考えや気持ちから、隙が出来たところを攻めていく。
しかしそれを押しのけるようにユカリの攻撃が激しくなる。
そのせいで攻め手が取れなくなっていく。
(…………)
相手の攻勢にユキヒコも舌を巻く。
こちらに攻撃をさせまいとしてるのが伝わってくる。
その為の攻撃だ。
連続で、矢継ぎ早に飛んでくる。
それもメチャクチャに動いてるのではない。
しっかりと弱い部分を狙ってくる。
動きは読めるが、それでもつけいる隙がない。
来るのが分かっていても、それを止める手立てがない。
再び防戦一方になっていく。
それでも相手につけいる隙は与えない。
守るだけで手がいっぱいでも、それで相手に負けるわけではない。
攻防は均衡状態になっていく。
切り結びながら二人は、その場から動かずに刃を打ち鳴らしていく。
硬直状態に陥っていく二人。
しかし、それはあくまで二人だけの事である。
戦況全体からすれば、不利なのは義勇兵達だった。
わずか10人程度の人数に対して、周囲には数百人のゴブリン。
これで勝てるわけがない。
撤退を敢行した7人は既に大半が取り押さえられている。
それらは何人ものゴブリンに手足をとらえられて押し倒され、手足の腱を斬られていく。
さすがに失血だけはさけたいので、傷口は止血されて血止めを施される。
その上で舌をかみ切らないように猿轡を噛まされる。
手足も縛り上げられ、義勇兵達はゴブリンによって運ばれていく。
ユカリに従ってきた2人も同様だった。
弓矢や投石によって攻撃され、体に負傷を受けていく。
そうしてから接近してきたゴブリン達に襲いかかられた。
それらを何人かは斬りつけはしたが、致命傷にはなってない。
それでも良い、怯んで逃げ出す隙を作りたかった。
しかし、ここのゴブリン達は士気旺盛である。
それも叶わず2人は、ゴブリン達に捕らえられ、他の者達と同じ運命をたどった。
そして残るのはユカリのみ。
状況は劣勢すらも超えた最悪の状態になっている。
ここから逃げ出す事などもはや不可能である。
それこそ魔法や奇跡でも起こさない限りは。
当然ながらユカリはそんな都合のよいものを持ち合わせてない。
例えユキヒコを倒したとしても、その先があるわけもない。
周りを囲む数百のゴブリンにいずれは捕らえられる。
出来る事と言ったら、それまでの敵をどれだけ倒せるかだ。
ユカリがここから逃げ出すという可能性は皆無である。
自力で、単独での脱出は不可能と言って良い。
都合の良い出来事でも起こらない限りは。
そんな事など起こるわけもなく。
ユカリはただひたすらにユキヒコを攻撃していく。
勢いで相手を圧倒する為に。
それしか彼女の策は無かった。
だが、それでもユキヒコを倒す事は出来ない。
全ての攻撃を防ぎきってしまうのだから。
それどころか、攻撃を繰り返す中で体力を失っていく。
力が抜けて疲れが高まっていく。
それは分かっているが、ここで手を引く事も出来ない。
相手を押し切らねば自分が負ける。
二進も三進もいかない状況にユカリは陥っていた。




