96回 やって来たのを生かして帰すわけにもいかない 10
細く長い長剣を突き出す。
いわゆるレイピア、細剣とでも言うべきそれは、目にも止まらぬ早さで進む。
常人ならば反応も出来ないほどの動きだ。
相手がただの戦慣れした程度の人間ならば、これでお陀仏になっただろう。
実際、それは訓練と稽古を重ねた者でもなければ対処しようがない。
しかしそれをユカリの相手はあっさりと払った。
(こいつ……!)
自分の攻撃を刀で払った相手に、ユカリは戦慄をおぼえた。
ユカリも己の剣技にそれなりの自信はあった。
武家に生まれ、子供の頃より鍛錬を重ねてきたのだ。
そこらの兵士程度ならば簡単に切り伏せる事が出来る。
戦場においてもその腕前は発揮されており、義勇兵として何人もの魔族を葬ってきた。
もちろん、上には上がいる。
ユカリ以上の技術を持つ者は少なくない。
しかし、目の前の男はそんなユカリの剣をあっさりと払いのけたのだ。
(相当に……出来る……)
油断の出来ない相手だと、ユカリは警戒を強めた。
だからと言って攻め手を控えるわけではない。
侮れない相手ならばこそ、攻める姿勢を崩せなかった。
相手が攻撃出来ないように、隙を与えない。
防戦一方にさせ、押し切る形で相手を倒す。
攻める隙を与えない事で自分を守る事も出来る。
攻防一体、攻撃は最大の防御を地でいくやり方だ。
もっとも、その分消耗も激しい。
体力面での不利のあるユカリにとっては諸刃の剣になりかねない戦法だった。
しかし、相手の力量が自分よりも劣るならば、決して間違った方法ではない。
実際、相手の動きからユカリは自分よりも腕は劣ると考えていた。
断言は出来ないが、そういう風に見えた。
あるいは、そうやって油断させるつもりであるのかもしれない。
そう思い込ませて、隙を作らせて返り討ちにするという。
なのだが、二回三回と細剣を繰り出して、それはないと思えた。
相手の技は戦場での斬り合いでおぼえた我流ではない。
しっかりと基礎を学び鍛錬と修練を重ねた動きである。
それは分かった。
しかし、その動きはユカリには及んで無い。
基礎があり、それを土台に積み重ねたものがある。
侮る事が出来ない相手である。
しかし恐れるほどではない。
(なのに……)
ユカリはなぜか、あと一歩の所で攻め切れなかった。
それが何故なのかは分からなかった。
動きそのものならば自分の方が上回ってると思える。
しかし、その動きから繰り出される攻撃が確実に弾かれる。
細剣を遮る刀の動きは、それほど優れたものではないにも関わらずである。
念のために言っておけば、それでも相手の腕前は相当なものである。
しかし、ユカリを凌ぐほどではない。
それでも確実にユカリの攻撃を止めていた。
(何でだ?)
疑問が浮かぶ。
普通に考えればありえない事だった。
攻撃をされてから避けるというならば、どうしても動きは少し遅れる。
その遅れをものともしない程の早さがなければ、回避する事は出来ない。
そのはずである。
なのだが、相手の動きは決して早くはない。
単純に攻撃を繰り出す速度ならばユカリの方が上であるはずだった。
しかし、相手は攻撃を凌いでいる。
攻撃が来る場所が分かってるかのように。
ユカリが動くよりも早く攻撃を受けている。
弾いている。
避けている。
普通に考えればあり得ない事だった。
動きを読み切ってない限りは。
実際、その通りであった。
ユカリの相手は動きを先んじてとらえていた。
何がどこに来るのかを察知し、そこに刀を合わせている。
だから攻撃を全て防ぐ事が出来ていた。




