95回 やって来たのを生かして帰すわけにもいかない 9
向かい合ったまま衝突していくユキヒコとユカリ。
相手を倒すという意志をぶつけ合いながら二人は接近戦の距離に入っていく。
ユキヒコはおっかなびっくりに。
ユカリは勢いよく。
置かれた状況がそんな違いを生み出していた。
ユキヒコからすれば、相手は手練れ(に見えた)。
技量は確実に相手の方が上だと察知していた。
気配でそれと分かる。
正直に言えば、相手にしたくなかった。
自分より強い者と戦って勝つ確率は低いからだ。
単純明快な道理である。
だからこそ、有利になるよう計らねばならない。
それは訓練や鍛錬によって己を成長させる事も含む。
また、計略や謀略を用いて相手を弱める事も行う。
あらゆる手段を用いて、自分が勝つ可能性を高めねばならない。
それこそが戦闘や戦場、戦争における正々堂々というものだ。
真っ正面から馬鹿正直にぶつかる事など愚の骨頂と言える。
それが分かってるからこそ、ユキヒコは自分が著しく不利だと察していた。
それでも退けないのは、やはり状況のせいである。
もし、ここでユキヒコが退いたら、目の前の女がゴブリンに向かう事は明白だ。
そうなった場合、もっと悲惨な状況に陥る。
能力の劣るゴブリンでは、この女を抑えきれない。
前に出た者達は確実に何人か死ぬ事になる。
貴重な兵力を失う羽目になる。
今はまだそれを避けておきたかった。
折角育ってきた兵隊を失いたくはない。
そして、この包囲を突破される可能性もあった。
そうなったら、相手に情報が漏れる事になる。
それはまだ避けたかった。
既に相手側も何かおかしいと気づいてはいるだろう。
そう考えたから、こうしてこの者達を送り込んできた可能性がある。
だが、まだ相手も悩んでる段階かもしれない。
状況がはっきりしないので対処しあぐねてるかもしれない。
そういった所に確定した情報を提供するわけにはいかない。
即座に対策が施されてしまう。
今の段階では、出来るだけ『どうなってるか分からない』という状況を続けておきたかった。
それでわずかながらも時間を稼ぐ事が出来る。
その時間を確保しておきたかった。
となれば、ユキヒコが相手をするしかない。
不利なのは分かっているが、他に手段がない。
勝てるのかは分からないが、勝たねばならなかった。
あとはゴブリン達が加勢に来てくれる事を願うのみ。
ユキヒコが相手をしてる間に、ゴブリンが相手の左右や背後に回ってくれれば有利になる。
さすがに四方八方から襲われて対処出来る程腕の立つ者はいない。
そんな事が出来るのは、加護の篤い勇者や聖女くらいだ。
(さすがに聖女って事は無いだろうし)
目の前には勇者がいない。
聖女は勇者に従うものだから、いないとなればおそらくここに聖女はいない。
神官はいるかもしれないが、それならそれほど巨大な力を繰り出してはこない。
ならばこそ、多少は勝機もある。
確率は低いが、どうにかなるかもしれなかった。
それにユキヒコには技量以外の部分で気になるものもあった。
それが目に見えるというか、肌で感じ取っていた。
更にいうならば、心の奥底で。
何とも言い表しがたい感覚が、ユキヒコに可能性を感じさせていた。
それは、相手が剣を繰り出してきた時に浮かび上がる事になる。




