92回 やって来たのを生かして帰すわけにもいかない 7
町には問題無く入る事が出来た。
門は開いており、難なく入る事が出来た。
ただ、それが既に異常だった。
通常、門があれば警備がいるはずだ。
外部から入る者はここで一端呼び止められる。
そして、身分証などの提示を求められる。
無ければ中には入れない。
町の住人であっても、これは同じだ。
だいたいにおいて顔なじみ同士なので、形式的なものになってはいるが。
それが全く無い。
「おかしい」
言うまでもない事だが、ユカリはあえて口にした。
もうこの時点で中に入るまでも無くなっている。
ただ、一応開いた門の向こう側も目に入れておこうとした。
中の様子が気になったからだ。
その先には何もなかった。
もちろん、家などは建ってはいる。
しかし、生気がない。
通常ならあるはずの人並みがなかった。
数百人は住んでる町でこれは異常だった。
人っ子一人いないという事などありえない。
「……戻るぞ」
そう言ってユカリは来た道を戻る事にする。
抜け殻のようになった町の様子だけで、異常なのは充分に分かる。
そこにいた住人が何処に行ったのか、という疑問は残る。
しかし、それを解明してる場合ではない。
それは今後の調査に任せれば良い。
まずはこの状況を報告せねばならない。
その為にもこの場から急いで離れねばならなかった。
そんな彼女らの動きに合わせるように、周囲に笛の音が鳴り響く。
楽器のものではない。
号令をかける時などに用いられる呼び笛だ。
その甲高い音が鳴る。
最初に一つ。
それに続くように次の笛が鳴る。
一つ、二つ、三つ…………と増えていく。
鳴り響き渡る笛の音は、門の上にある見張り台から始まった。
それが町中に響き渡り、町の外にも伝わる。
音の届く範囲はさほど長くはないが、それも伝令と同じように中継地点を経由して遠くまで響いていく。
道から離れた田畑の中に作られた監視所。
そこに潜んでいたゴブリン達が次々に笛を鳴らしていく。
それは町から離れた森の入り口にまで到達していった。
「急げ!」
何事かが起こってる事を察したユカリは、すぐさま走り出す。
仲間の事も気にかけずに。
気にかける余裕が無かった。
放り出すように二人の同行者を置いていく。
慌てて二人が追いかけてくるが、それに気づく事もない。
まずこの場から離脱する事がユカリにとって最優先になっていた。
周りに何かがいる。
笛の音が重なるように続く事でそれは明らかだった。
また、結構な人数なのも分かった。
一度だけで終わらない笛の音がそれを示している。
どれ程潜んでるのか分からないが、相応の人数がいなければこんな事にはならない。
そして、それは走るユカリ達よりも早く森まで向かっている。
その事がユカリに不安を懐かせた。
最悪の想像と共に。
森と田畑の境界線あたりで待機していた者達にも笛の音は伝わっていた。
いったい何が起こったのか分からないが、異様な雰囲気だけは感じ取れた。
「────撤退!」
副長が大声をあげる。
「逃げるぞ、急げ!」
繰り返し指示を出す。
それにより、周りの者達も動き出す。
彼女達も明らかにおかしな事が起こってるのは分かっていた。
しかし、
「隊長は?」
聞くまでもない疑念を一人が口にした。
町に向かったユカリ達三人がまだ戻ってきてない。
それはどうするのかと。
答えは既に出されている。
その為の指示はもう出てるのだ。
しかし、それでも尋ねたくなるのは、良心のあらわれであろう。
仲間を見捨てるのかという。
あるいは、そうせざるえない事態への言い訳を求めてるのかもしれない。
他の誰かが明確に言ってくれる事で罪悪感を回避しようとして。
そんな願いがあるのかも分からないが、多少なりとも困惑する彼女らに副長は声を重ねる。
「諦めろ、隊長の指示だ。
このまま帰還する。
それが第一だ」
もとよりユカリがそう言っていたのだ。
何かあった場合、町に向かった者達を置いて帰還しろと。
大事なのは情報を持ち帰る事である。
最悪、仲間を見捨てる事になってもこれを優先せねばならないと。
その指示が出てるのだから、逆らう理由は無い。
「分かりました」
尋ねた者も納得していく。
とにかくこの場を離れる事が最優先。
荷物も必要なもの以外は置いて退散する。
もとより一泊程度の予定なので、荷物はそう多くはない。
捨てていっても惜しいものなどなかった。
それよりも、身軽になってこの場を離れるのが先である。
当然ながら、そう簡単にいくわけがない。
走り出した彼女らの前に、道を進んでくるゴブリン達が目に入る。
前方だけではない。
左右からも。
退路を断つように展開するゴブリン達に、さすがに義勇兵達もうろたえた。




