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9回 襲撃────周りから攻め落とし、敵を孤立させて干上がらせていく

 ゴブリン達による静かな侵攻。

 それは前線拠点に居る義勇兵達を着実に減らしていく。

 数日でユキヒコ達が倒したのが十組ほどの少人数変成の部隊。

 それぞれ人数に多少の差はあるが、おおむね五人一組になってるそれらを壊滅させている。

 これにより50人ほどの敵を葬り去ってる事になる。

 拠点の常備兵力がだいたい100人から200人なので、かなりの痛手になっている。

 また、拠点から離れた所に設置されてる監視所もいくつか陥落している。

 これらは巡回している義勇兵達の活動拠点にもなっている。

 それが壊滅した事で、前線拠点の機能は大幅に潰えたと言えた。



 また、中継地点の監視所にあった様々な物資は、ゴブリン達を潤した。

 ろくな装備や道具を持たされてないゴブリン達である。

 ちょっとした物があるだけでも、大きな収穫になった。

 もっとも、それらの使い方を知らない者がほとんどでもある。

 なので、それらの使い方をユキヒコが教える事にもなった。

 知ってる限りで。



 ここまで事を進めた事で、様々な動きも出てきた。

 その一つがゴブリンの増援の到着。

 グルガラス・ラウからの報告と、伝令がもたらした様々な物品。

 それらを見た他のゴブリン部隊が、それならばとやってきた。

 何より彼らの気を引いたのは、生きてる戦利品である。

 捕らえた数々の女の存在が、ゴブリン達の様々なやる気を誘引した。

 本能と欲望は、人を動かす原動力である。



 と同時に。

 そういった事は敵にも影響を与える。

 何日も経っても帰還しない巡回部隊。

 連絡の途絶えた監視所。

 それが立て続けに起これば、嫌でも何かが起こってると察する。

 拠点の司令部ではこの事態についての話し合いが始まっていた。



「おかしい」

「なぜ誰も帰還しない」

 義勇兵の拠点で、司令部の者達はこの事態への疑問を口にしていった。

「偵察に出てる連中がまだ帰ってない。

 そろそろ帰還してきてもおかしくはないはずだ」

「しかも、出撃した連中のほとんど全部がだ。

 いくら何でもこんな事ありえんだろ」

 帰還予定からいくらか遅れる事は珍しくもない。

 しかし、それが二日三日となれば何かがおかしいと考える。

 まして、出撃した部隊の大部分が帰って来ないのだ。

 いくら何でもおかしいと気づく。

 彼らも愚鈍では無い。



「どうなってる?

 周辺地域の警戒に当たっていた連中も消えている」

「まだ断定はしたくないが…………行方不明になってるとしか思えんな」

「何が起こってる?」

 そんな声がそこらから起こっている。

 今までになかった事態である。

 未帰還が出るのは珍しくもない。

 ただし、出撃したほとんど全てがそうなってるのは前代未聞だ。

「まさか、ここまで魔族が?」

 起こってほしくない事態を誰かが口にする。

 この状況では、それが一番ありえる可能性だろう。

 だが、そうと頭で分かっていても、心がそれを拒絶する。



「いや、さすがに」

「それは考え過ぎでは?」

 事を楽観視してるわけではない。

 だが、そこまで事態が深刻なのかと考えてしまう。

 それは、ある種の逃避であろう。

 悲惨な現実を認めたくないという。

 だが、もっとも排除すべき考えでもある。

「では、この事態をどう考える」

「明らかにおかしい、それは分かってる」

「だが、判断を早急にするのもな。

 とにかく、情報が足りん」

 おそらくそうだろうと思う。

 だが、迂闊な事は言えなかった。

 ちょっとした間違いが大きな問題になりかねないのだ。

 それは、この小さな拠点であっても変わりは無い。



 もし魔族によるものだとしたら。

 それを後方にある上位の司令部に伝えねばならない。

 しかし、その一報がもし間違いだったらどうなるか?

 それほど厳しくはないが、多少の処分は免れない。

 せいぜい司令官からのお小言程度であるが、そういった事は避けたいというのが拠点司令部における無言の共通見解だった。

 だから迂闊に動けなかった。



 一番の問題は、情報がない事。

 考えうる最悪の事態も出て来る。

 それを否定する者もいる。

 どうしても考えや意見が一致しない。

 ひとえに、情報がない事が原因である。

 はっきりした事がどうしても言えない。

 だからこそ考えが錯綜する。



「まあ、何にしてもだ。

 何かが起こってるのは確かだ」

 一同を束ねる立場の者が口を開く。

「敵襲だと考えるのが妥当だろう。

 当面は警戒度を上げる事にする。

 それと、明日から捜索も兼ねて偵察を出す」

「……分かりました」

「……では、そのように手配します」

 司令官の声で、どうにか全員が頷く。

 まとまらなかった意見は、一旦一つの意志の下にまとめあげられた。

 それに反発や反対もあるにはあったが、それを口にする者はいない。

 納得がいかなくても、提示された対応は非の打ち所が無かった。

 それに異を唱える程の愚か者はこの場にはいない。



「それと」

 更に指示が飛ぶ。

「念のためにこの事を後方に伝える。

 明日一番で伝令を出してくれ」

「分かりました」

 こうして、当面やるべき事は決定された。



「というような事を考えてると思う」

「……それでここで見張ると」

「そういう事」

 説明を受けたグゴガ・ルは感心する。

「よくそこまで分かるな」

「いや、たんなる当てずっぽうだ」

 困ったように笑いながらユキヒコは応える。



 今、ユキヒコとグゴガ・ル達は、拠点近くまで進出していた。

 敵に見つからないように森の中を進みながら。

 そうして拠点を越えてその先に到着した。

 拠点から後方の町に向かう為の道に。



 司令部も、帰還しない義勇兵については疑問を抱くはず。

 ユキヒコもそこは考えた。

 そうした場合にどういった対応をするのかも。

 これは考えればある程度は分かる事である。

「たぶん、警戒しつつ後方にこの事を伝えにいくはず」

 常識的に考えればそうなるだろう。

 問題をそのままにしておくわけにはいかないのだから。

「だから、このあたりで見張ってればそのうち動きが見えるはずだ」

 確証は無い。

 しかし、ある程度の予防線は張っておきたかった。



「実際にどういう動きをするかは分からないけど。

 でも、予想出来る事はしておかないと」

 何が起こるのかが分かってるのに何もしないわけにはいかない。

 特に、後々面倒になりそうな事には。

 その為にユキヒコは、グゴガ・ルらを率いてやってきたのだ。

 拠点から後方に延びる道に、ここを通る全てを切り捨てるために。

「それにだ」

「なんだ?」

「ここに居れば、いろんな物が手に入るかもしれないしね」

 意地悪い笑みを浮かべる。



 ユキヒコの予想通り、敵は拠点から伝令を飛ばしていった。

 馬に乗った者が数人、道を通っていこうとする。

 それをユキヒコとゴブリン達が仕留めていく。

 このために、なるべく多くのゴブリンをつけてもらった。

 その為、グゴガ・ルの下には20人くらいのゴブリンがいる。

 それらが足止めの罠をはった上で襲いかかる。

 如何に騎兵と言えども、何倍にもなる数から奇襲を受ける事になる。

 ひとたまりもなく壊滅していくしかない。



「危ない危ない」

 伝令が持っていた書簡を取り上げる。

「これが渡ってたら厄介な事になってた」

 慌てた調子で開封し、中身を確かめていく。

 案の定、異常事態が起こってる事が記してあった。

 これを受け取ったら、上層部もそれなりの対応をするだろう。



 それが早急な対応なのか、とりあえず保留とするか。

 あるいは、この程度で報告を寄越すなと叱るか。

 何がどうなるかは分からない。

 しかし、これが届けば確実に何かが起こってる事が伝わる。

 今後の対応が、この書簡を元にして行われる可能性がある。

 何より、対応が早まる可能性がある。

 それは今は避けねばならない。

 敵の対応が後手後手にまわる事ほどありがたいものはない。



「もうちょっとだけ大人しくしててくれよ」

 そう願いながら、始末した伝令を隠していく。

 そうして、次の行動に備えていく。

「まだまだ、これから稼ぎたいからさ」

 自分で始末した連中にそう懇願し、次の行動にうつっていく。



 拠点と後方を繋ぐ道は、そう頻繁に利用されるわけではない。

 一般的な道と違い、利用者が極端に少ないからだ。

 商人などが使うこともほとんどない。

 軍事目的の使用が基本だからだ。

 だが、人員の移動や物資の輸送には用いられている。

 それが主な使用目的だから当然だが、ユキヒコが狙ってるのはそれだった。



 その道を通って、様々な物資が運搬される。

 拠点一つ、100人から200人をまかなうのだから結構な量だ、

 食料に日用品、様々な消耗品に道具、そして武器に防具。

 手に入れる事が出来れば、これ以上ありがたいものはない。

 それを狙って襲いかかる。



 そうしてゴブリンの環境を向上させる。

 同時に拠点を疲弊させていく。

 一石二鳥を狙っての行動だ。

 それは着実に効果をあげていった。

 護衛と御者の命と引き換えにして。



「凄いな」

 グゴガ・ルは素直に感心する。

「これだけあれば、当分困らない」

 試しに襲った馬車から手に入れた物資。

 それはグゴガ・ルを驚嘆させるに十分だった。

「これなら飢える心配ない」

 グゴガ・ル達の懸念が一つ消えていく。



 彼等も最前線にいるので、物資の確保には悩まされていた。

 一応、補給はあるのだが、それが確実に届く保障はない。

 敵の襲撃を受けて、活動拠点としてる場所を失う事もある。

 実際、義勇兵の巡回と遭遇し、そこから居場所を突き止められて襲撃されたこともあった。

 そうなれば、蓄えておいた物資を失う事にもなる。



 そういった事が断続的に起こるので、物資の確保は常に頭を悩ます問題だった。

 今回の輸送物資強奪は、この問題を解決する事にも繋がる。

 全てはユキヒコの案内があっての事だった。

「まあ、俺も前はあんたらに襲い掛かってたからな」

 困った顔をしてユキヒコは説明をする。

「だから、今度はあんたらに協力しないとね」

「なるほど」

 グゴガ・ルもそれで納得する。

「なら、がんばってもらわないとな」

「ああ、任せておけ」



 過去のいきさつについては、グゴガ・ルも思うところはある。

 だが、それでもユキヒコが味方にいるというのは、捨てがたい利点になっている。

 ゴブリン達からすれば、よく分からない敵側の地理を知っているからだ。

 その為、敵地に侵入するのも難しかった。

 それをユキヒコのおかげで解決する事が出来る。

 この水先案内人を得た事で、戦いの幅を大きく拡げる事が出来る。



「出来れば、この先にある村とかも襲いたいけど」

 将来の希望をユキヒコは口にしていく。

「無理か?」

「まだ拠点があるからな」

 問題点も忘れずに付け加える。



「まずはあいつらを片付けないと」

 進出するにしても、邪魔になるものを先にどかさねばならない。

 その為にも、今やってる作業を少しずつでも進めねばならなかった。

「とにかく、あいつらを日干しにする。

 それが先だ」

 ユキヒコの考えた作戦だ。



 人を減らすだけではない。

 食料などを途絶えさせていく。

 そうやって飢えさせ、体が衰弱させる。

 時間はかかるが、こちらの出血をおさえて敵を制圧するならこれくらいしか思いつかなかった。

 さすがにゴブリン達で城攻めをやるのは無謀だ。

 だから比較的成功率が高そうな手段を選んだ。



 目論見どおりにいけば、いずれ結果が出るはずだった。

 早ければ数週間で拠点の食料は尽きる。

 拠点にいた頃の食糧事情や輸送の頻度からそう割り出した。

 それくらいの時期になれば、結果が出てくるはずである。

 もちろん、飢え死にまでは狙えない。

 そこまでする時間は無い。

 だが、体の動きは鈍くなるだろう

 それでいい。

 反撃もろくに出来なくなれば勝機は出てくる。



 そうなるまで相手を追い込む。

 そうなるまで直接の戦闘は避ける。

 ユキヒコはこれをゴブリンに徹底させた。



「まあ、その間はお楽しみに勤しんでくれ」

 血気に逸るゴブリン達にはそういってなだめていく。

「捕まえた女は結構多いだろ。

 それを使っててくれ」

 そう聞いて、血の気の多い連中もおさまっていく。

 別の方向に血気盛んさを振りまきにいきながら。



 ユキヒコの手引きによって、ゴブリン達は数々の勝利をおさめている。

 それが勢いになり、次へ次へと進もうとする。

 拠点を攻略しよう、と叫ぶ者も出るくらいだ。

 だがユキヒコは、時期尚早と見ていた。

 もう少し時間をかけねばならないと。

 その為に、捕らえた女義勇兵を相手にするように仕向けていった。

 これらをどうにか押しとどめる為に。

 それは今のところ成功している。



 そうやって得た時間で、出来る事を進めていく。

 輸送用の道に展開するゴブリンを可能な限り増やしていった。

 増えたゴブリンは交代で休息をとらせ、出来るだけ一人の負担が減るようにした。

 多少なりとも訓練を施し、一人一人の戦闘力を少しでも向上させた。

 少ない時間でやっているので、どうしても限界はある。

 だが、何もしないよりはマシになった。

 少なくとも以前よりは。



「だいぶ良くなってきたな」

「前とは比べものにならん」

 ユキヒコに付き従ってるグゴガ・ルと、隊長のグルガラス・ラウが感想を口にする。

 指導を受けたゴブリン達の動きは、見違えるほど良くなっていた。

 それはゴブリンを率いる立場の彼らにはよく分かる。



「おかげで以前よりも楽が出来てる」

「ならいいんだけど」

 二人の感想に、ユキヒコも少し満足した。

 これでこいつらに見限られる可能性が更に低くなったと。

「食い物も確保出来たしな。

 空きっ腹に困る事もなくなった」

「代わりにあいつら────義勇兵達────が困ってればいいんだけど」

「違いない」

 拠点のある方向を見ながら、ゴブリンは二人して笑い合う。



「それはそうとして」

「うん?」

「お前はお楽しみはいいのか?」

「ああ、それか」

 問いかけにグゴガ・ルはつまらなそうな顔をする。

「かまわんよ。

 今はそんな気分じゃないし」

 ゴブリンらしからぬ台詞である。

「俺もだいぶ楽しませてもらったしな」

 こちらはグルガラス・ラウ。

 グゴガ・ルに比べて欲望には忠実なようだ。

 いや、グゴガ・ルがゴブリンにしてはストイックというか謹厳実直なだけなのだろう。

 それが証拠に…………というわけではないが。

 大半のゴブリンは、捕らえた女義勇兵でのお楽しみに勤しんでる。

 わずかな例外を残して。



「いいのか?

 折角なのに」

「良くはないが……。

 こういう時にああいう事に没頭してる奴らから死んでいく。

 それを考えるとな」

「なるほど」

 ある意味、験を担いでるというところだろう。

「俺も、もう重油分楽しんだからな」

 グルガラスは欲望を十分に満たしたから、というのが理由のようだ。



「なに、全部終わったら俺も楽しむさ。

 それまでは後回しだ」

 そういってグゴガ・ルは笑みを浮かべる。

 それが彼の優先順序らしい。

「だったら、終わらせて楽しみを満喫しよう」

「おう」

「そうだな」

 言って三人は笑い合った。

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