86回 やって来たのを生かして帰すわけにもいかない
目的地まではそう遠いわけではない。
朝に出発すれば昼下がりか夕方の前に到着する。
なので、そう遠出するわけではない。
女ばかりの一行ではあるが、その程度の距離ならば難なく歩く事が出来る。
ただ、今回は出来るだけ急いで状況確認をしたい。
その為、移動時間を短縮する為に馬車を用意した。
もちろん、貴族が使うような豪勢なものではない。
荷物運びに使う荷馬車だ。
これを何台か用意して分乗する事になる。
総勢10人になる一行なので、一台ではおさまらないのだ。
とはいっても馬車も最後まで付き合うわけではない。
相手は戦闘員ではない一般人だ。
それを雇ってるだけなので危険のあるところまでは連れていけない。
相手もそれは拒否する。
どうしてもというなら料金をそれなりに上乗せしないといけない。
そこまでの余裕はないので、乗車は途中までとなる。
軍や義勇兵なら目的地まで行けるのだが。
現在、そんな余裕は無かった。
崩壊した前線拠点の回復の為に人を割いてるところだ。
(人手不足がたたってるな)
馬車に乗り込むユカリは、状況の悪化をこんな所からも感じ取っていた。
そんなユカリらの接近は、当然ながらユキヒコも察していた。
そんな気配を感じ取っていた。
森や丘などの地形のせいで姿を確認する事は出来ない。
だが、何となく他と違う空気というか気配が感じられた。
(最近、感覚が鋭くなってるような……)
もとより五感は鋭敏になり、身体能力も向上している。
既に能力は常人を超えている。
だが、それとは違う感覚も最近備わってきていた。
かなり離れた所にいる気配も察知出来るというか。
何かが起こっていれば、そこに陽炎のような揺らめきを見る事が出来るようになっていた。
目で見るというよりも、何となく感じ取れるというようなものだ。
直観に近いものがある。
その感覚がユキヒコに次なる行動を促していく。
「何か来る。
警戒態勢にはいれ」
「分かった」
意を汲んだグゴガ・ルが他のゴブリンに指示を出していく。
それを聞いた伝令が、各所に指示を出しに向かっていった。
そんな事を知らぬユカリ達は、道のりの六割から七割を消化したところで馬車を降りた。
危ないならこれ以上は近寄れないという御者が言い出したからだ。
ならば仕方ないと賃金を支払ってユカリ達は下りた。
荷物を担ぎ直し、そこからは徒歩で進む事になる。
幸いにも昼になる大分前に目的地に近づく事が出来た。
これならば、何かがあっても素早く撤退する事が出来る。
そういう事態にならないのが一番だが、まずは安全性の確保が出来た事が嬉しい。
(とはいえ……)
それでも警戒はする。
(何も無い、ということにはならんだろうが)
問題がなければ良いが、だったら音信不通なんて事にはならない。
きっと何かがあると、それもよろしくはない事が。
危険は意識しておかねばならなかった。
そんなユカリの危惧通り、問題は既に始まっていた。
彼女らは気づいてなかったが、街道沿いにはゴブリンの見張りが常駐している。
彼等はやってくるユカリ達の姿を発見し、それをすぐに通報していく。
土嚢を積み上げ、草で偽装した監視所の中で、設置してあった紐を引く。
それは数十メートル離れた所にある中継地点に伸びており、繋がってる鳴子を鳴らした。
これまた土嚢によって遮られた中継地点の中で鳴るので、音は外に漏れない。
そもそも、街道から距離をとっているので、気づかれる心配は少なかった。
その中継地点からは更に次の地点へと紐が伸びており、鳴子を鳴らす。
こうして次々に中継をしていく事で、何者かの接近を本隊に報せるようになっている。
それはユキヒコが感じ取ったる気配を裏付ける情報として町に伝わっていった。




