84回 領主と武家の、それぞれの娘 3
フユキは領主の娘ではあるが、悪い人間ではなかった。
世間知らずではあるが、これは領主の娘ならば当然だろう。
現代日本で言えば市町村の首長くらいの家なので、割と平民や庶民に近い位置にはいる。
それでも城下の町などに一人で出るような事はほとんどない。
深窓の令嬢という言葉の通り、たいていは城(というか館と言うべきか?)にいるのがほとんどだ。
他の家の娘などと接する事もあるが、それも相手の方が挨拶がてら訪問しにくるのが常だった。
それが当たり前な立場の者に、家の外の事が分かるわけがない。
世間知らずというのは、あえて言うならば的外れな非難であろう。
知らない事は不利ではあるが罪とは言えないのだから。
それを抜きにして見れば、フユキは素直で謙虚さがあった。
立場の違いなどで相手を非難したりはしない。
自分の知らない事や分からない事をむやみに否定しない。
かといって知ったかぶりをするような事もない。
知らない事や分からない事は素直に『分からない』と言い、相手に教えを請う事が出来る。
その素直さが人当たりの良さにもなっていた。
ユカリからすれば、そういうフユキは身分差を感じさせずに接する事が出来る相手だった。
だからこそ問題のない範囲ならば様々な事を語っていった。
とはいって、町や地域の警護に巡回、その中で遭遇する敵との戦闘がほとんどである。
その相手がゴブリンなのか、鬼人なのか獣人なのかその他なのかという違いがあるだけだ。
だが、それでもフユキは楽しそうに聞いてくれた。
それがユカリには心地良かった。
そしてフユキがユカリから聞いた事を他の者にも話すようになっていった。
外の事に疎い同じ境遇の令嬢達はそれを楽しそうに聞いていたという。
それが続いてるうちに、フユキは現場からの声を伝える情報源に変わっていった。
時にその話を聞きにお歴々が訪ねる事もあったそうだ。
彼等も現場の声がなかなか届かない所にいるので、珍しさもあったのだろう。
だが、それが単に物珍しい話から、貴重な情報として受け取られるようになるまでそう時間はかからなかった。
報告というのは、経由する中間が増えれば増えるほど省略される。
何せ現場から上がる報告書は膨大で、それらの全てに目を通す事など不可能である。
何十枚という書類を見るのは、最終的に一人の責任者だけなのだ。
全部を処理する事など事実上不可能である。
その為、どうしても精査がされずに取りこぼされる情報も出てくる。
そして報告を受けた者が更に上層部に持ち込む際には、情報は更に単純化される。
何十枚という報告書を全部持ち込むわけにはいかない。
その中から重要と思われる部分をまとめて上にあげるのだ。
一応、元になる報告書も添えられるが、それらに目が通される事はほとんどない。
かくて情報の大部分は上層部が知る事もなく消えていく。
巨大な伝言ゲームのようなものである。
悪意が無くても、こうして細部は削られていく。
その結果、現場の出来事は上層部に伝わらない。
こういう事は珍しくもない。
その為、司令を出すのに必要な情報が全く入らないという事態に陥る。
これは人間の情報把握能力の限界が関わってくる事であり、決して誰かが悪いという事ではないだろう。
フユキから伝えられる話は、そういった事が一切無い、現場の生の声だった。
だからこそ心ある者達にとっては貴重で重要な情報になり得た。




