表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/428

8回 襲撃────静かにゆっくりと着実に、今の状態では侵攻は気づかれないように進めるのが吉である

「それで、次はどこに?」

 死体の処理を部下にまかせながらグルガラス・ラウが尋ねる。

 そんな彼の前で地図をひろげて、ユキヒコは説明をしていく。

「まあ、次はこのあたりに」

 それは義勇兵の拠点に近い場所だった。

 さすがにグルガラスも心配になってくる。

「敵の近くじゃないか」

「そうだ。

 だけど、このあたりならまだ拠点からは見えない。

 襲撃をするならギリギリいける」



 ユキヒコが示した場所は確かにそんなところだった。

 もともと森林地帯であり、視界はそう広くはない。

 そんな場所で、なおかつ拠点からは歩いて一日はあるような場所になる。

 発見される可能性は低い。

 ただし、外に出てる義勇兵は多く、そこは気をつけねばならない。



「敵が多いのはな……」

 そこにグルガラスが難色を示す。

 彼としては、出来るだけ懸念事項を減らしたいのだろう。

 だが、ユキヒコはそこで大きな利点を提示していく。

「そりゃそうなんだけどな。

 でも、このあたりは女が多いんだ」

「ほう?」



「義勇兵ってのは、男女関係なく就く事が出来る。

 だから、正規軍と違って女も結構いる」

「そういうもんなのか」

「そういうもんなんだ。

 でも、さすがに女にそうそう無理強いをさせるわけにもいかない。

 だから、比較的楽な任務をさせてる」

 これは男女の体力差を考慮してのものである。

 腕がどれだけ立っても、運搬できる荷物の量などが異なる。

 遠出するなら、それだけの食料などを持っていかねばならない。

 その運搬量でどうしても差が出てくるのだ。

 なので、近場は女義勇兵が。

 遠方は男義勇兵という割り振りに自然となっている。



 あと、可能な限り男女別で部隊は分けるようになっている。

 これは強姦などを避けるという目的がある。

 訓練生などは女が少ない事が多いので、やむなく男女混合になる事が多いが。

 それ以外では、極力性別で分けるようになっている。



「そんなわけで、この辺りは女が多くなってるはずだ」

「なるほど。

 それはありがたい」

 そう言いながらグルガラスは苦笑する。

「あいつらも喜ぶだろう」

 そういって部下のいる方を見る。

「お前さんもだろ?」

「まあな」

 否定する事なく、グルガラスは返事をした。

「追加があるのはありがたい。

 お前が連れてきた女は、もう駄目になりそうだしな」

「そりゃ大変だ」

 ユキヒコは肩をすくめた。

 それ以上に特に反応はない。

 同情も憐憫も。



「それじゃ、俺は奴らに指示を出してくるから」

「ああ、また後で。

 俺も作戦を練っておくよ」

 死体処理や仲間への打診をしにいくグラスガル。

 それを見送ったユキヒコは、地図や記憶を頼りに作戦を練っていく。

 ひとまず、ゴブリン達と一緒に撤退しながら。



 ゴブリン達の野営地に戻ってきたユキヒコは、次の行動を考えていく。

 今後どれくらい増援があるか分からない。

 なので、ゴブリン側の動かし方についてはまだ何ともいえない。

 一応、現有兵力だけでどうするかを考えていく。

 その上で、分かってるだけの拠点周辺の動きを書き出していく。

 その通りに動いてる保証はないが、現時点で最も有効な情報である。

 そのまま使えなくても、参考くらいにはなるだろうと割り切っていく。



「上手くいくといいが」

 同じテントにいるグゴガ・ルは、ユキヒコの考えに慎重な言葉を出していく。

 この度、ユキヒコの同行部隊として選ばれた彼らは、基本的にユキヒコの近くにいることとなった。

 そのため、今も同じテントの中でユキヒコのやる事をみていた。

 そんなゴブリン達に、ユキヒコは現段階での考えを少しだけ伝えていった。

 ゴブリン側の意見を少しでも聞けたらと思って。

 その答えがこれであった。



「駄目かな?」

「分からん。

 俺にはこれが良いのか悪いのかも分からんからな」

「なるほど」

 グゴガ・ルには少々荷が重かったようだ。

 そこはゴブリン故の能力の低さによるものなのかもしれない。

 だが、

「これはな……」

と教えていくと、

「なるほど」

とうなづいていく。

 どこまで理解してるのか分からないが、ゴブリンなりに考えてはいるようだ。

 その証拠に、

「つまり、ここはこういう事か?」

と時折聞きかえしてくる。

 それが出来るというのは、話をある程度理解してるからだ。

 理解してなければ、聞きかえして確かめることなど出来はしない。

 そこにユキヒコは感心する。



(へえ……)

 意外だった。

 愚劣の代名詞のように扱われるゴブリン。

 しかし、教えればそれなりにおぼえていく。

 それはこれまでの行動でもある程度分かっていたが。

 作戦行動などについても理解をするとは思わなかった。

 もちろん個人差はあるのだろうけど、少なくとも目の前のゴブリンは馬鹿ではなかった。

(こいつ、意外と使えるかも)



 最初に出会ったときにも思ったが、グゴガ・ルは意外と頭が良い。

 鍛えればものになりそうだった。

 また、相手の懐に飛び込む戦法を教えたときも、それを実践するために名乗りをあげた。

 度胸もそれなりに備えてるのだろう。

(掘り出し物かも)

 ただの腕力自慢や、突撃一辺倒ではない。

 それほど深くは考えてないかもしれないが、それでも意外なほどの智慧がある。

(こういう奴もいるんだな)

 ゴブリンと言っても千差万別だと思い知る。

 そして、こういう者と出会えたのは幸運だったとも思った。

(人間でも、こういう奴はいないからなあ……)

 だからこそ、より貴重なのだと感じる。



「何にしても、頑張ってほしい。

 捕まえた奴は好きにしてくれればいいから

 お楽しみは多い方がいいだろうし」

「そうだな。

 他の連中も喜ぶ」

「今度は長く使えるのが手に入るといいんだけど」

「それはそうだが……いいのか?」

「何が?」

「仮にもお前の仲間だったんだろ。

 なのにそんなに突き放して」

「いいんだよ」

 グゴガ・ルの言葉に即答する。

「もう味方じゃない」

「そうか」

 躊躇いのない答えにグゴガ・ルは頷くしかなかった。

 何がそうさせたのか分からないが、そこまで決断させる程の何かがあったと察して。

(どれ程の仕打ちを受けたら……)

 こうなるのか?

 それを思うと身震いしそうになる。



 ゴブリンと言えども薄情で冷酷というわけではない。

 仲間への連帯感や交友もある。

 人情もそれなりに持ち合わせている。

 グゴガ・ルも例外ではない。

 それだけにユキヒコが示す酷薄さが気になっていた。



 既に敵とはいえ、一応は仲間だった者達。

 何より同じ種族で同じ国の同胞である。

 それらを事も無げに放り出すのだ。

 尋常ではない何かがあると思えた。

 翻って己が同じような状態になるとしたら、どれ程の事をされたらと考える。

 隣にいる仲間を簡単に裏切れるのかと。



(無理だな)

 決して仲がよいだけではない関係である。

 だが、それでも仲間をあっさりと裏切る事は出来ない。

 そこまで思い切る何かが足りない。

 だからこそ、そこまでさせた何かを想像するのが恐ろしかった。



(とはいえ)

 ユキヒコが味方でいる事は有り難かった。

 相手の内情を知ってるだけに作戦が立てやすい。

 また、ゴブリンより優れた能力を持ってるだけに戦力としても頼もしい。

 それは既に実戦で証明してくれた。

(俺達じゃここまで上手く出来ない)

 率直に認めるしかなかった。

 それが敵だったものによってもたらされたのには、多少の悔しさもある。

 だが、優れた存在がいる事による安心感はそれ以上に大きかった。

(どこまで信じていいか分からないが、今は頼った方がいいな)

 まだ本当に自分達の側についてるのかは分からない。

 確証を抱ける程にユキヒコの本心を確かめたわけではない。

 だが、ここまでの流れを信じて、今はこのままやっていこうと思った。



 ユキヒコ達はそうして着々と準備を進めていく。

 一方で義勇兵達の方は、まだこうした動きを知らない。

 遠方に巡回に出た者達が帰還しないので、いずれは露顕する。

 しかし、そうなるまでにあと二日三日といった猶予がある。

 未帰還が増えなければ彼らに問題が知れ渡る事はない。

 その数日がユキヒコ達に有利な部分だった。

 それをどう活用するのかが悩ましいところだった。

 だが、それでもユキヒコ達は行動を開始していく。



 その日、前線の拠点近辺の周辺警戒に女義勇兵達が出ていく。

 いつも通りの調子で、決められた道を決められた通りに進む。

 日常業務溶かした周辺警戒の為の巡回だ。

 一応は危険な任務という事になってるが、それもさほど緊張感があるわけではない。

 安全がそれだけ確保されてるためである。



 女神イエル達から魔族と呼んでる者達(ゴブリンなどを含む敵側)がそれほど出現しないからだ。

 それらと遭遇するのは、ここから更に離れた前線がほとんど。

 この付近でも、もっと遠方まで出向いた場合に遭遇するというのがほとんどだ。

 拠点付近の警戒は、形だけのものと言っても差し支えなかった。

 その為、適当な雑談などに花が咲く。



「これ絶対、体を拭わないとまずい」

「さすがに汗臭いか」

「水汲んでくるの面倒だな」

「でも、肌着も汗でべちゃべちゃだし。

 このまま巡回を続けるのもね」

 不平と不満が込められた声で語り合っていく。

 目下、一番の話題は主に衛生的な事になっていた。



 義勇兵とはいえ女だからこそ清潔さには気をつけるところがある。

 少なくとも男達よりは身だしなみに気を遣っている。

 きれい好きという理由もあるが、多分にそれは衛生的な意味あいが強かった。

 不潔にしておくと無駄に雑菌を繁殖させる事になる。

 そうなると、最悪疫病が発生する可能性もある。

 それを警戒しての事でもあった。



 この世界に公衆衛生や病気の蔓延についての科学的な知識があるわけではない。

 それでも、経験則的にこういった事を知ってるのだ。

 身綺麗にして置いた方が健康である事が出来ると。

 ただ、それを抜きにしても汗臭さには堪えられなかった。

 なんだかんだ言いつつ、理由としてはこれが一番大きい。

 だからこそ彼女らは、

「早く次に行こう」

と中継地点を目指していく。



 遠方はなかなかそうはいかないが、拠点付近には監視所をかねた中継所が設置されている。 そこは短期間の立てこもりも考えて、多少の生活設備も設置されている。

 そこに行って休憩を取り、ついでに体を拭うくらいはしたかった。

 しかし、そんな機会が彼女らに訪れる事は二度と無かった。



 それは、周囲から投げかけられた。

「……え?」

 と驚いたのが大半である。

 まともに反応できた者はほとんどいない。

 あっという間にそれに捕らわれていく。

「な……!」

 体にかかる何か。

 それが体の動きを阻害する。

「なに?!」

 急な事にうろたえる。

 奇襲を受けたのだから当然だろう。

 完全に油断していた。

 そして、混乱していた。

 自分達を覆ってるのが網である事にも思い至らない。

 それが彼女らの命運を更に削っていく。



 義勇兵の拠点は森林地帯に設置されている。

 そこには丈の高い草も生い茂っている。

 小柄なゴブリンが隠れるのにうってつけなくらいには。

 彼らはそこに潜み、女義勇兵が通るのをじっくりと待っていた。

 そして、攻撃開始地点に入った瞬間に行動を開始した。



 女義勇兵に投げつけられたのは網だ。

 義勇兵が持っていたもので、本来ならゴブリンなどを生け捕りにするために使う。

 他にも、罠に使ったりと用途はそれなりにある。

 そんな網で女義勇兵達を生け捕りにしていく。

 ろくに抵抗も出来なくなった彼女たちは、迫るゴブリン次々に拘束されていった。



「とりあえずこんなもんか」

 網に捕らわれた女義勇兵への処理を見ながらユキヒコが呟く。

 拘束され、口を封じられていき、その状態で運ばれていく女義勇兵達。

 それを見て、作業の第一段階が終わった事を確認する。

「これでいいのか?」

「ああ、上等だ」

 グゴガ・ルの問いかけに、作戦成功を告げる。



「でも、これで終わりじゃない。

 次も来るだろうし、中継地からの確認も来るだろうし。

 そいつらを待ち伏せして叩く」

「分かった。

 他の連中にも伝えよう」

「ああ、頼む」

 ユキヒコの声に、グゴガ・ルは無言でその場を離れる。

 仲間に今後の行動を伝える為に。

 そんなゴブリン達をよそに、ユキヒコは中継地と拠点のある方を交互に見る。

(どっちが先に来るか……)

 それで対応が多少変わる。

 だが、こればかりは実際に来るまでどうしようも無い。

 出来る限り先に見つけるよう努めるしかない。

(見張りを置いて様子見か)

 それしか思いつく手段は無かった。



 だが、それでもゴブリン達は成果をあげていった。

 その後にあらわれた、二組の女義勇兵達。

 そして、中継地から確認の為にやってきたであろう者達。

 それらを次々に倒していく。

 それがほどよい実戦訓練にもなってるのか、ゴブリンの動きがどんどん良くなっていく。

 繰り返す毎に手際がよくなり、制圧を手短に行えるようになっていった。

 それにユキヒコは満足していく。



「こんなもんか」

 何人かの義勇兵達を殲滅、あるいは確保したところで考える。

 このあたりが潮時だろうと。

 とりあえず手に入った戦利品を確かめて、ユキヒコは撤退を進言する。

「あいつらもそろそろ異常に気づくはずだ。

 このあたりで一旦退こう」

「分かった」

 隊長ゴブリンのグルガラス・ラウは素直に頷いて撤退を命令していく。



 ゴブリン達もこれにはすんなり応じていく。

 引き際を心得てるというわけではない。

 手に入れた戦利品で一刻も早くお楽しみに突入したいのだ。

 それもあってゴブリン達は速やかに撤収していく。

 捕らえた女義勇兵を優先的に。

 次いで、強奪した物品を抱えて。

 そんな彼らの欲望への忠実さを見て、ユキヒコは苦笑してしまう。

「…………気持ちは分かるけど」




「あとはこれだな。

 さすがに、これを放り出すわけにはいかない」

「そうだな」

 他のゴブリン達が危機として女と戦利品を運んでる中。

 ユキヒコとグゴガ・ルは、倒した男義勇兵を見下ろしていた。



 中継地に駐留していた連中であろう。

 男という事で絶命させられたそれらを放置するわけにはいかなかった。

 見つかれば面倒な事になる。

 未帰還という異変が起こってるので、何か起こってる事にいずれは気づくだろう。

 それでも具体的な証拠は残したくはなかった。



 人間、見えない事態には対処が遅くなる。

 しかし、実際に何かがあった証拠があれば即座に行動する。

 これは義勇兵でも同じだ。

 未帰還や行方不明が何人出ても、不穏な事態が発生してる程度で終わる。

 だが、死体が発見されればその瞬間に警戒が上がる。

 それをユキヒコは実体験として感じ取っていた。



(敵が動き出さないようにしなくちゃ……)

 部分的には勝ててるが、全体的に見ればゴブリンの方が劣勢だ。

 一人一人の能力においても、全体の数においても。

 ここにいるゴブリンは20人程度。

 それに対して、拠点の義勇兵は100人を越える。

 それらが一斉に動き出したらどうのもならない。

 だからこそ、相手が動き出さないように注意をはらっていた。



 なお。

 この時点で既にユキヒコは、義勇兵を敵と認識していた。

 もう仲間ではない。

 なかば無意識にそうなっていた。

 本人もまだそこには気づいてない。



 そんなユキヒコは、ゴブリン達の生存と勝利を優先していく。

 その為に気を配るし、大胆に行動もする。

 ゴブリン達に取り入るために必要な事だ。

 それ以上に、敵を殲滅するためという思いがある。

 気持ちは既にそれだけ傾いていた。



 だからこそ、敵の動きが遅れるように努めた。

 何かに気づいて、周囲の偵察や探索が始まらないように。

 まだ何が起こってるのか分からないように。

 異変に気づいてるのかいないのか。

 対処が楽かなのはどちらなのかは言うまでもない。

 今は出来るだけ相手の警戒心は低くしておきたかった。



「じゃあ、頑張って運ぶか」

「面倒だな」

 文句を言いながらも二人は、むさ苦しい野郎の骸を抱えていく。

「適当な所で捨てようぜ」

「もちろんだ」

 辟易しながら、それでも冗談めかしてそう言った。

 グゴガ・ルに従うゴブリン達もそれにならう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


_____________________

 ファンティアへのリンクはこちら↓


【よぎそーとのネグラ 】
https://fantia.jp/posts/2691457


 投げ銭・チップを弾んでくれるとありがたい。
登録が必要なので、手間だとは思うが。

これまでの活動へ。
これからの執筆のために。

お話も少しだけ置いてある。
手にとってもらえるとありがたい。


_____________________



+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ