79回 喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うけれど
それなりに大規模なゴブリンの群が現れた事は人々を震撼させた。
被害に遭っていた者達も多く、不安が生じていく。
しかし、それもどこか安心や安堵を伴ったものだった。
既に終わった事だし、これ以上被害が拡大する事もない。
そうした前提で起こってしまった問題を語ってるに過ぎない。
それは怪奇談などを怖がってるのに似ている。
自分が絶対に安全だという前提で怖がってるだけ。
恐怖を楽しむ事すら出来る。
もちろん、ゴブリンの襲撃は現実に起こった事だ。
楽しむわけではない。
だが、自分達にはもう関係が無いと当事者以外の者達は感じていた。
無意識にそう考え、この事態は既に終わった事と思っていた。
そう思ってくれる事で警戒が薄れる。
同じような事が他でも起こってるとは思わなくなる。
周辺への警戒が無くなっていく。
不思議なものである。
同時進行で何かが起こってるとは思わなくなるのだ。
そうではなく、むしろこう考えるべきだろう。
『この問題はここだけの事なのだろうか?』
こういった警戒心が無いのは致命的であろう。
実際はそれ程楽観出来る状態ではない。
それに気づく事が無いのは仕方ないにしてもだ。
せめて何らかの調査はするべきだろう。
今回のゴブリン達はどこから来たのか?
大規模なゴブリンがいるが、他にも潜んでるのではないか?
今回のゴブリン達の背後に、何か大きなものがあるのではないか?
大規模な集団があらわれたのだから、その土台となる何かがあるのではないか?
こうした考えを抱く者はほとんどいなかった。
わずかながら懸念を抱く者はいた。
これが今回だけなのかと。
同じような事が他でも起こってるのではないかと。
今回のような事が起こった背景に、何かがあるのではないかと。
何らかの調査はした方が良いのではないかと。
あれだけ大規模な集団が出て来たのだから、母体となる何かがあるのではないかと。
だが、こうした考えを持つ者は少数でしかない。
発言力のある者でもない。
仮に有力者であっても、少数では何らかの動きを出す事も難しい。
結局、何も出来ずに流れていく。
それは人の世の常ではあるだろう。
危険の兆候は既に幾つも出てきている。
最近連絡が取れなくなった地域がある事。
そちら方面に向かった者達が帰って来ない事。
そちら方面に住んでる者達も最近やって来ない事。
そうした異変は既にあらわれている。
しかし、それを気にする者はほとんどいなかった。
全く気にしないわけではない。
『最近顔を見せないがどうしたんだろう』と思う者はいる。
だが、そこから更に発展していく事はない。
心配はするがそれが大きな問題に結びついてるとは思わない。
連絡や移動に手間がかかる世界である。
行き来が途絶える事もそう珍しくはない。
何らかの理由で来れないだけと思われて終わりである。
だが、そう思わない者もいる。
おかしいと感じるだけで止まらない者も。
そうした者は自分に出来る事をするために動いていく。




