78回 派手に動き回るから陽動には都合が良い、そして損失を気にしなくて良いのがありがたい
この間、この地域一帯を治める領主はまともに動けていなかった。
目に見える問題が発生していたからだ。
ユキヒコが最初に送り込んだ問題のあるゴブリン達。
これらが引き起こす事件の対応に追われていた。
これらのゴブリン達に、ユキヒコらは特にこれといった指示は出してない。
せいぜい、好きなように暴れろというのが全てである。
その言葉通り、ゴブリン達は好き勝手に暴れた。
最初に襲った村から奪ったものが尽きるまで、さらった女で遊んだ。
食料などが尽きてくると、別の村を襲った。
そしてまた女と物を奪って戻ってきて、手持ちが無くなるまで遊んだ。
時に商人などを見つけた時は、それを襲って物を奪った。
そんな事を繰り返していった。
しかし、必要な措置は講じなかった。
目撃者が出ないように全員を始末するという事は無かった。
襲った村の包囲もろくにしなかったので、逃亡者があらわれて周囲に事の次第を伝えてしまった。
歩きやすいからと道を歩き、大量の足跡を残した。
周囲への警戒をろくにせずに行動したので、狩りや芝刈りなどで野外に出ていた者に目撃されもした。
とにかく慎重さがなかった。
行動が杜撰であった。
おかげでこのゴブリン達の存在はすぐに知れ渡る事になった。
これもユキヒコが何も指示を出さなかった事による。
本来ならば警戒を怠らないよう指示を出すものである。
そうしない場合に何がどうなるかという説明もして。
しかし、こういった注意をユキヒコは全くしなかった。
伝えてもそれが理解出来る程の能力がないから、という理由がある。
また、言ってる事を理解しても、そんな事やるのが面倒だからと実行しないからでもある。
だが、何よりも大きな理由は、派手に動いてこのゴブリンらが敵に発見してもらう為である。
こちらの方面でゴブリンが暴れ回ってくれれば、その分敵の注意を引きつける事が出来る。
そうすれば、本来の目的地の方がお留守になる。
それがユキヒコの狙いだった。
敵の兵が分散してくれれば、その分対応が遅れる。
ユキヒコ達の事に気づいても、回せる兵力が減る。
それが狙いだった。
陽動が狙いである。
最初に連れていった100人ほどのゴブリン達は。
だからこそ派手に動いてもらわねばならなかった。
好き勝手やってもらわねばならなかった。
粗雑な手口で様々な失敗をしてもらわねばならなかった。
発見されて相手の兵力を引き寄せてもらわねばならなかった。
敵との戦闘に突入し、一人でも多くの敵を巻き込んでくれれば最高である。
この際、このゴブリン達の損害など考慮する必要がない。
もともと問題のある連中ばかりである。
言う事は聞かない、そもそも言ってる事を理解出来ない。
だから指示通りに動けない。
臨機応変の対応が出来るほどの柔軟性もない。
そもそも、他の者達と一緒にいても問題を起こす粗暴さもある。
そうった者達をいつまでも置いておくわけにもいかなかった。
抱えていればその間常に問題が発生する。
これの処分を兼ねた策だった。
策は見事にあたり、敵はこのゴブリン達の対処におわれる事になる。
目撃情報からゴブリンが出現したと分かり、即座に義勇兵が打って出た。
彼等はゴブリン程度と侮っていた。
数が多いとは聞いていたが、その数も対処可能な程度だろうとタカをくくっていた。
甘い見通しと言わざるえない。
それでも、危険を感知したら引き返す賢明さがあれば良かった。
あるいは、敵の実態を調べるために強行偵察と自分達の役目を位置づけていれば良かった。
だが、最初に出向いた義勇兵達はゴブリンを侮り、躊躇うことなくゴブリンを襲った。
すぐに他のゴブリン達に囲まれ、この義勇兵達は壊滅した。
10人ほどで組んでいた彼等は、義勇兵の集団としてはそこそこ大きなものだった。
しかし、それでも100人のゴブリンに対抗出来る規模ではない。
ましてそこにいるのは、ゴブリンの中でも粗暴な連中である。
ゴブリンの中では比較的力自慢の連中などが多かった。
通常のゴブリンに比べれば多少は手強い連中である。
そんな手強いのが数多く集まっているのだ。
義勇兵達には分が悪い状況だった。
彼等はゴブリンと舐めてかかり、その侮りの分をしっかりと精算して潰えていった。
そして、戻ってこない仲間の事を案じて別の義勇兵が動いた。
これらは慎重に行動し、ゴブリンの実態を把握。
慎重に行動して無事に帰還し、事の次第を報告した。
それを受けた上層部は事態を重い物と見て対応を開始。
軍と領主の兵と義勇兵による部隊を編成して討伐を開始した。
その数、およそ100人。
軍勢としては大した数ではないが、総勢数百人というこの地域としてはかなりの兵力だ。
これだけの数を動かすというだけでも、上層部が事態を重く見ていたと分かる。
この軍勢はただちに現地に向かい、ゴブリンとの戦闘に入っていった。
作戦を練り、敵を逃さないように展開していた彼等は、衝突したゴブリン達を難なく蹴散らしていった。
また、ゴブリンが本拠地にしていた場所まで突入。
捕らえられていた者達を保護する事に成功した。
奪われた物資も、無事なものは回収もされた。
全てが無事ではないが、これ以上の被害の拡大を阻止した。
それだけでも御の字と誰もが納得する事にした。
悲惨な出来事であったが、これも敵との接点にある地域の宿命である。
他の地域に逃げる事が出来れば良いが、それもままならない。
引っ越しが簡単にできない世界である。
生まれた場所で人生を終えるしかない。
そうであるならば、起こってしまう悲惨な出来事も受け入れるしかない。
何らかの対策はしつつも。
今回の出来事は、そんなやるせない問題の一つとして片付けられようとしていた。
その影でユキヒコ達は、より大きな問題を発生させていた。
人々はそれに気づく事もなく、自分達が知る悲惨な事件の事を口にしていつもの日々に戻ろうとしていた。




