74回 相手の力をそぎ落とすため 6
「この事を本隊に伝えてくれ」
状況が完全にユキヒコ達の流れになっている。
その事を確信した段階で伝令を出す。
グゴガ・ル程では無いが優秀で信頼出来るゴブリン。
それら30人ほどがそれに従い走り出す。
ユキヒコがしたためた書面を持って。
その背中を見送り、ユキヒコは考えていく。
(あいつらが書面を届けるまで5日くらいか……)
途中休みも入るだろうが、それくらいあれば邪神官やイビルエルフのいる本隊に到着するだろう。
そこから書面を読み、実際に行動に移るまでどれくらいだろうか。
ユキヒコの要請に応えて行動に移すまで更に時間がかかるだろう。
(上手くいっても10日はかかるか)
それも、彼等がユキヒコを信じてくれたらの話だ。
加えて言うならば、彼等がユキヒコの策に乗ってくれればだ。
そうであっても、ユキヒコが求めるような動きをしてくれるかどうか。
そこは何とも言いようが無いところだった。
ユキヒコではなく他の誰かの意志決定によるものなのだから。
しかし、ここで彼等が出し渋ったりしたら今後の展開が厳しくなる。
(出来れば全員で来て欲しいけど)
総勢1500の軍勢。
そのうち、待機してる1000の者達。
これらが動いてくれれば勝機は上がる。
それを変に出し渋って欲しくはなかった。
とはいえ、成功するかどうかも分からない事に全力投球するのも難しい。
いいところ、追加であと500が来てくれるかどうかというところだろう。
それでも相当な動きが出来るだろう。
しかし、求める最大の成果には届かない。
出来ればここで一気呵成に行きたいものだった。
(こればかりはどうにもならんか)
常人を超えた能力に目覚めはしたが、全てを思い通りに動かせるわけではない。
他人の思いや考えなど、それこそどうにもならない。
ここは相手の賢明さや度胸に期待するしかない。
ただ、賢明であれば損失の可能性を考える。
度胸も成果よりもそれに伴う損失を出さない決意に向かうかもしれない。
そういった慎重さも事を進めるにあたっては重要ではある。
だが、今は勢いに任せて徹底的に進むべき状態だとユキヒコは考えていた。
守りに入るのは、この勢いが求める段階に至った時で充分である。
本隊がそこまで考えてくれればと願ってしまう。
(なるようになるしかないけど)
そんなユキヒコの一報は確かに邪神官とイビルエルフに届いた。
短くまとめられた内容を読み、二人は感嘆の息を吐く。
「まさか、本当にやるとは」
「凄まじいな」
聞いていた策の通りではある。
だが、それが本当に上手くいくとは思ってなかった。
どこかで失敗するのではと考えていた。
例え成功しても、損害も馬鹿にならないだろうとも。
しかし、結果はそのどちらでもない。
目的を達成し、損失も(彼等の想像よりも)かなり少ない。
ゴブリンだけを用いた作戦としては破格の成功と言えた。
それ程までにこの作戦の成功は大きなものだった。
「だがどうする」
「これからはなあ……」
そこで二人は一度踏みとどまる。
ユキヒコから聞いていた策はこれで終わらない。
更にその先がある。
その為には部隊の残りも動かさねばならない。
そうでなければ更なる成果を得る事は出来ない。
だが、そうなると相当な負担も強いられる。
戦果の拡大に伴い損失も増えるだろう。
何かが間違った場合、全てを失う事になりかねない。
その危険を考えると成功に喜んで動く事は出来なかった。
しかし、ここで尻込みしたら、絶好の機会を失う。
好機というのは迅速さによって手に入る事もある。
そういった好機は、勢いに任せて動く事によって手に入る。
また、そういった勢いは、これを生み出すきっかけによって発生する。
様々な要素や智慧を用いて組み上げて出来上がる。
それは機会を失えば一瞬にして崩壊する。
そんな脆い足場を用いて更なる高見を目指すか。
あるいはここまで戦果で満足して損失を控えるか。
二人はその判断を迫られていた。
「他の者を集めて意見を聞くか?」
イビルエルフが尋ねる。
事は部隊全体の今後に関わる。
主だった者を集めて会議を開くのも当然ではある。
しかし、そんな時間をかける事も惜しい。
今は本当に一瞬一瞬が重要になる。
邪神官はその判断を任される立場にある。
広く意見を集める事も出来るが、自分の独断で全てを動かしても良い。
その権限があるのが指揮官の指揮官たる所以だ。
人を集めて意見を募るというのは、そんな指揮官の裁量の範囲である。
絶対に行わねばならないものではない。
「…………いや」
その権限を用いて邪神官は決定する。
「ここはあの男の言う通りにしよう」
危険はある。
もしかしたら壊滅するかもしれない。
しかし、これまで無かった好機が舞い込んできてもいる。
これを逃すわけにはいかなかった。
必ず手に掴まねばならない。
「出撃だ。
全員に伝えろ」
「了解した」
イビルエルフは頷いてその事を各部隊に伝えていく。
反対はしない。
これで良いのかどうか悩むところではあるが、決定権は彼にあるわけではない。
全ては邪神官が決める事である。
その決定が為されたならば、それをとやかく言うつもりはなかった。
余程おかしな事ならば意見を提示するつもりではいる。
しかし今回はそういった事はない。
この判断が正しいかどうかは分からない。
だが、間違ってるとも言い難い。
全てはやってみなくては分からないという状態だ。
ならば、可能性に賭けてやってみるのも選択の一つだった。
その後は全力を尽くして成功に向かうだけである。
天命を望む形にするために人事を尽くすしかない。
成功に至る可能性がどれ程であるかは分からないが、成功率を少しでも上げる為に努力するしかない。
迷いはあるが、もうやるしかないのだ。
それに、損失や敗北を恐れて何もしなければ、何も得る事はない。
このことをイビルエルフはしっかりと理解していた。
だからこそ、危険に敢えて突っ込んでいこうとしている。
どのみち成功はそういった危険の中にしかないのだから。




