70回 相手の力をそぎ落とすため 2
「そんな風になってるだろうな」
町の外でユキヒコはそう語っている。
隣にいるグゴガ・ルに向けて。
「そういうものなのか?」
「そういうもんさ。
特に教会はな」
人間社会に疎いグゴガ・ルに、ユキヒコは自分の知る事を伝えていく。
「奴らは唱えたお題目を無視出来ない。
そんな事をすれば言ってきた事の意味が無くなる。
自分達がいて良い理由を無くしちまう。
だから、絶対に救済を捨てる事はない」
ユキヒコは断言した。
それは教会の存在意義である。
人に道徳や倫理を説くのが宗教だ。
そんな宗教が困ってる者を見捨てれば、己の存在意義の否定になる。
奉仕やら貢献やらを説く連中が、うちひしがれた避難者達を放置出来るわけがない。
本心では面倒に思っていても、だからと言って見捨てるわけにはいかない。
他が見捨てても、教会だけは体もまともに動かない者達を救わねばならない。
そういう負担を背負わねばならないのが教会だ。
「おまけに、それを他人にも押しつける」
教会の面倒で厄介なところは、自分達の考えを他人に押しつける事だ。
教化、あるいは布教と呼ばれるこれは、押しつけがましい洗脳とも言える。
これをやる時に相手の都合や現状などを考慮する事はない。
どれ程無理や無茶であってもやらせようとする。
女神の教えとやらを唯一無二としてるからなのだろう。
教えに背く事など出来やしない。
そして、教えに従わない者達を徹底的に避難していく。
時には悪魔憑きなどと言って処刑する事すらある。
そんな教会に逆らえる者などそうはいない。
逆らえば他の信徒に囲まれて、生死に関わる制裁を受けかねない。
「そんなのに逆らえるわけがない」
慈愛やらいたわりを説く教会がそれで良いのか、とは思う。
しかし、そういう所が今は都合がいい。
「町の中じゃ不満がくすぶるだろうよ」
逃げ出してきた村人達は教会にすがるしかない。
教会はどうあっても村人達を救わねばならない。
その為に他の町人を協力させねばならない。
教会は権威を笠に着て威圧的にやっていくだろう。
村人達はそんな教会に消極的な賛同を示すだろう。
そんな者達を相手に、町の者達は嫌悪感を抱くだろう。
表向きはどうであろうと、感情的なくすぶりは生まれていく。
「そうなったら、あとは自滅を待つのみだ」
不和は仲違いになり、摩擦に発展して衝突へと昇華するだろう。
時間はかかるがそうなっていく可能性は高い。
「俺達はその手伝いをしてやるんだ」
「なるほど。
でも、どうやって?」
尋ねるグゴガ・ルにユキヒコは穏やかな笑みを向けた。
町では当然な事に様々な問題が発生していく。
何よりも問題になるのは食糧だ。
突然増大した人数を抱える余裕は無い。
当面は備蓄などを切り崩してあてるにしても、使った分はどこからか手に入れねばならない。
当然ながら、町の責任者や教会の者達は使者を出す。
あるいはやってくる行商人などを頼む事になる。
「そこが狙い目だ」
外から来るにしても、中から呼びに行くにしても、そう大人数というわけではない。
出せる人数には限りがある。
ゴブリンの襲撃があると知ってるので、多生は警戒して護衛はつけるだろう。
だが、何百人という数を出せるわけではない。
出してもせいぜい数十人。
それすらも無理をしすぎてる。
人口800人の町にいる兵力などそう多くはない。
最前線近くと言っても、せいぜい30人くらい。
治安維持に当たる警備の者を入れても50人といったところ。
臨時徴収による民兵が加わっても100人にはならないだろう。
下手に兵隊として人手をとってしまうと、町の機能が滞る事になる。
教会の聖戦団も、このあたりではそう多くはない。
おそらく5人前後。
10人もいれば御の字である。
そんな中から護衛を抽出するのは困難だ。
しかも、ゴブリンからの襲撃も警戒しなくてはならい。
救援を頼む使者につける護衛は、どうしてもギリギリの数になる。
「それを叩くならそんなに難しくはない」
こちらはゴブリンが100人はいる。
この数で襲えば、30人くらいまでなら何とかなる。
とはいえ、その為にも相手がやってくるのを待ち伏せしなくてはならない。
でないと勝率が下がる。
なお、どの道を通るかという事について悩む必要はほとんどない。
ここにある町から救援を呼ぶとしたら、向かう先は一つだけ。
この地域一帯を治めてる領主の所だ。
道はそこに向かって一直線に伸びている。
それ以外は、近隣の村に向かってるだけだ。
村から先に繋がってる所はない。
そして村は全て襲撃した後である。
使いを出す必要性がない。
使う道は一つだけとなる。
「そこを抑える」




